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NHK「お好み演芸会」に小遊三師匠もレギュラー出演 [落語]

昔、NHKで放映されていた初期の「お好み演芸会」の情報が、ネット上にもあまりなく、私の当時の記憶を頼りに記述したのがこちらの記事→https://tegatajijii.blog.so-net.ne.jp/2010-07-06
ところが、今年の4月に読売新聞で連載された「時代の証言者 落語道を走る 三遊亭小遊三」の第16回の中で、小遊三師匠は1975年から2年間、同番組の大喜利コーナーのレギュラーとして出演していたとのこと。
この大喜利コーナー「はなし家横丁」は柳家小三治師匠が月番役をずっと担当していたが、回答役の長屋メンバーは何回か入れ替えがあった。しかし、この番組の熱心な視聴者だった私には、小遊三師匠の記憶がないのだ。
小遊三師匠といえば「笑点」で、「笑点」の放送開始は1966年。1975年当時にはすでに人気番組になっていたが、このとき、小遊三師匠はまだ「笑点」メンバーにはなっていない。
同記事の小遊三師匠の記事によると、「はなし家横丁」のメンバーだった桂文朝師匠が「『笑点』の噺家は水色やピンクの着物で華やかなのに、俺たちはチーチーパッパって『雀の学校』で登場だもの。かなわないよ」とこぼしていたとかw
この登場の出ばやしは記憶がある。出ばやしといっても、寄席の三味線とかではなく、なんだか安っぽいコミックバンド風のBGMで、この曲に合わせて、小三治師匠を先頭に全員がゆっくりと一斉に行進しながら登場していた。もっとも、このスタイルは最初の頃にはなかったと思う。
「笑点」に肩を並べられるのは回答者のキャッチフレーズぐらいだったという。「座って子供、立って子供、3年2組、三遊亭歌奴」(これは「座って子供、立てばやっぱり子供です」だったと記憶している)、「寄席に咲いた一輪の白百合、桂文朝です」。ところが、小遊三師匠には売りものが何もなかった。そこで「にっこり笑ってごひいきに。奥さーん、三遊亭小遊三です!」。これは当時、小遊三師匠がレギュラー出演していたTBSラジオの「ミュージックキャラバン」のイメージで作ったキャラとのこと。しかし、全く記憶にないw
当時の小遊三師匠はまだ二つ目。若くてハンサムな噺家だったと思うので、現在とは雰囲気が違っていた可能性があるが、それにしても全然記憶にないのはなぜだろうw

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がんばれラミちゃん!! [プロ野球]

ベイスターズが今日の試合に負けてついに10連敗となった。
近年の戦力の充実ぶりから、開幕前は優勝候補に挙げる評論家もいただけに、まさかの展開だろう。また、10連敗の前の成績は9勝6敗で2位につけていた。そこからの急降下である。このチームに一体何が起こっているのだろうか?
そんなにゲームを観戦しているわけではないが、長年のファンとしてイヤな予兆はあった。それは、期待のドラ1ルーキー・上茶谷が投げていた試合で、勝ち投手の権利のあった2試合で、まさかの大逆転負けを喫したことだ。年間を通して活躍してもらうためには、早く結果を出させることが大事だ。新人投手の場合であれば、極端な話、何でも良いので、とにかくまずプロ入り初勝利を与えなくてはならない。そういう大事な試合を、まさかの大逆転負けで2試合も続けて落としていることが、上茶谷のメンタルに悪い影響を与えないはずはない。
上記試合だけでなく、10連敗中のゲームの中でも勝てそうだった試合はあった。しかし、中盤までリードしていても、今季のベイスターズは最後まで守りきることができない。誤算だったのがリリーフ陣の不調だ。近年においてベイスターズの成績が安定していたのは、筒香選手の活躍ももちろんあるが、強力なリリーフ陣によるところが大きかった。そして、開幕前にはそのリリーフ陣はセリーグ一との呼び声が高かった。しかし、セットアッパーの三上が離脱した後、安定感のあった貴重な左腕・砂田も二軍落ちとなった。そして、一軍に残っている昨年までの主力リリーフ陣もパッとせず、守護神山崎からも安定感は伺われない。ブルペン担当の木塚コーチのコメント記事を読んだが、選手達は皆頑張っているのだが、どうも昨季までの登板過多がたたっているという様子なのだ。
弱小球団が強くなっていくパターンには色々なものがあるのだと思うが、ラミレス監督の場合は、決して豊富でない戦力下で、接戦を拾っていくパターンが多かったように思う。そういう意味ではよくやっているし、有能な監督だと思う。しかし、先発は5~6回までで早々に降板することが多く、そのしわ寄せはリリーフ投手陣に来ていたのだろう。ただ、ベイスターズのリリーフ陣はタフな選手が多かったため、年間50~60試合以上の登板がつづいても、これに耐えてきたのだと思う。しかし、こういう勝ちパターンは、いずれは金属疲労が生じるということを覚悟しておかねばならない。なので対策として一番良いのは、この間に先発完投型の投手層を厚くしておくことなのだろう。これが王道であり、そのようなチームの力はまさに本物ということになるが、「言うは易く」で一朝一夕にはいかない。よって、ベイスターズ型のチームづくりは、弱小球団にとってはある意味やむを得ない面があるといえる。その場合、リリーフ陣を上手に休ませ、また、新たなリリーフ人材の発掘・育成を続けていくことが求められ、そういう意味では自転車操業に近いチーム作りといえるのではないか。
さいごに、これはベイスターズの伝統でもあるのだが、得点効率が非常に悪いことである。ソト、ロペス、筒香、宮崎が並ぶ上位打線はもの凄い迫力がある。今季は調子が上がってこない選手が多いとはいえ、HR数は決して少なくない。にもかかわらず、塁上に走者をおいた場面でのタイムリーや進塁打が少ない。今日の読売戦での3点目(四球のランナー・岡本をエンドランで走らせ、結果的に二盗となった結果、亀井のライトフライが3塁への犠牲フライとなり、その後1ヒットで得点となった)のような点の取り方がほとんど見られない。苦手・阪神が特にそういう点の取り方が上手いと感じるがいかがであろうか。
選手達は全員頑張っていることは間違いないが、この長いトンネルの出口はいつになったら見えてくるのだろうか。先発の東、石田、濱口が戻ってくるまではつらいが辛抱を続ける以外にあるまい。ペナントレースはまだ始まったばかりである。今はまだ調子の上がらない上位打線であるが、ひとたび爆発して自信を取り戻してくれれば、再び上位陣に食い込んでくる可能性はあるチームだと思う。なのでケガ人が出ないことを祈っている。大変難しい情勢だと思うが、ラミちゃん監督には「がんばれ!!」としか言えない。

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タコ11&12を一日で聴くコンサート!! [クラシック音楽]

大フィルの定期演奏会からただ今帰ってまいりました。もうなんと言うか、お腹一杯で苦しい状態ですw

でも、めちゃくちゃ楽しかった!!

平成29年2月17日(金)、於・フェスティバルホール

大阪フィルハーモニー交響楽団第505回定期演奏会 

開演:19:00

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

指揮:井上道義

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調「1905年」作品103

ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調「1917年」作品112

最初、このプログラムを見たとき、「何だ、これは?」と思った。多くの方がそう思ったのではないか?また、仮に演奏するにしても、曲の順番はこの通りなのだろうかとも思った。なぜなら、12番は11番よりも演奏時間が少し短いからだ。通常は最後に演奏される曲がその日のコンサートのメインディッシュになるのだが、この順番だと前菜の方が豪華メニューとなってしまうのではないか?

この日は開演前に大フィルの事務局の方によるプレトークがロビーであり、とても興味深いお話が披露されていた。

そこで分かったことは、今回の2曲が同じ演奏会で同時に演奏されることは恐らく今回が初めてとのことだった。理由としては、色々なことが考えられるそうだが、一曲だけでも演奏が大変な曲を、2曲同時に演奏できるだけの演奏家側の技術の問題があるとの指摘があった。しかし、何よりも、こんなプログラムで果たしてお客さんが入ってくれるのかどうかという不安が主催者側にあることが大きいように感じられる。苦労して練習を重ね、演奏会を開催しても、お客が入らないのでは興業としては問題がある。ところが、あの広い大阪フェスティバルホールが9割方埋まった印象であり、集客的にも大成功だったのではないか?

