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浅草演芸ホール8月下席 [落語]

2カ月連続の東京出張となったが、今回はどの寄席へ行くか迷った。直前まで末広亭を第一候補に考えていたため、宿は新宿に確保していたが、急きょ浅草へ。やっぱり芸協が気になったのだ。昔は2月と8月は「ニッパチ」と言って、客の入りが悪い月とされていたが、最近はそうでもないように思われる。浅草演芸ホールの8月興行も、同ホールのプログラムによれば、上席が芸協の「にゅうおいらんず」、中席が落協の「吉例・納涼住吉踊り」、下席が芸協の「お笑い七福神・謎かけ」&「禁演落語の会」という特別企画興行となっていて、これも一種の集客てこ入れ策として始まったと思われる番組となっているが、すっかり定着した感がある。

この日は仕事が速く片づき、昼席にギリギリ間に合った。幸い空席はあったが、9割近い入り。最近の浅草はいつもお客さんが多いので驚く。

平成28年8月26日(金)

浅草演芸ホール

昼席(途中入場)

桂文治(桂歌春or柳亭楽輔の代演)「代書屋」:東京では落協の柳家権太楼師匠の十八番だが、文治師のも面白く、とてもよく受けていた。

鏡味味千代:初見。美人のお姉さんによる大神楽。とても堂々とした高座。先日観た正二郎さんといい、大神楽に若手が増えてきたのは素晴らしいこと。

三笑亭笑三「漫談」:長老が元気よく登場。大きな拍手で迎えられた。神社での賽銭の話題から消費税、そして郵便代の節約のアイデア。「よろしいですか、ここがポイントですよ!」と扇子で床をトントン。馬鹿馬鹿しくて大爆笑。トリだが、このあと大喜利となるため短めに終了し、いったん緞帳が下がった。

大喜利「謎かけ お笑い七福神」:出演は一番左が司会の三笑亭笑三師匠。メンバーは左から春風亭昇也さん、三遊亭遊子さん、桂文治師匠、春風亭昇羊さん、桂翔丸さん。そして、アシスタントが唯一の女性の三遊亭遊七さん(名前が違っていたらごめんなさい)。以上7名が、それぞれ七福神のお面を持って、それにちなんだ謎かけでまずは自己紹介。続いて、会場から出されたお題で即興の謎かけを披露していく。悪い回答の場合には笑三師匠が鐘を鳴らし(なんとも言えない味のある音色の鐘で、チンチン電車の「チンチン」のような「カンカン」のような音色だった)、遊七さんが張扇で回答者の頭を叩いたあと、顔に墨が塗られていく。この遊七さんがとても品のあるきれいな顔をしているにもかかわらず、張扇の叩き方が凄まじく、会場にものすごい音と回答者の悲鳴が響き渡り大爆笑となった。浅草演芸ホールでの大喜利体験は、昔、「可楽まつり」で観て以来。その時も司会は笑三師匠だったことを思い出した。

昼席で4分の3くらいのお客さんが帰っていった。ここが席移動のチャンス。 昼席では3列目の右端のあたりだったが、5列目くらいの中央やや右寄のあたりに移動。夜席ではマジックジェミーさんが登場予定なので、うっかり前の方に座っていると、いじられる恐れがあるw

長丁場の夜席に備えて栄養補給にとアイスクリームを購入するのが私の定石。しかし、売店の閉店時間が17時って、いくらなんでも早すぎやしませんか?

夜席

古今亭今いち「魚根問」:やかんの前半部分。とても雰囲気のある前座さんで将来が楽しみだが、マクラで笑いを取ろうとしすぎ。せっかくの稽古の場なのだから、もっと普通に噺に専念した方がいいと感じた。それで十分面白いと思われた。

桂翔丸「雑俳」:昼席の大喜利に続いての高座。「テトテト・・・」の部分は大熱演。会場にいた子どもたちへのサービスかw

チャーリーカンパニー(コント青年団の代演):寄席では初見。相方は交代していたがリーダーが健在でうれしくなった。「バカに利く薬」のコント。いやぁ、受けた受けたw

三笑亭可龍「桃太郎」(春風亭小柳と出番交代):落協の三三師匠に似ている?「桃太郎」でこんなに笑ったのは初めてかもしれません。

春風亭小柳「新聞記事」(三笑亭可龍と出番交代):芸名は小柳(「こりゅう」と読む)だが本名は中村(なかむら)。本名だけでも覚えて帰ってくださいw。「新聞記事」は得意ネタなのだろう。前にも聴いた覚えがある。どんどん高座にかけて、鉄板ネタにしてください。

マジックジェミー:七月の末広亭と同じネタ。トランプの奇術では予想どおり最前列のお客さんたちが犠牲にw。しかし、当てたのは前回と同じカードだったような気が・・・。偶然か?

