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柳家喬太郎~独演会~ [落語]

昨夜(2/10(火))、柳家喬太郎独演会に嫁さんと2人で行ってまいりました。

喬太郎師匠は東京の人気者ですが、岡山市での独演会は昨年に続いて2回目とのこと。実はこの喬太郎師とは我が家ではちょっとした因縁があります。それは東京勤務時代に家族3人で行ったこども寄席での出来事。詳しくはこちらをご覧下さい。

柳家喬太郎-こども寄席

グズる娘を抱きかかえて、ロビーへ出た嫁さんに対し、私はそのまま喬太郎師の「母恋いクラゲ」を観て笑っていたということで、以来、私は家族から、悪く言われ続けていたのです。「私も観たかったわよ!!」という嫁さんの念願が叶った今回の岡山公演でありました。

平成27年2月10日(火)、18:30開演

於、岡山市民文化ホール

「柳家喬太郎~独演会~」

開口一番:柳家喬太郎「子ほめ」

落語:柳家喬之進「棒鱈」

落語:柳家喬太郎「夫婦に乾杯」

お仲入り

落語:柳家喬太郎「錦木検校」

緞帳が開くとめくりには「柳家喬太郎」とあり、開口一番でいきなり喬太郎師が登場。自ら前座役をつとめるという趣向。前座らしく「パァパァ」しゃべって下がったが、「どうみても半分」のところでサゲずに、「竹の子や・・・」の下の句でサゲるというものだった。

続いて今春の真打昇進が決まっているという喬之進さんが登場。昇進後は柳家小傳治を襲名するのだという。「ただ今は前座の『喬太郎君』で、このあと『喬太郎師匠』が上がります」と言って笑わせる。ネタの「棒鱈」は、さん喬師匠直伝なのだろうか?

そして再び喬太郎師匠が登場。長いマクラが実に楽しい。海外旅行はあぶないので落語会にいきましょうという。寄席とか落語会の会場がいかにテロと無縁であるかという話の持って行き方が妙に可笑しい。高座からは客席がとてもよく見えるのだという。たとえばあのお客さんはご夫婦でとか、こちらは若いカップルだとか・・・。そして、何かしゃべっているお客さんがいて、会話は聞こえないのに、表情や口の動きで何をしゃべっているのかが分かったりするのだという。その様子を再現したのが大爆笑で、そこから新作落語へ。10分程度の短い噺だったが、可笑しかった。嫁さんも大笑いしていた・・・。

休憩のあと、またまた喬太郎師匠が登場。古典のようだが知らない噺。入り口にこの日の演目が書いてあり、「錦木検校」とあった。喬太郎師匠が発掘した古い噺なのかもしれない。

新作から古典までレパートリーが広く、どちらも独特の個性がたまらなく可笑しい喬太郎師匠。岡山でその高座を楽しむことができた。そして、何より嫁さんが満足してくれて、我が家の因縁も解消。実にめでたい日となったのでありました・・・。


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新宿末広亭12月中席 [落語]

神田須田町の連雀亭の後は一路、新宿末広亭へ。都営新宿線・小川町駅から1本で新宿三丁目駅まで行けるというアクセスの良さ。こういう交通手段の選択ができるようになったのは土地勘のおかげで、以前の私ならJR中央線で向かったところ。しかし、JR新宿駅から末広亭までは意外に距離がある上、ものすごい人混みの中を突っ切る必要があり、結構時間がかかっていた。2年弱の東京生活で身に付いた数少ないノウハウが地下鉄の乗りこなし方だったように思う・・・。

平成26年12月19日(金)

新宿末広亭

昼席(途中入場)

桂小文治「七段目」:鳴り物入りの大熱演

北見伸&スティファニー(小泉ポロン):ポロンさんに「目が合いましたね」と言われてしまったw

柳家蝠丸「仙台高尾」:地噺。途中まで。

お仲入り

三笑亭夢吉「宗論」:初聴きの「二つ目」さん。食いつきに抜擢。

東京太・ゆめ子:見るたびに進化されていてビックリ。よく受けていました!!