また、このプログラムは井上マエストロが、いつかはやりたいと考えていたものだったようで、大フィルの主席指揮者としての最後の定演ということで、このタイミングでのプログラムとして、楽団側も合意に至ったのであろう。大フィルとしてはこの2曲とも今回が初演だったらしい。さらに、12番については井上マエストロは昨年、N響定演で振ったばかりであるが、この時の演奏もN響にとって初演であったらしい。

11番と12番はいずれもロシア革命を題材としたいわゆる表題音楽で、ショスタコーヴィチには「革命」を題材にした曲を4曲残しているのだという。残る2曲は交響曲2番と3番であり、通常「革命」と呼ばれている5番は本人以外の誰かが「プロパガンダ」としてつけたものなのだそうだ。11番と12番はテーマとしての連続性があり、同日に演奏するとすれば、やはりこの順番で演奏することになるのであろう。なお、井上マエストロは退任後も大フィルの定演に登場予定で、来年3月には2番、3番が同日演奏されるとのことである。

(以下作成中)


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西宮でゲルギエフ(作成途中) [クラシック音楽]

会社での永年勤続プレゼントとして、旅行券をいただきました。そこで、久しぶりに夫婦2人での旅行を企画。東京の寄席見物も考えたのですが、ゲルギエフさん指揮によるコンサートが西宮であるとの情報を得、神戸旅行と相成りました。

平成28年10月9日、14時開演

兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

指揮:ワレリー・ゲルギエフ

管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団

演目

プロコフィエフ:交響曲第1番「古典交響曲」

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

ストラヴィンスキー:春の祭典

アンコール

メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」よりスケルツォ

ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」より子守唄~終曲


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浅草演芸ホール8月下席 [落語]

2カ月連続の東京出張となったが、今回はどの寄席へ行くか迷った。直前まで末広亭を第一候補に考えていたため、宿は新宿に確保していたが、急きょ浅草へ。やっぱり芸協が気になったのだ。昔は2月と8月は「ニッパチ」と言って、客の入りが悪い月とされていたが、最近はそうでもないように思われる。浅草演芸ホールの8月興行も、同ホールのプログラムによれば、上席が芸協の「にゅうおいらんず」、中席が落協の「吉例・納涼住吉踊り」、下席が芸協の「お笑い七福神・謎かけ」&「禁演落語の会」という特別企画興行となっていて、これも一種の集客てこ入れ策として始まったと思われる番組となっているが、すっかり定着した感がある。

この日は仕事が速く片づき、昼席にギリギリ間に合った。幸い空席はあったが、9割近い入り。最近の浅草はいつもお客さんが多いので驚く。

平成28年8月26日(金)

浅草演芸ホール

昼席(途中入場)

桂文治(桂歌春or柳亭楽輔の代演)「代書屋」:東京では落協の柳家権太楼師匠の十八番だが、文治師のも面白く、とてもよく受けていた。

鏡味味千代:初見。美人のお姉さんによる大神楽。とても堂々とした高座。先日観た正二郎さんといい、大神楽に若手が増えてきたのは素晴らしいこと。

三笑亭笑三「漫談」:長老が元気よく登場。大きな拍手で迎えられた。神社での賽銭の話題から消費税、そして郵便代の節約のアイデア。「よろしいですか、ここがポイントですよ!」と扇子で床をトントン。馬鹿馬鹿しくて大爆笑。トリだが、このあと大喜利となるため短めに終了し、いったん緞帳が下がった。

大喜利「謎かけ お笑い七福神」:出演は一番左が司会の三笑亭笑三師匠。メンバーは左から春風亭昇也さん、三遊亭遊子さん、桂文治師匠、春風亭昇羊さん、桂翔丸さん。そして、アシスタントが唯一の女性の三遊亭遊七さん(名前が違っていたらごめんなさい)。以上7名が、それぞれ七福神のお面を持って、それにちなんだ謎かけでまずは自己紹介。続いて、会場から出されたお題で即興の謎かけを披露していく。悪い回答の場合には笑三師匠が鐘を鳴らし(なんとも言えない味のある音色の鐘で、チンチン電車の「チンチン」のような「カンカン」のような音色だった)、遊七さんが張扇で回答者の頭を叩いたあと、顔に墨が塗られていく。この遊七さんがとても品のあるきれいな顔をしているにもかかわらず、張扇の叩き方が凄まじく、会場にものすごい音と回答者の悲鳴が響き渡り大爆笑となった。浅草演芸ホールでの大喜利体験は、昔、「可楽まつり」で観て以来。その時も司会は笑三師匠だったことを思い出した。

昼席で4分の3くらいのお客さんが帰っていった。ここが席移動のチャンス。 昼席では3列目の右端のあたりだったが、5列目くらいの中央やや右寄のあたりに移動。夜席ではマジックジェミーさんが登場予定なので、うっかり前の方に座っていると、いじられる恐れがあるw

長丁場の夜席に備えて栄養補給にとアイスクリームを購入するのが私の定石。しかし、売店の閉店時間が17時って、いくらなんでも早すぎやしませんか?

夜席

古今亭今いち「魚根問」:やかんの前半部分。とても雰囲気のある前座さんで将来が楽しみだが、マクラで笑いを取ろうとしすぎ。せっかくの稽古の場なのだから、もっと普通に噺に専念した方がいいと感じた。それで十分面白いと思われた。

桂翔丸「雑俳」:昼席の大喜利に続いての高座。「テトテト・・・」の部分は大熱演。会場にいた子どもたちへのサービスかw

チャーリーカンパニー(コント青年団の代演):寄席では初見。相方は交代していたがリーダーが健在でうれしくなった。「バカに利く薬」のコント。いやぁ、受けた受けたw

三笑亭可龍「桃太郎」(春風亭小柳と出番交代):落協の三三師匠に似ている?「桃太郎」でこんなに笑ったのは初めてかもしれません。

春風亭小柳「新聞記事」(三笑亭可龍と出番交代):芸名は小柳(「こりゅう」と読む)だが本名は中村(なかむら)。本名だけでも覚えて帰ってくださいw。「新聞記事」は得意ネタなのだろう。前にも聴いた覚えがある。どんどん高座にかけて、鉄板ネタにしてください。

マジックジェミー:七月の末広亭と同じネタ。トランプの奇術では予想どおり最前列のお客さんたちが犠牲にw。しかし、当てたのは前回と同じカードだったような気が・・・。偶然か?

桂歌助「替わり目」:寄席の定番ネタだが、芸協では先代助六師匠の高座が絶品で、歌助師もよく似た演出でした。そういえば、芸協ではその助六師匠の型(型と言えるのかは?)で演じられることが多いように思います(助六師匠がテレビやラジオに出演されるときの演題はなぜか「代わり目」と表記されていましたネ)。

三遊亭とん馬「犬の目」:夜の部前半のMVPはこの師匠。今夜の良い流れを確実なものにしてくれた。

宮田陽・昇:短い時間ながらさすがの高座。もはや芸協番組に必ず名前が入っていて欲しいと思うコンビ。

昔昔亭桃太郎「裕次郎物語」:珍しいことにマクラがなく、いきなりネタへ。久しぶりだという「裕次郎物語」へ。後半、歌が飛び出すが、お客さんがそのたびに拍手をするものだから、なかなか歌が終わらない。最後は「もういいよ!」との声が飛んでくる始末w。抱腹絶倒のまま前半戦終了。

お仲入り

「禁演落語の会」

石井徹也:後半からは「禁演落語の会」となる変則プログラム。食いつきは石井先生。大変著名な演芸記者(?)の方だが、お姿を拝見するのは初。芸人と見まがうような存在感。尺台を前にしての座り高座で禁演落語についての解説が始まったのだが、マイクの調子が悪いのか、声が聞き取りにくい。それと、最初の自己紹介をもっとハッキリとやった方が良かった。というのは、私の後ろに座っていた年輩のご夫婦は、この高座が講談だと思っているらしく、最後までちんぷんかんぷんだったようでとても残念だったw。しかし、話の内容はさすがにとても興味深いもので、妾にかかる必要経費は確定申告すれば税額控除の対象になるなんて初めて聴きましたw

桂伸三「悋気の独楽」:石井先生の後だったこともあり、プロの話術の凄さを体感。なんでもないようにしゃべっているようにみえて、実によく伝わってくる。そのことが認識されただけでも浅草演芸ホールに来た甲斐がありましたw

コントD51:お婆さんと警備員のネタ。水を得た魚の如く、もはや何をやっても許されるといった雰囲気。

雷門小助六「ひねりや」:おそらく初見。ネタも初聴き。とても良かったです。

立川談幸「紙入れ」:芸協番組では初見。定席でこういう師匠が見られるのは嬉しい。また、気のせいか、師匠もとても楽しそうなのがイイ。こんなに最初から最後まで楽しそうに演じられる「紙入れ」も珍しいw

やなぎ南玉:初見。風車では女楽師匠の芸がしっかり継承されていて、懐かしさがこみ上げてきた。

三遊亭遊三「品川心中」:前回聴いた「禁酒番屋」に続き、凄い高座を拝見することができた。本気モードの名人の凄さを堪能。


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新宿末広亭7月下席 [落語]