桂歌助「替わり目」:寄席の定番ネタだが、芸協では先代助六師匠の高座が絶品で、歌助師もよく似た演出でした。そういえば、芸協ではその助六師匠の型(型と言えるのかは?)で演じられることが多いように思います(助六師匠がテレビやラジオに出演されるときの演題はなぜか「代わり目」と表記されていましたネ)。

三遊亭とん馬「犬の目」:夜の部前半のMVPはこの師匠。今夜の良い流れを確実なものにしてくれた。

宮田陽・昇:短い時間ながらさすがの高座。もはや芸協番組に必ず名前が入っていて欲しいと思うコンビ。

昔昔亭桃太郎「裕次郎物語」:珍しいことにマクラがなく、いきなりネタへ。久しぶりだという「裕次郎物語」へ。後半、歌が飛び出すが、お客さんがそのたびに拍手をするものだから、なかなか歌が終わらない。最後は「もういいよ!」との声が飛んでくる始末w。抱腹絶倒のまま前半戦終了。

お仲入り

「禁演落語の会」

石井徹也:後半からは「禁演落語の会」となる変則プログラム。食いつきは石井先生。大変著名な演芸記者(?)の方だが、お姿を拝見するのは初。芸人と見まがうような存在感。尺台を前にしての座り高座で禁演落語についての解説が始まったのだが、マイクの調子が悪いのか、声が聞き取りにくい。それと、最初の自己紹介をもっとハッキリとやった方が良かった。というのは、私の後ろに座っていた年輩のご夫婦は、この高座が講談だと思っているらしく、最後までちんぷんかんぷんだったようでとても残念だったw。しかし、話の内容はさすがにとても興味深いもので、妾にかかる必要経費は確定申告すれば税額控除の対象になるなんて初めて聴きましたw

桂伸三「悋気の独楽」:石井先生の後だったこともあり、プロの話術の凄さを体感。なんでもないようにしゃべっているようにみえて、実によく伝わってくる。そのことが認識されただけでも浅草演芸ホールに来た甲斐がありましたw

コントD51:お婆さんと警備員のネタ。水を得た魚の如く、もはや何をやっても許されるといった雰囲気。

雷門小助六「ひねりや」:おそらく初見。ネタも初聴き。とても良かったです。

立川談幸「紙入れ」:芸協番組では初見。定席でこういう師匠が見られるのは嬉しい。また、気のせいか、師匠もとても楽しそうなのがイイ。こんなに最初から最後まで楽しそうに演じられる「紙入れ」も珍しいw

やなぎ南玉:初見。風車では女楽師匠の芸がしっかり継承されていて、懐かしさがこみ上げてきた。

三遊亭遊三「品川心中」:前回聴いた「禁酒番屋」に続き、凄い高座を拝見することができた。本気モードの名人の凄さを堪能。


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新宿末広亭7月下席 [落語]

久々の東京出張とあって、迷うことなく芸協の新宿末広亭へ。国会議事堂前駅から丸ノ内線でわずか11分で新宿三丁目駅に到着。夜の部の浅いところから観ることができた。トリは歌春師匠。15年ほど前の末広亭で歌春師のトリをお目当てに行ったことがあったが、その日は故・桂枝助師による代バネだったため、この日が私にとっては初の歌春師のトリ高座となった。

平成28年7月29日(金)

新宿末広亭

夜席(途中入場)

春風亭柳太郎(桂文月の代演)「?」:自作らしき新作落語。給食の噺。だが、なんとなく客席の雰囲気が重たい。また、もの凄い早口で、語尾が聴き取りにくく、客席がついて行けていない印象。

コント青年団:このコンビは初めて。中小企業の社長と銀行支店長のコント。それなりに面白かったが、爆笑には至らず、客席の温まり具合も今ひとつ。

桂米多朗「粗忽の釘」:米助師匠の一番弟子。師匠の逸話で笑いを取ろうと頑張るが、今ひとつの反応。今夜はかなり手強い客だゾ。

三遊亭遊之介(神田陽子の代演)「真田小僧」:珍しく満面の笑みで登場。師匠に連れて行ってもらった寿司屋で注文してはならないネタの枕はそれなりに受けていたが、この日は滑舌が悪い印象で残念。

マジックジェミー:にぎやかに頑張っていたが、今夜の客との相性からするとどうなのか?

三遊亭圓輔「強情灸」:「待ってました」の声がかかる。随分とお年を召した印象だが、安心感のある高座。

三遊亭遊三「禁酒番屋」:いつものマクラの途中で客席から大きなクシャミが・・・。すかさず「ハクションじゃないよ!」、と師匠。しかしどこまで喋ったか分からなくなりネタへ。なんと「禁酒番屋」。得した気分にw

お仲入り

春風亭昇吉(昔昔亭桃之助の代演)「?」:この人も多分初めて。昇太師匠のお弟子さんとのことで、師匠ネタのマクラで盛り上げようとするが、客席の反応がやはり今ひとつ。こういう重たい雰囲気の場合、無理矢理笑わそうと頑張られると、聴いている側も少々ツライと感じた。ネタに入ると、「東京特許許可局・・・」。これは新作なのかどうか分からなかったが、勢いがある高座で、ようやく少し客席が温まった感じ。

カントリーズ:この漫才コンビも初。なかなか楽しかったです。期待しています!!