笑福亭福笑:上方交替枠。今年1年を振り返るネタで大爆笑。

桂竹丸(桂伸治の代演):この日は東京落語会との掛け持ちか?西郷隆盛の銅像のネタで爆笑。

ボンボンブラザーズ

三遊亭遊雀「死神」(桂文治の代バネ):「死神」は暮れの噺だったのだと認識。しかし、この噺でこれだけ笑いを取るとは凄いと思いました。こうして、昼席は大いに盛り上がってお開きとなった。

夜席

短い休憩のあとすぐに夜席がスタート。昼席からのお客さんも結構残っているようだったが、昼席と夜席でこうも雰囲気が変わるものかというくらい客席が重たい・・・。

春風亭かん橋「寿限無」:当代・柳橋師匠のお弟子さんとのこと。

春風亭柳若「熊の皮」:連雀亭との掛け持ち。両親を前にしての高座のやりにくさというマクラが何度聴いても可笑しかったが・・・。

新山真理:座り高座になっていた。芸協の紹介を中心に短時間で下がった。

春風亭笑好「雑俳」:恐らく初聴き。由緒ある名跡を継いだとのことだが「笑好」状態から抜け出せず・・・。

春風亭鹿の子「静御前」:初聴き。美人だという印象が強すぎたためか、噺が頭に入ってこなかった。電車での化粧姿の模写を大熱演されていたが、やや空振り。この日のお客さんにはたんたんとネタを進めた方が正解だったかもしれない。でも、注目していきたい噺家さんだと思った。

宮田陽・昇:テンポ良く、客席を盛り上げる。この日の夜席はこの2人のお陰で助かったと思う。

春風亭柳太郎「大安売」:前座さんの時に狸札をよく聴かせてもらった師匠。マクラが早口すぎて客席の食いつきが今いちと感じた。色々とくすぐりを入れるのがだが、客席に向かって「大丈夫ですかぁ~?」と聞く始末。この日の若手出演者に共通して感じたことだが、皆、全力投球しているのは伝わってくる。しかし、笑わせようという意識が強すぎて空回りしていなかったか。そして、駄洒落落ちで客席の反応が悪いと、「ついて来れてます?」のような一言が入る。こういうなんでもないような一言が、「受けないのは客のせい」と言っているようで、不満に感じられた(柳太郎師匠の高座だけのことを言っているのではありません)。「大安売」のネタに入ってからは安定して笑いを取っていた。

三遊亭左円馬「掛け取り?」:ヒザ隠しを使っての高座。この師匠との相性は悪く、漫談が多かったが、この日は落語をやってくれた。凄く良く、客席との相性も抜群の高座だったように思う。何より声が心地良い。借金取りの噺なのだが、「掛け取り」のようでもあり、もしかしたら別の噺かもしれない。

北見マキ:ヒモで両手を縛らせてのマジックは、客席前方からでも見破られない不思議さ。

三笑亭茶楽「紙入れ」:ここから芸協の看板が続く。その日の高座で何を演るか、これでも無い知恵を絞って色々考えているんだとか。客席に若い女性が多いので「間男」の噺を選択w

神田松鯉「天野屋利兵衛~雪江茶入れ」:名人話芸を堪能。

お仲入り

春風亭笑松「壺算」:夜席も食いつきに「二つ目」さんが抜擢されていた。こうしてみると小柳枝一門は大所帯だと認識。初見の若手を今席でまとめて拝見することができた。みなさん一人ひとりがこれからの芸協を支える貴重な人材になっていくんだと思う。期待しています!!