久々の東京出張とあって、迷うことなく芸協の新宿末広亭へ。国会議事堂前駅から丸ノ内線でわずか11分で新宿三丁目駅に到着。夜の部の浅いところから観ることができた。トリは歌春師匠。15年ほど前の末広亭で歌春師のトリをお目当てに行ったことがあったが、その日は故・桂枝助師による代バネだったため、この日が私にとっては初の歌春師のトリ高座となった。

平成28年7月29日(金)

新宿末広亭

夜席(途中入場)

春風亭柳太郎(桂文月の代演)「?」:自作らしき新作落語。給食の噺。だが、なんとなく客席の雰囲気が重たい。また、もの凄い早口で、語尾が聴き取りにくく、客席がついて行けていない印象。

コント青年団:このコンビは初めて。中小企業の社長と銀行支店長のコント。それなりに面白かったが、爆笑には至らず、客席の温まり具合も今ひとつ。

桂米多朗「粗忽の釘」:米助師匠の一番弟子。師匠の逸話で笑いを取ろうと頑張るが、今ひとつの反応。今夜はかなり手強い客だゾ。

三遊亭遊之介(神田陽子の代演)「真田小僧」:珍しく満面の笑みで登場。師匠に連れて行ってもらった寿司屋で注文してはならないネタの枕はそれなりに受けていたが、この日は滑舌が悪い印象で残念。

マジックジェミー:にぎやかに頑張っていたが、今夜の客との相性からするとどうなのか?

三遊亭圓輔「強情灸」:「待ってました」の声がかかる。随分とお年を召した印象だが、安心感のある高座。

三遊亭遊三「禁酒番屋」:いつものマクラの途中で客席から大きなクシャミが・・・。すかさず「ハクションじゃないよ!」、と師匠。しかしどこまで喋ったか分からなくなりネタへ。なんと「禁酒番屋」。得した気分にw

お仲入り

春風亭昇吉(昔昔亭桃之助の代演)「?」:この人も多分初めて。昇太師匠のお弟子さんとのことで、師匠ネタのマクラで盛り上げようとするが、客席の反応がやはり今ひとつ。こういう重たい雰囲気の場合、無理矢理笑わそうと頑張られると、聴いている側も少々ツライと感じた。ネタに入ると、「東京特許許可局・・・」。これは新作なのかどうか分からなかったが、勢いがある高座で、ようやく少し客席が温まった感じ。

カントリーズ:この漫才コンビも初。なかなか楽しかったです。期待しています!!

桂幸丸「昭和のうた」:客席の反応が薄いことが楽屋にも伝わっていたのでしょう。「今夜のお客さんは10人くらいしかいないのかと思ったらこんなにいたんですか」とチクリ。内容は漫談。都知事選の話題ではこの日初めての場内大爆笑。大統領選挙の話題へと続き、先日亡くなった永六輔関連で坂本九ちゃんの歌などの話題へとつなく。最後に師匠本人が「昭和のうたでした」と言って下がった。

春雨や雷蔵「青菜」:久しぶりに高座を拝見。こちらもかなりお年を召された印象だったが、安心感抜群の高座。今夜のような客に対しては、無理矢理くすぐりにいかずに、たんたんとネタを披露してくれる方が客席の一員としては有難いと感じた。

鏡味正二郎:若いのに素晴らしい高座。名人芸。出刃包丁の皿回しは心臓に悪いのでできればもっとソフトな道具に取り替えて欲しい気が・・・。話術が普通に面白いので、それでも絶対に受けると思います。

桂歌春「お化け長屋」:おなじみのマクラから風呂の入浴剤の話で大爆笑。手堅く笑いを取って25分の高座でした。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その13・完) [落語]

13.お熊の懺悔~惣吉の仇討ち

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

お熊(新左衛門の妾でお賤の母)

宗観(惣右衛門の次男の惣吉)

音助(藤心村の観音堂の寺男)

道恩(藤心村の観音堂の住職)

多助(惣吉の家の奉公人)

石田作右衛門(羽生村の顔役、名主)

源氏山(花車の師匠)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

あらすじ:新吉はお賤の手を取り、松戸へ泊まり、翌日雨の中を出立。塚前村にかかったときには日が暮れかかっていた。観音堂の一角を借りて雨宿りをすることに。

尼「ご参詣のお方でございますかえ・・・、さぞお困りでしょう、・・・足を洗って此方へ上がって、お茶でも飲みながら雨止みをなすっていらっしゃいまし」

囲炉裏端でお賤が尼の顔をつくづく見ていたが、

お賤「おやお前はお母(っか)アじゃないか」 

尼「はい、どなたえ」

お賤「あれまアどうもお母アだよ、まアどうしてお前尼におなりだか知らないが、本当に見違えてしまったよ、13年後に深川の櫓下の花屋へ置去にしていかれた娘のお賤だよ」といわれて尼はびっくりし、

尼「ええ、まアどうも、誠に面目次第もない、・・・そうも実に親子と名乗ってお前に逢われた義理じゃアありませんが、・・・不実の親だと腹も立ちましょうが、どうぞ堪忍して下さい、あやまります」

尼はお賤の母親のお熊だった。お熊は尼になった経緯やこれまでの自分がどう生きながらえてきたのかを打ち明ける。

新吉「・・・私は新吉という不調法ものでございますが、今から何分幾久しゅう願います」

お熊「このお賤は私の方では娘ともいえません、また親とも思いますまい、・・・私はこの頃は誰が来ても身の懺悔をして若い時の悪事の話を致します。・・・私の生まれは下総の古河の土井様の藩中の娘で、親父は120石を頂いた柴田勘六と申して、・・・お嬢様育ちでいたのですが、身性が悪うございまして、私が16の時家来の宇田金五郎という者と若気の至りで私通をし、金五郎に連れられて実家を逃げ出し江戸へ参り、本郷菊坂に世帯を持っておりましたが丁度あの午年の大火事があった時、・・・その時私は17で子供を産んだのですが、17や18で児を拵える位だからろくなものではありません、その翌年金五郎は傷寒を煩って遂に亡くなりましたが、年端もゆかぬに亭主には死なれ、子持ちではどうする事もできませんのさ、その子供には名を甚蔵と名付けましたが、何にあやかったのか肩の処に黒い毛が生えて、気味の悪い痣(あざ)があって、・・・菊坂下の豆腐屋の水船の上へ捨児にして、私はすぐ上総の東金へ行って料理茶屋の働き女に雇われているうちに、船頭の長八という者といい交情になって、またそこをかけ出して出るようなことになって、深川相川町の島島屋という船宿を頼み、亭主は船頭をし、私は客の相手をして僅かなご祝儀を貰ってどうやらこうやらやっているる中に、私は亭主運がないと見え、・・・これもまた死別れ、・・・思い切って堅気にならないかといわれ、小日向のお旗本の奥様がお塩梅が悪いので、仲働に住み込んだところが、これでも若い時分にはこんな汚い婆アでもなかったから、殿様のお手が付いて、僅かな中に出来たのはこのお賤。これも世が世ならばお旗本のお嬢様といわれる身の上だが、運の悪いというものは仕方がないもので、このお賤が2つの時、そのお屋敷が直に改易になってしまい、仕様がないから深川櫓下の花屋へこの娘を頼んで芸妓に出して、私の喰い物にしようという了簡でしたが、また私が網打場の船頭の喜太郎という者と私通をして、船で房州の天津へ逃げましたがね、それからというものは悪い事だらけさ・・・、ようよう改心しましたのさ、仕方がないから頭髪を剃こかし破れ衣を古着屋で買ってね、方々托鉢して歩いている中、この観音様のお堂には留守居がないからお比丘さん這入っていないかと村の衆に頼まれるから、仮名付のお経を買って心経から始め、どうやらこうやら今では観音経ぐらいは読めるようになったが、この節は若い時分の罪滅ぼしと思い、自分に余計な物でもあると困る人にやってしまうくらいだから、何も物は欲しくありません、村の衆が時々畠の物なぞを提げて来てくれるから、もう別にうまい物を喰たいという気もなし、・・・まだ二人とも若い身の上だから、これから先悪い事はなさらないようにどうぞお気を付けなさい、年を老るときっと報って参ります、輪廻応報という事はないではありませんよ」

