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芸協番組についての私見(その1) [落語]

演芸が好きな人なら誰しも、一度は寄席へ行きたいと思うでしょう。私は岡山県の県北在住だったので、それが叶ったのは晴れて大学生になった時でした。その最初に入った寄席が新宿末広亭。この話は以前も書いたので省略するとして、その時の番組が落語芸術協会の定席だったことから、私は芸協の高座がいまでのとても気になります。 なので、今回は芸協の番組についての私見を述べてみたいと思います。

当時の芸協の番組はスターのオンパレードという感じで、テレビやラジオでお馴染みの師匠方が次々に登場するとても豪華な番組になっていました。芸協の番組に比べると、落語協会の方は今と違って層が薄いようにさえ思えるほどでした(当時、落協は鈴本と池袋が毎回定席で、これに浅草か新宿のいずれかも定席になるという状況であったため、芸人のやりくりが大変だった面もあると思います)。

 

あやふやな記憶ですが、私が最初に行った末広亭昼席の出演者は次のような感じでした。 

昼席(12時頃、途中入場)

漫談 東京太

落語 三遊亭右紋「動物園」

落語 三遊亭遊朝「漫談」

紙切り 林家今丸

落語 春風亭柳昇「結婚式風景」

落語 三遊亭小圓馬

声帯模写 松井錦声

落語 桂小南

落語 三遊亭圓右「酒の素」

歌謡漫談 東京ボーイズ

落語 雷門助六

お仲入り

落語 

奇術 北見マキ

落語 春風亭小柳枝「たがや」

落語 桂文治

曲芸 ボンボンブラザーズ

落語 三笑亭夢楽「三方一両損」

 

どうです?この凄さ。芸協の番組はいつもこんな感じで、とにかく、人気者の大看板が寄席を大事にしていて、可能なかぎり寄席出演をしていたように思えます。 

遊朝師はこの頃、よく寄席で見かけました。談誌師に少し似た口調だった記憶があります。

松井錦声師も常連でした。スーツ姿で片手に扇子を一本持った立ち高座でした。政治家の物まねが多かったです。

圓右師の「酒の素」が聴けたのもこの日でした。

小柳枝師は当時、初めてみる師匠でしたが、流れるような心地よい口調でいっぺんに好きになりました。おなじみの「つまようじではありません」の自己紹介はこの時もやっていました。

ボンボンブラザーズは今とほとんど変わらない内容で、半紙を鼻に立てる芸で盛り上がりました。

トリは夢楽師で「多かぁ食わねぇ、たった一膳」。私は、トリの持ち時間が他の出演者よりも多いのだということをこの日初めて知ったのでした・・・。

このような、夢のような高座が、芸協の番組では展開されていたのです。しかし、当時の大看板のほとんどが鬼籍に入った現在、落協に比べて芸協の層の薄さは否めません。でも、芸協にもまだまだ魅力的な師匠連がいるので、次回は、希望をこめて、こんな番組にしたらどうでしょうという私見を述べてみたいと思います。

 

 

 


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