翁家喜楽・喜乃:スリル満点の高座にも安定感。

春風亭柳之助「荒茶」:この師匠も初見。たしかに西郷隆盛の銅像に似ている。しかし、顔色のところで笑いが薄かったのは、昼席で竹丸師匠のネタとかぶったからだと思った。「荒茶」は「本膳」とよく似た噺。

春風亭昇太「リストラの宴」:真打交替枠。これは良い工夫だと思った。なかなか寄席で見られない人気ものの出演が可能になる。客席がひっくり返った。マクラでのハチミツはなぜ腐らないのかという話も、1つ前の「荒茶」を受けた当意即妙の可笑しさで、このあたりも寄席ならではの楽しさ。

桧山うめ吉:しっとりと。

春風亭小柳枝「二番煎じ」:鯉昇師匠の「二番煎じ」が小柳枝師匠から、そして、小柳枝師匠は先代からの直伝だったはず。貴重な高座を拝見できラッキーだった。


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連雀亭へ [落語]

この日は午前中に町田で一仕事終え、小田急線で新宿末広亭へ行こうと思っていたところ、なんと全線不通のアナウンス。相武台駅で人身事故があったという。しかし、しばらくして区間運転で各停が発車。新百合ヶ丘で臨時急行に接続・・・。

末広亭の開演には間に合わなくなってしまったが、連雀亭の開演にはギリギリ間に合いそう・・・。ということで、代々木上原から千代田線に乗り換えて新御茶ノ水へ。こうして、かつて東京勤務時代、職場に近かった神田須田町のあたりで最近オープンしたという寄席「連雀亭」へ行くことができました。

というわけで、久しぶりの寄席訪問記となります。

平成26年12月19日(金)、連雀亭

昼席

柳家さん光 「元犬」

桂三木男「時そば」

春風亭柳若「七度狐」

連雀亭の昼席は席料500円の「ワンコイン寄席」。この日は落協から2名、芸協から1名が出演。3名とも私には初見だったが、いずれも気合いの入った高座だった。持ち時間が各20分とたっぷりあるため、マクラもたっぷり、ネタもたっぷりというのがイイ。

客席数は40席ほど。この日は7~8割の入り。平日の昼だというのにサラリーマン風の男性客が多いように感じた。

高座スペースは三角形のような形をしていて、演者の背中が扇の要(三角形のてっぺん)のようなイメージ。演者の姿がなんとデカく見えることかw

ただ、最前列に座っていたおじさんから聞こえてくるイビキの音が・・・。それだけが残念!!


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ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス-スペイン組曲 [クラシック音楽]

長いタイトルになった理由は、6月に亡くなったスペインの指揮者の名前のせいである。

私がこの名前を知ったのは40年ほど前。NHKのFM放送で、アルベニス作曲の「スペイン組曲」が流れてきた時だった。この曲はLPレコードでも発売されていて、なんと我が家にもあったので、それ以来何度も繰り返し聴いてきた私の思い出の一曲である。

アルベニスは私の大好きな作曲家であるが、当時は馴染みがなく、「スペイン組曲」での魅力的な管弦楽はアルベニス自身のオーケストレーションなのだとばかり思っていた。ところが、これは大きな誤りで、指揮者自身であるラファエル・フリューベックが編曲したものだった。演奏はニュー・フォルハーモニア管弦楽団。

当時のLPでの収録曲は次の通りであった。

1.セビーリャ

2.グラナダ

3.カタルーニャ

4.コルドバ

5.カスティーリャ

6.アストゥーリアス

7.アラゴン

8.カディス

当時、NHK「名曲アルバム」で、「グラナダ」、「コルドバ」、「カタルーニャ」が放映されていたが、いずれも「ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス編曲」と表記されていた記憶がある。ちなみに、「アストゥーリアス」も放映されたが、こちらは、ギターの独奏曲に編曲されていたため、 「ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス編曲」ではなかった。

その後、CDショップで同じ演奏の入ったものを購入したが、「スペイン組曲」の順番は次のようになっていた。

1.カスティーリャ

2.アストゥーリアス

3.アラゴン

4.カディス 

5.セビーリャ

6.グラナダ

7.カタルーニャ

8.コルドバ

このCDの解説によると、8曲目の「コルドバ」はアルベニスのピアノ曲集「スペインの歌」から採用したもので、本来の「スペイン組曲」の終曲「キューバ」と入れ替えたものとのこと。であるならば、このCDの曲順の方が本来の順番であるのかもしれない。

ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス氏は読響の常任指揮者として、来日回数も多かったようだが、一回も生演奏を聴く機会がなかったのが悔やまれる。かつてのプログラムなどをみると、「スペイン組曲」からの演奏もあったようだし、あんな色彩感豊かな管弦楽を生で聴いておきたかったと残念でならない・・・。

2019.5.25追記

ユーチューブにデ・ブルゴス指揮による「スペイン組曲」の演奏会動画がアップされていました。

動画はこちら→https://www.youtube.com/watch?v=styWiujxWzw

 全曲ではなく、抜粋のようでしたが、曲順は次のとおり。

1.カスティーリャ

2.グラナダ

3.セビーリャ

4.アストゥーリアス

5.アラゴン


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NHK漫才コンクールの思い出 [漫才]

私が東京漫才の魅力に目覚めたのは昭和50年前後のこと。当時は岡山のTV番組でも、結構、東京漫才を観る機会があったように思う。NHKでは昼の時間帯の「ひるのプレゼント」とか、「土曜ひる席」なんという番組でもみられたように思う。

東京漫才が栄華を極めていたのは昭和40年代だったと思う。てんや・わんや、桂子・好江、Wけんじ、天才・秀才、千夜・一夜、はるお・あきお、チック・タック、京二・京太等々、お茶の間の人気者が揃っていた。

ところが、多くのコンビが解散していき、昭和50年代になると、限られたコンビしかTVで観る機会がなくなっていった。そして、「ザ・マンザイ」というブーム(マスコミによって作られたブーム)が起こると、TVはハイジャックされたかのように、若い、多くは促成的に結成されたようなコンビばかりが登場するようになり、私が好む東京漫才は締め出されるかのごとく出番を失っていったのである。

そんな中、岡山で比較的多くの東京漫才を観ることができる貴重なTV番組が、NHKの「新人漫才コンクール」であった。このコンクールの出場コンビはなぜか東京漫才のコンビで、これに優勝することが大きなステイタスであった。歴代優勝コンビ等は次の通りである。 なお、黒字は漫才協会HPに掲載のもの、青字は小島貞二著「漫才世相史」の記載にもとずくものである(理由は不明だが両者には微妙な違いがある)。