新吉は打ちしおれ溜息を吐きながらお賤に向かい、

新吉「どうだえお賤」

お賤「私も初めて聞いたよ」

新吉「その小日向の旗本とは何処だえ」

お熊「はい、服部坂上の深見新左衛門様というお旗本でございます」

新吉は身の毛のよだつほど驚いた。8年前に門番の勘蔵から聞いた話と照らし合わせると、お賤とは腹違いの兄妹であり、本郷菊坂下へ捨児にしたというのはお賤が鉄砲で殺した甚蔵に違いなく、お賤にとって甚蔵は血統の兄であったことになり、実に因縁の深いこと。また、お累が自害の後、このお賤がまたこういう変相になるというのも、9年前に狂い死にした豊志賀の祟りなのか。なるほど悪いことは出来ぬもの、己は畜生同様兄妹同士で夫婦になり連れ添っていたとは、あさましい事だと重うと総毛だち、新吉は物をもいわず小さくかたまって座り、只ポロポロ涙を落としているばかりだった。

新吉は改心して、お熊比丘尼に弟子入りすることを決意。お熊が本堂へ行けば後に付いて参り、墓場へ行けば墓場へ付いていく、斎(とき)があればお供をいたしましょうと出て参り、とかくにお賤の側へ寄るのを嫌うようになったので、お賤は自分が半面変相になり、こんな恐ろしい顔になったから、自分を此処に置き去りにして逃げる心ではないかと訝っている。

月日が過ぎて7月21日のこと。藤心村の観音寺から12、3歳になる可愛らしい色白な宗観という名の小僧さんが寺男の音助と2人連れで訪ねてきた。村の繁右衛門殿の宅で23回忌の法事があるので、住職とともにお熊比丘にも来て欲しいとのことなので迎えに来たのだという。

新吉「今尼さんは他(わき)のお斎に招(よ)ばれて往ったから、帰ったらそういいましょう」

音助「・・・若けえによく掃除しなさるのう」

新吉「お小僧さんはお小さいによく出家をなさいましたね、・・・こうやって小さい内から寺へ這入ってれば、悪いことをしても高が知れてるが、お父様やお母さんもご承知で出家なすったのですか」

宗観「そうじゃアありません、拠なく坊さんになりました」

音助「この宗観様ぐらえ憫然(かわいそう)な人はねえだ」

宗観「親父は7年前に亡くなりました」といいながら宗観はメソメソ泣き出した。

音助「いつでも父様や母様の事を聞かれると宗観様は直に泣き出すだ、・・・しかし泣くも無理はねえだ」

音助がこれまでの経緯を説明する。

新吉「このお小僧さんのお宅は何方(どちら)でございますと」

音助「岡田郡羽生村という処だ」

新吉「え、羽生村、・・・父さんは何という方でございます」

音助「羽生村の名主役をした惣右衛門という人の子の、惣吉さまというのだ」

新吉は大いに驚いた。

音助「あんた、どうしたアだ、塩梅でも悪いか、酷く顔色が善くねえぜ」

新吉「ヘエ、なアに私はまだ種々罪があって出家を遂げたいと思って、この庵室に参っておりまするが、・・・こうやって毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思っておりまするが、今日は陽気のためか苦患(くげん)でございまして、酷く気色が悪いようで」

音助「お前さんの鎌はえらく錆びていやすね、研げねえのかえ・・・、己ア一つ鎌をもうけたが、これを見な、古い鎌だが鍛えがいいとみえて、研げば研ぐほどよく切れるだ、全体この鎌はね惣吉どんの村に三蔵という質屋があるとよ、そこが死絶えてしまったから、家は取り壊してしまったのだ、すると己ア友達が羽生村にいて、こっちへ来たときに貰っただアが、汝使って見ねえかよく切れるだが」

差し出された鎌を見ると、柄のところに山形に三の字の焼印があるので新吉は驚いた。ああ丁度今年で9ヶ年以前、累ヶ淵でお久をこの鎌で殺し、続いてお累はこの鎌で自殺し、廻って今また我手へこの鎌が来るとは、ああ神仏が私(わし)のような悪人をなに助けおこうぞ・・・。

新吉「お賤ちょっと来ねえ・・・

お賤「あい、何だよ、今いくよ」

このところ疎々しくされていた新吉に呼ばれたので、お賤は心嬉しくずかずかと出てきた。

新吉「お賤、此処においでなさるお小僧さんの顔を汝見覚えているか・・・、羽生村の惣右衛門様のお子で惣吉様といって7つか8つだったろう」

お賤「おやあの惣吉様」

新吉は突然お賤のたぶさをとって引き倒す。

お賤「あれー、お前何をするんだ」というのも構わず手元へ引寄せ、お賤の咽喉へ鎌を当てプツリと刺し貫いたから堪らない、お賤は悲鳴を揚げて七転八倒の苦しみ、宗観と音助はびっくりし、

音助「お前気でも違ったのか、おっかねえ人だ、誰か来てくれやー」

そこへお熊比丘尼が帰ってきて、この体を見て同じく驚いた。

お熊「お前はこの間から様子が訝しいと思ってた、・・・何だって利(とが)もないお賤をこの鎌で殺すという了簡になったのだねえ・・・」

新吉「いえいえ決して気は違いません、正気でございますが、お比丘さん、お賤も私もこうやっていられない訳があるのでございます。お賤てめえは己を本当の亭主と思っているが、・・・てめえ一人は殺さねえ、・・・己も死なねばならぬ訳があるんだ・・・。」

新吉は自分が深見新左衛門の次男であり、お賤とは腹違いの兄妹であること、惣右衛門には大変な世話になっておきながら2人でくびり殺したことなどをすべて明かし、宗観に、

新吉「・・・私ども夫婦のものは、あなたの親の敵でございます、さぞ憎い奴と思召ましょうからどうかこの鎌でズタズタに斬って下さいまし。お詫びのため一言申し上げますが、お前さんの兄さん姉さんの敵と尋ねる剣術遣の安田一角は、五助街道の藤ヶ谷の明神山に隠れているという事は、妙な訳で戸ヶ崎の葦簀張(よしずばり)で聞いたのですが、敵を討ちたければ、その相撲取りを頼み、そこへ往って敵をお討ちなさい・・・。お賤、てめえと己が兄妹ということを知らないで畜生同様夫婦になって、永い間悪いことをしたが、もう命の納め時だ、己も今直に後から往くよ、お前宗観様にお詫びを申し上げな」

お賤「あいあい」

血に染まったお賤は善に帰って、ようよう血だらけの手を合わせ、苦しき息の下から、

お賤「惣吉様誠に済まない事をしました、堪忍して下さいまし、新吉さん早く惣吉さんの手に掛かって死にたい、ああお母さん堪忍してください。」

新吉は鎌を取り直し、我左の腹へグッと突き立て、柄を引いて腹を掻切り、夫婦とも息は絶え絶えに。

宗観「ああ、お父さんを殺したのはお前たち二人とは知らなかったが、思いがけなくお父さんの敵が知れるというのは不思議な事、また、兄さんや姉さんを殺した安田一角の隠れ家を知らせて下され、こんな嬉しいことはありませんから決して憎いとは思いません、早く苦痛のないようにして上げたい」

後を振り返ると音助はブルブル震えて腰も立たない状態になっていた。

宗観「お父さんや兄さん、姉さんの敵は知れたが、小金原の観音堂でお母さんを殺した敵はいまだに分からないが、悪い事をする奴の末は始終は皆こういうことになりましょう」というのを最前から聞いていたお熊比丘尼は、袖もて涙を拭いながら宗観の前へ来て、

お熊「忘れもしない3年後の7月小金原の観音堂でお前のお母さんをくびり殺し、120両という金を取ったのはこのお熊比丘尼でございますよ」

宗観も音助もびっくりし、絶え絶えになっていた新吉も血に染まった手を突いて聞いている。

お熊「私も種々悪い思いをした揚句、一度出家はしたが路銀に困っているところへ通り合わせた親子連れの旅人小金原の観音堂で病に苦しんでいる様子だから、この宗観様をだまして薬を買いに遣ったあとで、お母様をくびり殺したはこのお熊、私はお前様のお母様の敵だから私の首を斬ってください」

お熊は新吉が持っていた鎌を取って、喉を掻切って相果てた。3人の死骸は代官へ訴え検死済みの上、観音堂の傍へ穴を掘って埋め、大きな墓標が立てられた。これが今世に残っている因果塚で、血に染まった鎌は藤心村の観音堂に納められた。

8月18日、宗観は藤心村の観音堂の住職・道恩に出立のお願いをした。

宗観「旦那様には永々ご厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰りとうございます」

道恩「ウン、どうも貴様は剃髪する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える。何故羽生村へ帰りたいか・・・」

宗観「私は兄と姉の敵が討ちとうございます」

道恩「これ、・・・敵討という心は悪い心じゃ、その念を断ち切らんければいかん、執念してあくまでも向こうを怨むには及ばん、・・・人を殺した悪事の報いは自滅するから討つがものは無い、己と死ぬものじゃからその念を断つとこが出家の修行で、あくまでも怨む執念を断らんければいかん、それに貴様はいくつじゃ、・・・相手は剣術遣じゃないか、みすみす返り討になるは知れている、出家を遂げればその返り討になる因縁を免れて、亡くなられた両親や兄嫁の菩提を弔うが死なれた人のためじゃ、え」

