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民藝「巨匠」 [芝居]

読売新聞のコラムによると、人間は「蛇」か「蜘蛛」のどちらかを苦手としているという。そして、劇作家の故・木下順二氏は「蜘蛛」が苦手で、「蜘蛛」という時を見ただけでもうダメだったそうだ。

木下順二といえば、小学校の国語の教科書に「夕づる」の作者として紹介されていた記憶がある。なので、長い間、私は民話作家だとばかり思っていた。ところが、大人になり、木下氏の戯曲に触れて、この人は偉大な劇作家なのだということを知った。そのきっかけとなったのが、劇団民藝が上演した「巨匠」という舞台であった。あらすじは以下の通りである。

最初に作者をも兼ねる人物Aが登場し、このドラマの成り立ちを語る。30年以上前に共産党政権下のポーランドで制作され、NHKでも放映された「巨匠」というテレビドラマに深い感銘を受け、その記憶にのっかって、この戯曲を作ったのだという。

舞台が明るくなると、そこはワルシャワの大きな劇場の楽屋になっている。今夜シェイクスピアの「マクベス」の初日を迎えるという人気俳優が、上記人物Aが演じる若い演出家と議論をしている。ダンカン王を殺す直前のマクベスのモノローグが演出プランに合わないらしい。何かを考え込んでいるような俳優は演出家の追求に、20年前のわずか1時間の体験を語り出す。

舞台が変わる。第二次世界大戦終結直前の1944年、ワルシャワ蜂起がナチスに壊滅させられ、そこに参加していた若き日の俳優は、収容所行きの貨車から脱走して2ヵ月の逃亡の末、小さな町の空き家になっている小学校に転がり込む。そこには女教師、前町長、医師、ピアニスト、老人の5人の男女がひっそりと、また、ほかの部屋にも避難者たちが、ナチスに監視されながら息を殺して暮らしていた。本を手にぶつぶつ呟いている老人は旅回りの俳優だった。老人は俳優志望の青年に、40年にわたる役者人生について、才能と運について、演劇の感動とその魔力について、熱っぽく語りかける。

そこへゲシュタポ(ナチスの将校)一行が現れる。昨夜、ポーランドのレジスタントがドイツ軍への妨害工作として鉄道爆破を行った。その報復手段として、ここにいる5人の中から、4人の「知識人」を選び出して銃殺するというのだ。ゲシュタポは女性の声のような不気味なドイツ語を語り、それは通訳によって毎回伝えられる。一人ひとり順番に面接され、「知識人」と認められると「こちらへどうぞ」。老俳優の順番になり、身分証明書を確認したゲシュタポは、「ああ、あなたはよろしい。あなたの職業は簿記係。そうですね?簿記係。(老俳優がぐずぐずしているので)元へ戻ってください。われわれが今必要としているのは知識人。簿記係などではありません」。

老俳優はぐずぐずとあたりを見回しながら先の位置へ戻ったものの、次の医師が知識人と認められると、また、ゲシュタポの前へ進み出て、「あの~、ちょっと~、わたしは~、わたしは、その、身分証明書にはそう書いてありますが、簿記係とありますが、それは、ポーランドの劇場が閉鎖、戦争で閉鎖されているので、それで、ずっと、この2年間ほど、その、簿記係をやっていただけで、わたしは俳優、俳優なのです」。そして、ポーランド最高の名優が自分をプロデューサーに紹介してくれた名刺を見せる。が、ゲシュタポはその名刺には興味が無く、4つに破り捨て、次の女教師を「知識人」と認めたところで「予定終了」。

一同が外へ出ていこうとしたところへ、追いすがる老俳優。「俳優、俳優なのですわたしは。この、この本を見て下さい。『マクベス』です、シェイクスピアの。そうだ、これはドイツ語の『マクベス』だ。わたしは俳優なのです」。

ゲシュタポは老俳優に、「マクベス」の短剣のシーンのセリフをソラでやってみろと命令する。老俳優はセリフの朗誦をはじめる。「短剣か、そこに見えるのは?柄をこちらに向けて。よし、掴んでやる。手にもさわらん。しかし、まさに見えている。忌まわしい幻め、眼に見えても手にはさわれんのか?それともただ心に映る短剣、熱にうかされた頭が生みだす幻覚に過ぎんのか?まだ見える、まざまざと手に触れんばかり、こうやって抜き放ったこれと同じだ。おれを招いて行くな。おれの行こうとしておった方向へ。まさに貴様なのだ、おれが使おうとしていたのは」。

朗誦が終わるとゲシュタポは老俳優にほほえみかけ、「分かりました。あなたは確かに俳優です。・・・終了!」。老俳優と前町長が入れ替えとなり、4人の「知識人」が確定した。4人は部屋の外へ連れ去られると、しばらくして4発の銃声の音が鳴った。

舞台は最初の楽屋の場面に戻る。今は人気俳優となって「マクベス」を演じようとしている青年の脳裏に、あの老俳優の最後の演技がよみがえってくるのだ。話を聞き終えた演出家は、「やってください、あなたのやりたいように」と言って出て行く。この俳優はいったいどんな「マクベス」を演じるのか。ここで舞台は幕となる。

この芝居の初演は1991年、老俳優は滝沢修さんが演じたという。私が観たのは1997年の再演、今年の4回目となる再演時だった。この芝居の上演時間は休憩なしの1時間と大変短い。それでも、大変に密度の濃い、もの凄い緊張感のある舞台であった。今年観た舞台では、ゲシュタポ役は鈴木智さんだった。第3回に続いての配役となったそうだが、声は普通に男性の声で演じていた。私は第2回での竹内照夫さんが演じた女のような気色の悪いゲシュタポの声の方が良いのでと思った。同じ第2回でピアニスト役を演じた稲垣隆史さんのピアノが恐ろしいほど上手かったのを覚えている。

 

1997年、1月、俳優座劇場

劇団民藝「巨匠」

作:木下順二

演出:内山鶉

配役

A:千葉茂則

俳優:伊藤孝雄

老人:大滝秀治

女教師:南風洋子

前町長:棟方巴里爾

ピアニスト:稲垣隆史

医師:西川明

ゲシュタポ:竹内照夫

通訳:水谷貞雄

兵士たち:森良夫、伊藤聡

避難者たち:大場泉、宮廻夏穂、望月ゆかり、能田理恵子、相葉早苗、水谷さやか

 

2010年1月30日(土)、俳優座劇場

劇団民藝「巨匠」

作:木下順二

演出:内山鶉

配役

A:水谷貞雄

俳優:千葉茂則

老人:大滝秀治

女教師:塩屋洋子

前町長:梅野泰靖

ピアニスト:みやざこ夏穂

医師:内藤安彦

ゲシュタポ:鈴木智

通訳:安田正利

兵士たち:山本哲也、塩田泰久

避難者たち:大場泉、梶野稔、児玉武彦、早川祐輔、本廣真吾、庄司まり、新澤泉、大黒谷まい

 


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