・第1回(1956年)   優勝:獅子てんや・瀬戸わんや、2位:木田鶴夫・亀夫、3位:リーガル天才・秀才

・第2回(1957年前期) 優勝:木田鶴夫・亀夫、2位:春日富士松・雪雄、3位:内海桂子・好江

・第3回(1957年後期) 優勝:リーガル天才・秀才、2位:内海桂子・好江、3位:春日照代・淳子

・第4回(1958年前期) 優勝:内海桂子・好江、2位:青空うれし・たのし、3位:大空平路・橘凡路

・第5回(1958年後期) 優勝:大空平路・橘凡路

・第6回(1959年前期) 優勝:晴乃ピーチク・パーチク

・第7回(1959年後期) 優勝:青空千夜・一夜

・第8回(1960年)   優勝:美田朝かん・夕かん

・第9回(1961年) 優勝:大和わかば・東まゆみ、特別賞:春日淳子・照代

・第10回(1962年) 優勝:クリトモ一休・三休

・第11回(1963年) 優勝:Wけんじ、特別賞:都上竜夫・東竜子

・第12回(1964年) 優勝:大空なんだ・かんだ

・第13回(1965年) 優勝:新山ノリロー・トリロー

・第14回(1966年) 優勝:晴乃チック・タック

・第15回(1967年) 優勝:青空はるお・あきお

・第16回(1968年) 優勝:桂高丸・菊丸、特別賞:(優勝:)丸の内権三・助十

・第17回(1969年) 優勝:東京二・京太

・第18回(1970年) 優勝:大空みつる・ひろし

・第19回(1971年) 優勝:大瀬しのぶ・こいじ

・第20回(1972年) 優勝:Wエース、敢闘賞:(努力賞:)月見おぼん・こぼん、努力賞:(敢闘賞:)あした順子・ひろし

・第21回(1973年) 優勝:青空球児・好児、敢闘賞:榎本晴夫・志賀あきら、努力賞:大瀬ゆめじ・うたじ

・第22回(1974年) 最優秀賞:新山えつや・ひでや、優秀賞:春風こう太・ふく太

・第23回(1975年) 最優秀賞:Wモアモア、優秀賞:大瀬ゆめじ・うたじ、大空あきら・たかし

・第24回(1976年) 最優秀賞:昭和のいる・こいる

・第25回(1977年) 最優秀賞:星セント・ルイス

・第26回(1978年) 最優秀賞:東京丸・京平

・第27回(1979年) 最優秀賞:青空ピン児・ポン児

・第28回(1980年) 最優秀賞:青空ヒッチ・ハイク

・第29回(1981年) 最優秀賞:大瀬ゆめじ・うたじ

・第30回(1982年) 最優秀賞:大空あきら・たかし

・第31回(1983年) 最優秀賞:青空一歩・三歩

・第32回(1984年) 最優秀賞:高峰和才・洋才

・第33回(1985年) 最優秀賞:桂光一・光二

・第34回(1986年) 最優秀賞:新山絵理・真理

毎回5~6組のコンビと過去の優勝コンビが1組、それぞれ漫才を披露するのだが、審査員がいて、毎回ドラマが起こった。登場順はクジで決めるのだが、トップバッターが一番損だった。会場の空気が全然温まっておらず、お客さんがクスリとも笑わない。この貧乏クジを引いてしまった悲劇がたくさんあったことだろう。優勝間違いなしといわれていたツービートやさがみ三太・良太が優勝できなかったのはクジ運も大きく影響したようである。

私がこの番組を確実に観ていたのは1979年で、青空ピン児・ポン児の優勝は記憶に残っている。「世の中はやっぱりお金」という内容の漫才だった。 翌年の青空ヒッチ・ハイクは「エスカルゴ」だったなぁ。

毎回、過去の優勝者&入賞者を記した大きなパネルが登場し、紹介されていたが、全く知らないコンビが沢山いて不思議だった。「丸の内権三・助十」ってどんなコンビだったのだろう?

ある回で、ゲストだった青空一夜師匠が、歴代の優勝者を紹介していたときに、「このコンビはすでに解散」、「このコンビはただいま行方不明中」などと説明していた記憶がある。

 以降は必ず毎年観ていたと思う。優勝できずに毎年毎年出てくるコンビがいて、そういうコンビは顔と名前も覚えているので、思わず応援したくなった。そうしたコンビがようやく優勝を果たしたときは大きな感動があった。

東京漫才の若手の登竜門であったこのコンクールも34回で終了。 翌年からは「NHK新人演芸コンクール」に衣替えされ、落語の部とそれ以外の演芸の部という2部構成となってしまった。また、この頃、東京漫才のホームグラウンドであった浅草松竹演芸場が閉鎖され、東京漫才の長い暗黒時代が訪れることになる。東京漫才はこのまま滅んでしまうのか?当時は本当に心配に感じたものだ・・・。


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倉敷でナイツを観る [漫才]

東京の寄席の定席で、若手漫才の四天王と呼ばれている4組の漫才コンビがいる。落語協会に所属しているのがロケット団とホンキートンク、落語芸術協会に所属しているのがナイツと宮田陽・昇だ。岡山在住の私にとって東京の寄席に行く機会は滅多にないけれども、四天王のうち3組は何回か観ていて、どのコンビも甲乙つけがたく面白いと思った。ナイツだけは、どういうわけか縁がなく、いつかは観てみたいと思っていた。

そのナイツが、なんと、倉敷に来るという。それも、アリオ倉敷の屋外広場での無料公演だという。買い物をエサに小学生の娘を誘い、観に行くことに。11:15頃に到着すると、屋外広場ではすでに行列ができていてビックリ。全国区の人気があるのですなぁ~。

昼食をとったり、買い物をしていたため、入場開始時間(用意されたイスに座れる時間)の12時を回ってしまっていた。あわてて広場へいくと、空いている席は10席ほどしか残っていなかった。ちなみに、この日用意されていたイスは160席。すなわち、池袋演芸場よりも多い!!