宗観「・・・この頃は毎晩兄さんや姉さんの夢ばかり見ております、昨夜も兄さんと姉さんが私の枕元へ来まして、新吉が敵の隠家を教えて知っているのに、お前がこうやってべんべんと寺にいてはならん、兄さんも姉さんも草葉の陰で成仏することが出来ないから敵を討って浮かばしてくれろと、ありありと枕元へ来て申しました、・・・どうか両人の怨みを晴らしてやりとうございます。」

道恩「いやいやそんならば無理に止めやせん、皆因縁じゃからそれもよかろう、・・・しっかりした助太刀を頼むがよい・・・」

宗観「親父の時に奉公をしたもので、今江戸で花車という強いお相撲さんが有りますから、その人を頼みますつもりで」

道恩「もしその花車が死んでいたらどうする、・・・人間の命ははかないものじゃが、ああ仕方がない、往くなら往け、じゃが首尾好く本懐を遂げて念が断れたらまた会いに来てくれ」

道恩は実の親子のような心持ちで、小遣いを持たせて宗観を出立させた。羽生村に着いてみると、実家は空家になってしまい、石田作右衛門が名主役をつとめ、奉公人だった多助爺は北阪の村はずれの堤下に独身生計(ひとりぐらし)をしていた。

宗観「多助さん多助さん、多助爺やア」

多助「あい、なんだ坊様か、今日はちっとべえ志が有るから、銭いくれるからこっちへ這入んな」

宗観「修行に来たんじゃアない、お前は何時も達者で誠に嬉しいね」

多助「誰だ誰だ」

宗観「はいお前忘れたかえ、私(わし)は惣吉だアね、お前の世話になった惣右衛門の倅の惣吉だよ」

嬉し涙に泣き沈みようよう涙を拭いながら、

多助「能くまア来て下せえやした、本当に見違えるように大きくなったね」

これまでの敵が全て知れ、残るは安田一角だだ一人となったことを報告し、多助と2人で江戸へ行って花車の助太刀を頼むことに。花車は出世をして、今では二段目の中央(なかば)まで来ているので、師匠の源氏山もなかなか出したがらなかったが、かつて奉公をした主人の敵討ちだからという花車の義に依っての頼みに師匠も折れた。

宗観、多助、花車の一行が、かの五助街道へ掛かったのが10月中旬過ぎた頃。日暮れ近く、空はどんよりと曇っている。傍の方をみると何やら白いものが動いているが、遠くてよく分からない。

花車「ハテナ、白い物がこっちへ転がってくるようだが何だろう、多助さん先へ立っていきなよ」

多助「冗談いっちゃアいけねえ、あの林の処に悪漢が隠れているかもしれねえから、お前さん先へいってくんねえ」

といいながら、やがて3人がかの白い物の処へ近づいてみると、大杉の根元の処に一人の僧が素裸にされて縛られていた。

花車「憫然に、・・・お前さん泥坊のために素裸にされたのですか」

僧「はい、災難に遭いました、木颪まで参りまする途中でもって、馬方がここが近いからというてここを抜けて参りますと、悪漢がでましたものじゃから・・・、どうもこうも寒くってなりません、お前さんたちも先へ往くと大勢で剥がれるから、後ろへお返りなさい」

花車「なにしろ縄を解いて上げましょう、貴僧は何処の人だえ」

僧「有難うございます、私は藤心村の観音寺の道恩というものです」

惣吉「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」

思わぬところで道恩住職と惣吉が再会を果たす。道恩は多助が人家のあるところまで連れていくことに。2人の姿が見えなくなると、樹立の間から2人の悪漢が出てきて、「手前たちは何だ」。

花車「はい私どもは安田一角先生がここにお出でなさると聞きまして、お目にかかりたく出ましたもので」

2人の悪漢は互いに顔を見合わせ、林の中へ這入って一角にこの由を告げた。一角は心の中で、己の名を知っているのは何故か、ことに依ったら花車が来たかもしれないと思い、油断せずに遠くから様子をうかがっていると、子分が出て、「やい、手前は何者だ」。

花車「いえ私は花車重吉という相撲取でございますが、先生は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、たしかにここにいなさる事を聞いてきたんだから、尋常にこの惣吉様の兄さんの敵と名乗って下せい・・・。」

悪漢どもは、ああかねてから先生から話のあった相撲取はこいつだなと思い、すぐに一角にこのことを告げた。

安田一角「そうか、よいよい手前たち先へ出て腕前をみせてやれ」

悪漢どもも相手は相撲取りだから力は強かろうが剣術は知るめえから引包んで餓鬼もろとも討ってしまえとまず4人ばかりそこへ出てきたが、「尊公先へ出ろ」「尊公から先へ」とゆずり合っている。「じゃア4人一緒に出よう」と4人均しく刀を抜きつれ切ってかかる。花車は傍らにあった手頃の杉の樹を抱えて総身に力を入れ、ウーンと揺すり、杉の樹はモリモリとねじり切られ、花車はそれを持ち直して、

花車「この野郎ども」

といいながら杉の幹を振り上げた。恐れて悪漢どもは皆近寄ることができない。花車は力にまかせて杉の幹をピュウピュウ振り回し、2人を叩き倒した。一人が逃げにかかるところを飛び込んで打ち倒し、一人が急いで林の中に逃げ込んだので後を追っていくと安田一角が野袴をはいて、長い大小を差し、長髪に撫で付け、片手に種子島の短銃(たんづつ)に火縄を巻き付けたのを持って現れた。

安田一角「近寄れば撃ってしまうぞ、速やかに刀を投げ出して恐れ入るか、手前は力が強くてもこれでは仕方があるめえ」

花車「卑怯だ卑怯だ」

と相撲取りが一生懸命に怒鳴る声が木霊してピーンと山間に響いた。

花車「手前も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打ち合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬り合うとも打ち合うともせえ」

一角もうっかり引き金を引くことができず、脅しのために花車の鼻の先へねらいを付けている。進退きわまった花車は只ウーンウーンと唸っている。多助はかの道恩を送っていきせき帰ってきたがこの体をみて驚いてブルブル震えている。

すると、天の助けで、時雨空の癖として、今まで晴れていたのが俄にドット車軸を流すばかりの雨になった。生い茂った木の葉に溜まった雨水が固まってダラダラと落ちてきて一角の持っていた火縄に当たって火が消えた。一角は驚いて逃げにかかるところを花車は火が消えればもう百人力と飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打ち据えた。これを見た悪漢どもは「それ先生が」と駆けだしてきたが、側へは進めない。

花車「この野郎ども傍へ来やアがるとひねり潰すぞ」

この勢いに驚いて悪漢どもは逃げていってしまった。

花車「サア惣吉様遣っておしまいなせえ、多助様、お前助太刀じゃアねえかしっかりしなせえ」

惣吉は走り寄り、

惣吉「関取誠に有難う、この安田一角め兄さん姉さんの敵思い知ったか」

多助「この野郎助太刀だぞ」

と惣吉と2人で無茶苦茶に突くばかり、そのうち一角の息が止まると、2人ともペタペタと座って暫くは口がきけなかった。花車は一角のたぶさを取り、拳を固めてポカポカ打ち、

花車「よくも汝は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅様を返討にしやアがったなこの野郎」

悪漢の同類は皆ちりぢりに逃げてしまったが、その村の名主へ訴え、名主からまたそれそれへ訴え、だんだん取り調べになると、全く兄姉の仇討に相違ないことが分かり、花車は再び江戸へ引き返し、惣吉は16歳の時に名主役となり、惣右衛門の名を相続し、多助を後見とした。

花車が仇討の時に手玉にした石へは花車と彫りつけられ、花車石として今に下総の法恩寺に残っているという。


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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その12) [落語]

12.三蔵殺し 

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

作蔵(馬方)

安田一角(横曾根村の剣術家)

婆(茶店の女) 

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋・羽生屋の主、三右衛門の息子)

与助(羽生屋の奉公人)

あらすじ:時は享和2年7月21日。下総の松戸の傍にある戸ヶ崎村の茶店で馬方と武士の会話が聞こえる。どこかで聞き覚えのある声だ。

馬方「お客さん、あんたどちらへおいででございやすねえ、・・・」

武士「馬は欲しくないよ」 

馬方「・・・や、あんたア安田さまじゃありませんか」

武士は笠を深くかぶっていて顔を隠していたので判らなかったが安田一角であった。そして、馬方は作蔵であった。

作蔵「安田一角先生とは気が付かなかったよ」

安田一角「大きな声をするな、・・・己の名をいってくれるな」

作蔵は森蔵親分という博打打ちの宅に世話になっていたが、金を盗んでしまい追い出され、以来、馬小屋のようなところに住み、博打も打てず、馬方として日々の僅かな飲み代を稼ぐ生活をしているのだという。