しかし、開演予定時刻は13時となっており、炎天下の中、時の経過の遅いこと!!

ナイツの2人は5分前頃になって、向こうから歩いてくるのが見えた。用意された160席は満席で、後方にはもちろん、2階デッキも、立ち見のお客さんであふれかえっていた。無料公演とはいえ、もの凄い人気だ。

昔、フジテレビにいた「なっちゃん」似の司会者から紹介されてナイツの2人が登場。約30分の舞台で、途中に塙さんの物まね、土屋さんのなぞかけもあるという、盛りだくさんの内容だった。最後に2人からのお土産として色紙が5枚用意されていて、クイズの正解者に1つずつプレゼントされていった。ナイツの色紙は私も欲しかったが、問題はどれも難問で、全く分からない。1問だけチャンスだったのが、土屋さんの子どもさんの話の流れで出題された、今の小学生が一番観ているTV番組は何かという問題で、「0655!!」と答えるべきだったと悔やまれた。Eテレで放映されている朝の5分番組にある「おはようソング」のコーナーで2人がよく登場するからだ。「0655」は正解ではなかったけれども、もしかしたら「色紙をあげよう」ってなことになったかもしれない・・・。

あっという間の30分だったが、絶妙の掛け合いで、凄い漫才と感じた。イントネーションを変えたり、たった1文字を言い間違えただけで、あそこまで意味がおかしくなってしまうとは・・・。ショスタコービッチが多用するわざと調子を外す手法に似ている。こんな一見何でもないようなことで、漫才がこんなに可笑しく、楽しく、聴いていて心地よくなってしまうとは驚きだ。2人の実力なのだろう。 

若い世代からお年寄りまで、オールゼネレーションを楽しませることができるのが四天王の素晴らしいところだ。彼らの漫才は現代的なのだが、懐かしい東京漫才の香りも残っているところが嬉しい。そして、寄席のお客さんを大事にしているところもイイ。

次はぜひ、寄席でナイツを観てみたいが、その日はいつになることか?


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古今亭寿輔師匠 [落語]

毎週火曜日にBS11というチャンネルで放映されている柳家喬太郎師匠の番組に、昨夜は古今亭寿輔師匠がゲスト出演されていた。

寿輔師匠は落語芸術協会の人気者で、派手な衣装で笑いを取り、おばちゃん客をいじり、「何なんだこの人」と思わせておいてから自分のペースに引き込むという、何だか分からないがすごい師匠なのであるw

派手な衣装となったのは二つ目時代にさかのぼると言い、当時の逸話はファンとしてはとても興味深いものだった。

私が「寿輔」という名前を知ったのは大学へ入学する1年ほど前のこと。「はとバス」ツアーから帰ってきた叔父が、浅草演芸ホールでのプログラムを片手に、この師匠がどんなに面白かったかを説明してくれたのだ。しかし、その時は、どこが面白いのやらよく分からなかったのだが・・・w

約1年後、浅草演芸ホールで、ついに私は寿輔師匠の口座に遭遇する。当時はまだ、口ヒゲは生やしていなかったと記憶するが、今とパターンはほぼ同じ。その日は「今日のお客様は素晴らしい」だのとやけにお客さんを持ち上げる。寿輔師匠曰く、こういうレベルの高いお客さんの前では与太郎噺は失礼になる。本当は「ガット・ウルグアイ・ラウンド」を採り上げるべきだが、自分にはできない。どうするか?よし、今日のお客様にぴったりの噺がありました。「『トイレ』をやります」。

こんな感じでした・・・。

ある時は新宿末広亭昼席の代バネで登場し、いつもの客いじりのあと「藪入り」をたっぷりということがあった。古典落語の寿輔師匠の語りは別人のように本格派で、この日私は、不覚にも涙してしまった。前から5列目くらいに座っていたので、泣いている姿を、きっと寿輔師匠に見られてしまったかもしれないと、昨夜の放送を聴いていて思った。 


アバド逝く [クラシック音楽]

クラウディオ・アバドが亡くなったことを昨日の朝刊で知った。驚いた。どこかの新聞で小澤征爾の追悼コメントが出ていたが、闘病中だったそうだ。80歳だったという。

アバドといえば、私にとっては、学生時代からもっとも親しんだ指揮者だと思う。生演奏を聴いたことはなくても、公演の様子がよく放映されていた。NHK-FMの音楽番組では、後藤美代子アナウンサーの「指揮、クラウディオ・アッバード」という紹介の声が今でも耳に残っている。

とにかく様子が若々しく、私にとっては「お兄さん指揮者」というイメージだった。一時期、ムーティーと風貌が似ていて、見分けがつかない時もあったw

では、アバド氏のどこが良かったのかというと、随分聴いている割にこれがむずかしい。結局、2000年に入ってから演奏されたルツェルン祝祭管弦楽団とのマーラー演奏が凄かったので、これを推すことになりそうだ。昨夜は久しぶりにマーラーの7番を聴いた。2005年の演奏で、非常に快速テンポのマラ7であったが、奏者の神懸かり的な巧さもあるものの、やはり素晴らしかった。 

アバド氏のご冥福を祈りたい。

 

 


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柳家三三GO!GO!四十七都道府県(岡山県) [落語]

本日(3/25)、終業式で春休みとなった娘は津山のおばあちゃんのところへ行ってしまい、今夜は嫁さんと2人で急きょ落語会へ突撃してきました。表題の落語会は落語協会の若手人気実力者・柳家三三師が47日連続で47都道府県を回るという変わった企画。初日が沖縄県那覇市で、14日目の今夜が岡山市での高座だったのでした。

会場は山陽新聞社本社内にある「さん太ホール」。座席数は約300とのことで、浅草演芸ホールの一階席に感じが似ているようにも思いました。登場した三三師は岡山市は初めとのことで、まず、「さん太ホール」の名前の由来で笑いを取り、岡山名物のB級グルメやフルーツパフェ、お城が好きなので備中松山城へ行きたかったが400メートルの山登りが必要との説明にあっさり折れて、平らな岡山城と後楽園めぐりをしてきたことを紹介し、場があたたまっていきました。

 

平成25年3月25日(月)、18:30開演、於・さん太ホール(岡山市)

落語 五目講釈

落語 宮戸川(上)

お仲入り

落語 ねずみ

 

最初は聴いたことがない噺で「五目講釈」。居候の身の若旦那が長屋の住民を前に講談の真似事をするという内容。講釈の内容はハチャメチャなのに、流れるような言いたてが実にお見事でした。

一席終えたところで続けて次の噺のマクラに。高座から客席の様子をうかがって、退屈しているなと思ったらサゲまでいかずにそこで終えるのが思いやりとか、男女の仲がどうのという内容で、始まった噺が一瞬「六尺棒」(?)のような出だし。親父さんに締め出しを食っている男の名前が半七。場面代わって半七と同様に締め出しを「食べちゃった」お花さんが登場とくれば寄席でもよくかかる「宮戸川」。霊岸島のおじさんとおばさんがとても可笑しかったなぁ。この噺には続きがあるのですが、いつものところで「お時間になりました」。

仲入り休憩の後は「名人」と「上手」の違いについてのマクラを振ったあと「ねずみ」へ。左甚五郎の人情噺にお客さんはみな大満足だったと思います。

惜しむらくは客席にかなりの空きがあったこと。私も山陽新聞のイベント欄で直前に知ったくらいで、PRがほとんどされていなかったように思います。三三師が来岡されることが分かっていたら行きたかったのにという人も多かったのではないかと思います。

前座も置かず、文字通りの一人旅の全国ツアー真っ最中の三三師匠。明日(3/26)の会場は松江とのこと。松江のみなさん、当日券狙いでぜひ聴きに行ってくださいネ! 