安田一角「汝(てめえ)馬を引いているのが幸いだ、己は木卸(きおろし)へ上がる五助街道の間道に、藤ヶ谷という処の明神山に隠れている。」

作蔵「へー、・・・あすこは生(なま)街道てえので、・・・何だってあんな処にいるんだえ」

安田一角「それには少し訳があるのだ、己も横曽根にいられんで当地へ出たのだ、・・・武士の果は外に致方もなく、どうせ永い浮世に短い命、斬り取り強盗は武士の習だ、今じゃア14、5人も手下ができて、生街道に隠れて追剥をしているのだ」

安田一角が自分の居所を作蔵に明かしたのには訳があった。馬方なら、金を持っていそうな上客に出くわすことも多いだろうから、そういう客をみつけたらできるだけ駄賃を廉くいって馬にのせ、近道だとかなんとかいって生街道の明神山まで連れてこいという。儲けの二割を礼にやるからという。

作蔵「うめえな、只馬を引っ張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合に鰊の二本も喰えば後に銭が残らねえような事をするよりいいが、同類になって、もし知れた時は首を打斬られるのかよ」

安田一角「そうよ」

一角は懐から5両を取り出し作蔵に渡しながら、

安田一角「これは汝が同類になった証拠のため、少しだが小遣銭に遣るから取っておけ」

作蔵「え、有難え、・・・今日は本当に思え掛けねえで5両2分になった」

安田一角「なぜ」

作蔵「今日はね、あのもさの三蔵に逢ったよ、羽生村の質屋で金貸した婆ア様が死んだって、その白骨を高野へ納めるてえ来たが、今日は廿一日だから新高野山へお参りをするてえので、与助を供につれて、己が先刻東福寺まで送ってッたが、昔馴染みだから二分くれるッていったが、有難うござえやす、実に今日は思え掛けねえ金儲けが出来た」

必ず藤ヶ谷へ上客を引っ張ってくるようにと言いつけて安田一角は去っていった。そこへ、

男「おい作」

作蔵「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」

作蔵はあたりを見回し、振り返ってみると、二枚折の葭(よし)の屏風の陰に、蛇形の単物に紺献上の帯を神田に結び、結城平の半合羽を着、傍の方に振分の小包を置き、年頃30ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締まった美男が女房と一緒にいた。

男「汝(てめえ)、大きな声でどなっていたが相変わらずだなア」

女「おや作蔵さんお前の噂は時々していたが、相変わらずいい機嫌だね」

声の主は新吉とお賤であった。安田一角と作蔵のやり取りはすべて筒抜けで、自分たちにも半口載せろという。三蔵も帰り道に此処を通るのだろうから、連れてきて、ここで用事ができたといって馬を置っ放して逃げてしまってくれという。三蔵から100両でも200両でも無心してみて、だめだったらお供の与助ともども殴っ殺して川へ放り込んでしまうつもりだという。三蔵を連れてくる前金として30両をやるといわれ、「金運が向いてきた」と喜んで作蔵は新高野へ三蔵を迎えにいった。

日もどっぷりと暮れ、川端の葦の繁みに新吉とお賤は身を隠して待っていると、向こうから三蔵が作蔵の馬に乗ってやってきた。

作蔵「与助さんあんたもう何歳(いくつ)になるねえ、・・・」

与助「もう60に近くなったからめっきり年を取ってしまった」

作蔵「羽生村の旦那ちょっくら下りておくんなせえ・・・、実はこの先へいって炭俵を6俵積んできてくれと頼まれているんだが・・・」

三蔵「汝が困るなら下りて歩いていこう」

三蔵が馬から下りると作蔵は大急ぎで横道の林の陰へ馬を引き込んだ。そこへ草の繁みからごそごそと出てきた新吉は、ものをもいわず突然(いきなり)与助の腰を突いたので、与助はもんどりを打って利根の枝川へどぶんと投げ込まれた。アッと三蔵が驚いている後から、新吉が胴金を引き抜いて三蔵の脇腹へ突っ込んでいった。三蔵が倒れるところへ乗りかかり、胸先を抉ったが、三蔵も死に物狂いで起き上がり、新吉のたぶさを取って引き倒す。そこへ与助が川中から這い上がってきて、短いのを引き抜き、

与作「この野郎なにをしやアがる」

と斬ってかかる様子を見るよりお賤は驚き、新吉に怪我をさせまいと、そっと後から出て与助のたぶさを取って後の方へ引き倒すと、与助は石だか土だか何かの塊を取ってお賤の顔に打ちつけた。お賤は顔から火が出たように思い「アッ」といって倒れると、乗し掛かり斬ろうとするところへ、作蔵が飛び出してきて与助を蹴り上げたから、与助はウンといって倒れた。新吉は刀を取り直してまた一刀三蔵の脇腹をこじったので、三蔵もついに息が絶えた。新吉は手早く三蔵の懐へ手を入れ、胴巻の金を抜き取って死骸を川の中へ投げ込んだ。

作蔵「兄い無心どころじゃねえ突然(いきなり)行(や)ったんだな」

新吉「汝はもう帰(けえ)ったのかと思った、・・・誰か人は来やアしねえか・・・」

作蔵「大丈夫だ、・・・割合を貰(もれ)えてえなア」

新吉「金なんぞもっていやアしねえ・・・」

作蔵「冗談じゃアねえぜ、・・・」

作蔵は少し怒気を含み、ダミ声を張り上げ、「手前の懐を改めてみよう、己だって手伝って・・・罪を造っているんだ・・・出せってばやい」

新吉「遣るよ、遣るから待て・・・」

新吉は隙をねらってどんと作蔵の腰を突くと、作蔵はどぶりと用水へ落ち、がばがばとすぐに上がってきたところをずーんと脳を割付けた。

作蔵「斬りやがったなアこの野郎」

作蔵の声がりーんと川に響き、また這い上がってくるところを無闇に斬りつけた。作蔵はこれまでの悪事の報いにやついに息が止まったとみえ、そのまま土手の草をつかんだなり川へのめり込んでしまった。

新吉「もう此処にぐずぐずしてはいられねえ」

お賤「私はどうも殴たれた処が痛くって堪らないよ」

お賤の顔は半面紫色に黒みがかり、腫れ上がっていた。

以下、その13へ続く・・・。


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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その11) [落語]

11.お隅の死 

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

安田一角(横曾根村の剣術家)

貞蔵(安田一角の内弟子) 

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

麹屋の亭主

石田作右衛門(羽生村の顔役)

太七郎(村の者)

九八郎(村の者)

上(かみ)の婆様(村の者)

甲(村の者)

乙(村の者)

丙(村の者)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

和尚(惣次郎、お隅の菩提寺の住職)

武士3人

謎の尼(塚崎村の観音堂の尼)

塚崎村の男

道恩(藤心村の観音堂の住職)

男(道恩の連れ)

あらすじ:2通の書置を残して、お隅は裸足で雪道を駆けていった。向かうは安田一角のいる交遊庵。

暁方(あけがた)になって麹屋では血だらけになった富五郎の死骸が見つかり大騒ぎに。傍にお隅の残した書置が2通あり、内容を改めた麹屋の主は大勢の人を頼んで恐々ながら交遊庵を訪ねてみると、一角はおらず、一角の内弟子である貞蔵の死骸が転がっており、返り討ちにあったお隅も無残な姿で見つかった。

お隅が残した2通の書置は羽生村へ届けられ、母も惣吉も多助も、「アアそうとは知らずに犬畜生ののような恩知らずの女と悪(にく)んだのは悪かった・・・」と嘆き悲しむばかり。「悪いは一角、早く討ちたい」と思うものの、何しろ年を取った母と子供の惣吉ではどうにもならず、花車を訪ねて親子2人で上総の東金へ行くことに。名主役は村の顔役の石田作右衛門に預けることとなった。

惣吉親子とは入れ違いに、花車は惣次郎の菩提寺へ香花を手向けに現れた。そこの住職にお隅のことや惣吉親子が花車を頼って東金へ出発したことなどを聞く。惣次郎を殺した犯人は安田一角に定まったので、花車も惣吉親子を追いかけることに。途中、3人の武士に取り囲まれ、追い剥ぎされそうになる。3人は安田一角の回し者で、花車をなぶり殺しにすれば一角から手当をもらえるという算段であった。

花車「まアそんなに押さえられては困りますね、待ちなさい上げますよ、・・・」

武士「くれぬといえば許さぬ、浪人の身の上切取強盗は武士の習い、いい出しては後へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥ぐぜ、・・・」

花車「だから上げるけれども、待ちなさいよ」と左の手に持っていた傘をぽんと投げ出し前から胸倉を取って押さえている一人の帯を押さえてぽんと投げると、庚申塚を飛び越して、薄氷の張った沼の中へ落ちた。残る2人のうち、一人は逃げ出したが、もう一人は花車の後ろに組み付いていたので、これを押さえつけると、「うーん」と息が止まった。

花車「みっともねえ面だなア、此奴も投げ込んでやれ」と沼へ放り込み、傘をもってのそりのそり進んでいった。角力取というものは大まかなもので・・・。

惣吉親子の方はというと道中、母親にきりきり癪が起こり、癒えるまで宿で長逗留を強いられることに。そのうち年も果て正月となり、元日に寝ていては縁起が悪いと、病体をおして惣吉の手を引いて出立。小金ヶ原へ掛かり、塚前村の知己(しるべ)の処へ寄ってやっかいになろうとしたが、子供に婆様で道ははかどらない。霙(みぞれ)が降りだし、とっぷり日は暮れてしまった。小金ヶ原から3里ばかりのところの大きな観音堂のところで母親を再び癪が襲った。

母「アア痛い、あああのお医者様から貰ったお薬・・・、あれ汝(われ)持って来たか」

惣吉「あれ己(おれ)置いてきた」

母「困ったなア、ああ痛い痛い」

そこへ色白のでっぷりとした尼が現れ、「それはお困りだろう、どれどれ此方へ這入りなさい」と観音堂の奥へ案内した。

尼「薬がなくっては困ったもの」。この先を一町ばかり行くと休憩処があり、そこで良い薬が手に入るはずだからと惣吉に買いに行かせることに。惣吉は御年10歳の子供だが、親孝行者で、尼に言われたとおりの道を進んでいったが、途中で道を尋ねてみると、薬は小金まで行かねば手に入らないと言われる。小金までは子供ではとても行かれない距離だという。心細くなった惣吉は観音堂へ戻ってみると、情けないかな母親は咽喉を二巻ほど丸ぐけで括られて虚空を掴んで死んでいた。荷物も多分の金もなくなっており、尼の姿もなかった。

惣吉がヒイヒイ泣いていると、そこへ藤心村(ふじごころむら)の観音寺の和尚・道恩が供の男と一緒に通りかかった。訳を訊いた道恩は気の毒がり、供の男を走らせて村方へ知らせにやった。

道恩「誠に因縁の悪いので、親の菩提のため、私が丹精してやるから、仇を討つなどということは思わぬがいい、私の弟子になって、母親や兄さんのために追善供養を弔うがいい」

惣吉は道恩の弟子となり、剃髪し、名を宗観と替えて仏門に入ることになった。

以下、その12へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その10) [落語]

10.お隅の仇討ち

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

弟子衆(花車重吉の弟子たち)

安田一角(横曾根村の剣術家)

麹屋の亭主

あらすじ:

花車の来訪に惣次郎の母親もお隅も多助も皆喜んだ。花車は法恩寺村で田舎相撲の場所を開こうとしていたところにこの騒ぎとなったが、訳あって姿を現さなかったのだという。お隅から惣次郎殺害の経緯を確認した花車は、富五郎という男が一緒だったことを知る。富五郎は外出中だったため、それならと、殺害現場で拾った惣次郎の脇差しを包みから取り出した。富五郎の証言では惣次郎は脇差しで斬り合ったことになっているが脇差しは松ヤニで抜けなくなっている。また、主を残して富五郎だけが逃げてきた点からも、富五郎が怪しい。安田一角に鼻薬を嗅がされて、惣次郎殺害の手引きをしたに違いないとにらむ。

花車「こうしておくんなさい、私(わし)は黙って帰るが、富五郎が帰ったら、今日花車が悔やみに来て種々(いろいろ)取り込んだ事があって遅くなった、就いては他(ほか)へ二百両ばかり貸したが、どう掛け合っても取れないから・・・、もし富五郎さんが間へ這入ったら向こうの奴も怖いから返すだろう、もしお前の腕から二百両取れたら半分は礼に遣るが、どうか催促の掛合に往ってはくれまいかと、花車が頼んだが行ってやらんかといえば、欲張っているからきっと遣ってくるに違いない・・・」

富五郎をおびき寄せる算段がまとまり、花車は帰っていった。入れ違いに戻ってきた富五郎に、母親が貸金の掛合の件を説明すると、

富五郎「なに直ぐに取って上げましょう、造作もありません、百両・・・百両・・・なアに金なんぞお礼に戴かぬでもご懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」

富五郎はいそいそと花車のもとへ向かった。花車宅では2人の弟子がいて、もし途中で富五郎が逃げ出したら捕まえて取り押さえるという段取りになっていた。

花車「富さん、お前さんが供に行ったのだとねえ」

富五郎「さよう・・・。面部を包んで長い物をぶち込んだ奴が14,5人・・・、突然(いきなり)竹槍をもって突いてくるから、私も刀を抜いて竹槍を切って落とし、・・ちょんちょん切り合いました、すると旦那も黙っている気性ではないから、すらり引き抜いて一生懸命に大勢を相手にちゃんちゃん切り合いましたから、刀の尖先から火が出ました・・・」

花車「うんそうかえ、富さん、もっと側へお出でなさい、今日は一杯飲みましょう」

富五郎「それは誠に有難いことで、時に何かお頼みがあるという事で・・・」

花車「さて、富さん、人と長く付合うには嘘を吐(つ)いてはいかないねえ」

富五郎の説明は全部嘘だと言われ、びっくり驚く富五郎。

富五郎「関取でなければ捨て置けぬ一言、手前も元は武士でござる・・・」

花車「嘘をつくない、正直に言ってしまいな、手前(てめえ)が鼻薬を貰って、一角に頼まれて旦那を引き出したといってしまえば、命ばかりは助けてやる・・・、何処までも隠せば、拠(よんどころ)なくお前(めえ)の脊骨をどやして飯を吐かしてもいわせにゃならん」

富五郎「これはどうも怪しからん、関取の力で打たれりゃア飯も吐きましょうが、ど、どういう訳で、怪しからん、なな、何を証拠に」

花車は惣次郎の脇差しを取り出した。抜けない脇差しをどうやって抜いたのか、鞘ごと切り合ったとしてもどうやって火花が出るのか。花車は富五郎の片手を取って押さえつけ、拳を振り上げる。

富五郎「アア痛うございます・・・、もうこうなれば包まず申します。申しますからお放し下さい」

花車「いってしまえばそれでよい・・・、さア残らずいってしまえ」

富五郎も観念をしていっそ白状しようかと思ったが、そこは悪才に長けた奴で、花車が手を放したスキに、側の火鉢にかかっていた大薬缶をひっくり返すと、ぱっと灰神楽が上がり真っ暗になった。富五郎も悪運の強い奴で、表へ逃げれば弟子たちに取り押さえられるところを裏口から逃げ出し、畑を踏んで逃げたの逃げないの、一生懸命になってドンドンドンドン逃げたが、羽生村へは行かれないため安田一角の処へ駆け込んだ。

富五郎「ハ、ハ、先生先生・・・水を一杯頂戴」

安田一角「なんだ、・・・どうした」

富五郎は一部始終を説明し、逃げるための路銀を2、30金拝借したいと言う。そして、一角もここを早く逃げた方がよいと促す。安田一角は落ち着いたもので、常陸の大方村に弟子があるからそこへ隠れておればよかろうと、手紙を一本書いて路銀とともに富五郎に渡した。富五郎はそれをもって常陸へ遁走。安田一角も後を追うように逃げ、2人は行方知れずとなった。

花車「残念なことをしました、これこれこれで押さえた奴を逃げられました」

お隅も母も残念がって嘆いたが致し方なし。翌月の10月になると、「何事があっても手紙さえ下されば直ぐに出てきて力になりますから」と言って花車は江戸へ戻っていった。跡方は10歳の惣吉とお隅に母、番頭の多助という顔ぶれで、何となく心細い。

11月3日のこと、空は雪催しで曇り。筑波下ろしの大風が吹き立てて身を裂かれるほどの寒さ。お隅が着物を着替え、乱れた髪を撫付けて小包を持ってきたので、

母「このまア寒いのに何処へか行くかイ」

お隅「はい、改めてお願いがござります。不思議なご縁で、水街道からこちらへ縁付いて参りましたところが、旦那様もああいう訳でおかくれになりました。・・・こうなって旦那のない後は余計者で、かえって厄介者になるばかりでございますし、江戸には・・・親類でもございますから、どうか江戸へ参りたいと思いまして、私もべんべんとこうやっていられません。今の内なら、どうか親類が里になって縁付く口も出来ましょうと思いまして、・・・どうか親子の縁を切って、・・・貴方の手で離縁になったという証拠を戴きませぬと、親類へも話ができませぬから、ご面倒でもちょっとお書きなすって、誠に永々お世話さまになりました」