 


浅草演芸ホール2月下席 [落語]

久しぶりに東京出張の機会を得、芸協番組を見て参りました。この日は桃太郎師と平治師がそれぞれのイベントのため休演が予想され、寂しい夜席を覚悟しての突撃だったのですが・・・w

 

平成25年2月22日(金)

浅草演芸ホール夜席

お仲入り

コントD51

古今亭今輔「自由研究」(桂平治代演)

三遊亭笑遊「無くて七癖」

Wモアモア

古今亭寿輔「ご祝儀」

檜山うめ吉

春風亭柳橋「抜け雀」

 

入場したのが19時少し前。ちょうど仲入り休憩が終わる直前で、「お2階が座れます」と言われ2階へ。1階は立ち見でぎっしりの大入りだったようで、2階も10~20席程度があいているだけという状況でまずビックリ。

席についたところで出ばやしがはじまり、コントD51のコントがはじまった。息子のアパートをさがしているおばあさんとお巡りさんのコントで、いやぁよく受けていました。浅草では水を得た魚のように伸び伸びとしているようでとても良かったです。

続いては平治師匠のところやはり代演で今輔師。電車に座っていたところに現れたおばちゃん軍団の席取り合戦のマクラでまず爆笑。ネタに入ると自作っぽい新作で、夏休みの自由研究をめぐる先生と生徒のやりとりでまた爆笑。

代わって笑遊師匠。「待ってました!」お声がかかると、いつもはぶっきらぼうだった師匠がなんだか嬉しそう。ネタに入ると「お顔形がちがうように、無くて七癖・・・」というので何か「癖」の噺が始まるのかと思って聴いていると、1つ前の今輔師とおなじ電車内での今度は若い女性が化粧をする癖について。そして笑遊師の奥さんの癖・・・。体全体を使っての模写に客席が完全にひっくり返りましたw

お約束の「お醤油」も「うすくち」もなかったけれど、こんなにはじけた笑遊師を観ることができて良かったと感じた。 

Wモアモアいつもの立ち話漫才。「今日は何の日」という話の中で、毎月22日がショートケーキの日だということを教えてくれた。なぜショートケーキなのか?それはカレンダーを観ればわかるとのこと(22の上には15:イチゴがのっているから)。浅草の高座は漫才が楽しい!!

20時ちょうどに上がったのは寿輔師。黄色い着物で登場(アマガエル)。ここでも「待ってました!」がかかる。平日の夜でのこの大入りに「ありがたい」といつもと違って謙虚な様子。「ここまでみんなが明るい噺で客席を温めてくれたので私も明るい噺をやって交代したい」と言って、最初の「待ってました!」のことを持ち出し、「待ってましただけじゃなく、ご祝儀が・・」と言って笑いを取ろうとした瞬間、前列の女性客からおひねりが・・・。「今夜はあなたのためだけに落語をやります。何がいいですか?」。「芝浜!」。「あなたねぇ!!」w

結局、漫談で下がっていったけれど、寿輔師匠の漫談は抱腹絶倒。最高でした。

ヒザはうめ吉さん。寄席の番組で俗曲というのは地味な役回りだと思うが、うめ吉さんの高座には華があり、芸協にとって本当に貴重な存在だと思う。髪型の解説の時に、最初の頃は1時間くらいかかっていたのが、今では20分くらいで準備ができるようになったとのこと(かつらではありません)。

トリは柳橋師。8:30上がりで9:00までたっぷりの「抜け雀」。以前の浅草演芸ホールの夜トリは20分という持ち時間だったが、噂に聞いていた芸協改革の一環なのだろう。出演者を1名減らして、その分、トリの時間を確保する。協会には柳橋師の前後の世代の次代を担う中堅、若手にとっては貴重な経験の場となるはずだ。その柳橋師、美声が心地よい。大ネタをどんどんかけて、磨き上げてほしい。期待しています。

この日は到着が遅くなってしまい、仲入り後の短い時間の鑑賞だったが、明らかに手抜きと感じられる高座は皆無で、何年ぶりかで感じた充実感のようなものがあった。芸協には落協にはない魅力があり、時々、その魅力が爆発する番組に遭遇することがある。そんな日に同じ寄席の空間に居合わせる幸せをしみじみ感じた東京出張だった。


タグ:芸協
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