母「それアは困りますな、・・・どうかまアそんなこといわずに、どうかお前がいてくれねば困りますから」

お隅「・・・今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」

母「・・お前は今までまア外の女と違って信実な者で、おらア家へ縁付いても惣次郎を大切(でえじ)にして、姑へは孝養尽くし、小前の者にも思われるくれえで、さすがはお武家(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ、婆様ア家(うち)は好い嫁え貰ったって村の者が誰も褒めねえ者はなえ、惣次郎が無え後も僅かハア夫婦になったばかりでも、亭主と思えば敵イ討たねえばなんなえて、さすが侍の娘は違った者だと村の者も魂消(たまげ)て、なんとまア感心な心がけだって涙アこぼして噂アするだ、今に富五郎や安田一角のゆくえは関取が探してどんな事をしても草ア分けても探し出して、敵イ討たせるってこれまで丹精したものを、お前がフッと行ってしめえば、あとは老人と子供で仕様がなえだ、ねえ困るからどうかいてくんなよ」

お隅「嫌ですねえ・・・はじまりは敵を討とうと思いましたけれども、・・・富五郎を押さえて白状さして、いよいよ一角が殺したと決まったら討とうというのだが、きっと富五郎、一角ということも分からず、それも関取が付いていればようございますが、関取もいず、してみれば敵が分かっても女の細腕では敵に返討になりますからねえ、・・・馬鹿馬鹿しゅうございますから、敵討はおやめにして江戸へ帰ります」

今までの貞操さは麹屋で客に対するのと同じで世辞であったのかと母は怒った。そこへ多助が、

多助「お隅さん待っておくんなさえ、お内儀さんあんた人が善いから直き腹ア立つがお隅さんはそんな人でなえ、・・・母様ア江戸を見たこともなし、大生(おおな)の八幡へ行ったことアなえという田舎気質の母様だから、一々気に障る事アあるだろうが、実はこういう事があって気色が悪いとか、ああいう事をいわれてはならぬという事があるなら、私(わし)がに話いしておくんなさえ、まア旦那があアなってからは力に思うのはお前様の外に誰もないのだ、惣吉様だってあの通り真実(ほんとう)の姉様か母様のように思ってすがっているし、・・・機嫌の悪い事が有るなら私にそういってどうか機嫌直してくださえ」

お隅「何をいうのだねえ、・・・私は仇討ちはできません、・・・それほどの深い夫婦でもありませぬからねえ」

多助「・・・義理も何も知んねえ狸阿魔め、・・・打(ぶ)つぞ、出るなら出ろ」

お隅「何だい狸阿魔とは、・・・手を振り上げてどうするつもりだい、怖い人だね、さ打つなら打って御覧、これほどの傷が出来ても水街道の麹屋が打捨っては置かないよ」

お隅はすでに麹屋の主人に掛け合い、向こう3年間は奉公をして、路銀を稼いでから江戸へ戻る算段なのだという。前金も借りてあり、すでに麹屋の奉公人なのだ。

母「もういいワイ、・・・離縁状書えたから持たしてやれ」

多助「さア持ってけ、この阿魔ア、これエ打てねえ奴だ」

お隅「有難い、アアこれでさっぱりした」

お隅が悪口をいいながら出て行こうとするところを惣吉が、

惣吉「姉様ア、お母様が悪ければ己(おれ)があやまるからいてくんなよ、多助があんなこといっても、あれは誰にもいう男だから、己があやまるから、姉さんいてくんなえ、困るからヨウ」

お隅「何だい、そっちへお出でよ、・・・お出でったらお出でよ。・・・今までお前を可愛いがったのもね、・・・お世辞に可愛いがったので、皆本当に可愛いがったのじゃアないよ」

お隅は惣吉を突き飛ばして出て行った。庭へ出て門の榎の下に立つと、ピューピューという筑波颪が身にしみる。

お隅「思い切ってあれまでにいってみたけれども、何も知らない惣吉が、・・困るといわれた時には、実はこれこれと打ち明けていおうかと思ったが、なまじいいえばお母っさんや惣吉のためにならんと思って思い切って、心にもない悪態をいって出てきたが、これまで真実に親子のように私に目を掛けておくんなすった姑に対して実に済まない、お母っさん、そのかわりきっと、旦那様の仇を今年の中に捜し出して、本望を遂げた上でお詫びいたします。ああ勿体ない、口が曲がります、御免なすってください」と手を合わせ、、耐(こら)え兼ねてわっと声の出るまに泣いていた・・・。

麹屋に戻ると、主人はお隅のために披露(ひろめ)の手拭いを染めて、残らず雲助や馬方に配った。「今までとは違って、お隅は拠ない訳があって客を取らなければならないので、皆と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」というと、この評判はぱっと広まった。今までは堅い奉公人で、殊に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客があり、近在の名主や大尽がせっせとお隅の処へ遊びに来た。しかし、お隅は貞心なので、能いように切り抜けては客と一つ寝をするようなことはしなかった。もとより器量は好し、様子は好し、その上世辞があるので、大層な客があった。このお隅の評判は常陸にいる富五郎のところにも届いた。

富五郎「しめた、金で自由になる枕付で出れば、望みは十分だ」

12月16日、ちらちら雪の降る日に山倉富五郎はやってきた。しかし、あまりに客が多いのでいくら待ってもなかなかお隅は来ない。代わりの女が時々来ては酌をしたり、女がいない時は手酌で飲んだりしているうちに、酒が相当廻ってきた。そこへようやくお隅が現れた。前とはすっぱり違った拵えで・・・。

お隅「富さん、・・・本当に能く来たね。・・・縁切状を取って出てきましたの、江戸へ行くにも小遣いがないもんだから、こんな真似をして身なりも拵えたり、・・・遂にこんな処へ落ちたから笑っておくんなさい」

お隅の境遇をすっかり信用した富五郎。以前、お隅を嫁に貰って江戸へ戻りたいと富五郎がいった話をお隅が持ち出し、あれが本当なら連れて行って欲しいといわれる。舞い上がって喜ぶ富五郎。路銀が必要だが、安田一角を騙せば百両くらい取れるだろうという。一角はどこにいるのかとお隅に聞かれた富五郎だが、それはなかなかいわない。

お隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ・・・」

富五郎「こりゃア驚いた、・・・こりゃア有難い、それじゃアいおうねえ、実は私はお前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても富五郎の手に負えない、ところが幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって弘行寺の裏林で殺させておいて、顔に傷を拵えて家へ駆け込んだが、あの通り花車が感づきやアがって、打つというからこっちは殺されては堪らぬから逃げてしまった。全く一角が殺したんだが、実は私がおいやってやらしたのだ」

お隅「・・・富さん、こうなるのは深い縁だねえ、・・・一角さんは何処にいるの」

富五郎「・・・笠阿弥陀堂の横手に交遊庵という庵室がありましょう、・・・」

お隅「本当に嬉しいねえ、真底お前の了見が知れたよ」

これから寝ようということになり、細廊下を通って離れに6畳ばかりの小間があり、そこに床がちゃんと敷いてあった。富五郎を仰向けに寝かせ、お隅は顔を見られるのは恥ずかしいからと掻巻を富五郎の目の上まで被せて、その上に馬乗りになった。

お隅「富さん、私はいうことがあるよ」

お隅は隠してあった匕首を抜いて、

お隅「本当に富さん不思議な縁だね、・・・惣次郎を殺したとは感づいていたけども、お前が手引きで・・・一角の隠れ家まで・・・こういう殊になるというのは神仏のお引き合わせだね、・・・こういうことがあろうと思って、私はこの上ないつらい思いをして、恩ある姑や義理ある弟に愛想づかしをいって出たのも全くお前を引き寄せるため、亭主の敵罰当たりの富五郎覚悟しろ、亭主の敵」

と富五郎の咽喉へ突っ込む。天命とはいいながら、富五郎はそのままうーんと息絶えた。お隅は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、惣次郎の戒名を唱えて回向をする。そして落ち着いた様子で直ぐに硯箱を取り出し事細かに2通の書置を認めて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ充てて、これまでの経緯を説明した。敵は一角と定まり、これから直ぐに隠れ家へ踏み込んで本望を遂げるつもりだが、もし返り討ちになることがあれば、惣吉が成人の上、関取に助太刀を頼んで旦那と自分の恨みを晴らして欲しいという内容だった。 

以下、その11へつづく・・・。


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