桂幸丸「昭和のうた」:客席の反応が薄いことが楽屋にも伝わっていたのでしょう。「今夜のお客さんは10人くらいしかいないのかと思ったらこんなにいたんですか」とチクリ。内容は漫談。都知事選の話題ではこの日初めての場内大爆笑。大統領選挙の話題へと続き、先日亡くなった永六輔関連で坂本九ちゃんの歌などの話題へとつなく。最後に師匠本人が「昭和のうたでした」と言って下がった。

春雨や雷蔵「青菜」:久しぶりに高座を拝見。こちらもかなりお年を召された印象だったが、安心感抜群の高座。今夜のような客に対しては、無理矢理くすぐりにいかずに、たんたんとネタを披露してくれる方が客席の一員としては有難いと感じた。

鏡味正二郎:若いのに素晴らしい高座。名人芸。出刃包丁の皿回しは心臓に悪いのでできればもっとソフトな道具に取り替えて欲しい気が・・・。話術が普通に面白いので、それでも絶対に受けると思います。

桂歌春「お化け長屋」:おなじみのマクラから風呂の入浴剤の話で大爆笑。手堅く笑いを取って25分の高座でした。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その13・完) [落語]

13.お熊の懺悔~惣吉の仇討ち

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

お熊(新左衛門の妾でお賤の母)

宗観(惣右衛門の次男の惣吉)

音助(藤心村の観音堂の寺男)

道恩(藤心村の観音堂の住職)

多助(惣吉の家の奉公人)

石田作右衛門(羽生村の顔役、名主)

源氏山(花車の師匠)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

あらすじ:新吉はお賤の手を取り、松戸へ泊まり、翌日雨の中を出立。塚前村にかかったときには日が暮れかかっていた。観音堂の一角を借りて雨宿りをすることに。

尼「ご参詣のお方でございますかえ・・・、さぞお困りでしょう、・・・足を洗って此方へ上がって、お茶でも飲みながら雨止みをなすっていらっしゃいまし」

囲炉裏端でお賤が尼の顔をつくづく見ていたが、

お賤「おやお前はお母(っか)アじゃないか」 

尼「はい、どなたえ」

お賤「あれまアどうもお母アだよ、まアどうしてお前尼におなりだか知らないが、本当に見違えてしまったよ、13年後に深川の櫓下の花屋へ置去にしていかれた娘のお賤だよ」といわれて尼はびっくりし、

尼「ええ、まアどうも、誠に面目次第もない、・・・そうも実に親子と名乗ってお前に逢われた義理じゃアありませんが、・・・不実の親だと腹も立ちましょうが、どうぞ堪忍して下さい、あやまります」

尼はお賤の母親のお熊だった。お熊は尼になった経緯やこれまでの自分がどう生きながらえてきたのかを打ち明ける。

新吉「・・・私は新吉という不調法ものでございますが、今から何分幾久しゅう願います」

お熊「このお賤は私の方では娘ともいえません、また親とも思いますまい、・・・私はこの頃は誰が来ても身の懺悔をして若い時の悪事の話を致します。・・・私の生まれは下総の古河の土井様の藩中の娘で、親父は120石を頂いた柴田勘六と申して、・・・お嬢様育ちでいたのですが、身性が悪うございまして、私が16の時家来の宇田金五郎という者と若気の至りで私通をし、金五郎に連れられて実家を逃げ出し江戸へ参り、本郷菊坂に世帯を持っておりましたが丁度あの午年の大火事があった時、・・・その時私は17で子供を産んだのですが、17や18で児を拵える位だからろくなものではありません、その翌年金五郎は傷寒を煩って遂に亡くなりましたが、年端もゆかぬに亭主には死なれ、子持ちではどうする事もできませんのさ、その子供には名を甚蔵と名付けましたが、何にあやかったのか肩の処に黒い毛が生えて、気味の悪い痣(あざ)があって、・・・菊坂下の豆腐屋の水船の上へ捨児にして、私はすぐ上総の東金へ行って料理茶屋の働き女に雇われているうちに、船頭の長八という者といい交情になって、またそこをかけ出して出るようなことになって、深川相川町の島島屋という船宿を頼み、亭主は船頭をし、私は客の相手をして僅かなご祝儀を貰ってどうやらこうやらやっているる中に、私は亭主運がないと見え、・・・これもまた死別れ、・・・思い切って堅気にならないかといわれ、小日向のお旗本の奥様がお塩梅が悪いので、仲働に住み込んだところが、これでも若い時分にはこんな汚い婆アでもなかったから、殿様のお手が付いて、僅かな中に出来たのはこのお賤。これも世が世ならばお旗本のお嬢様といわれる身の上だが、運の悪いというものは仕方がないもので、このお賤が2つの時、そのお屋敷が直に改易になってしまい、仕様がないから深川櫓下の花屋へこの娘を頼んで芸妓に出して、私の喰い物にしようという了簡でしたが、また私が網打場の船頭の喜太郎という者と私通をして、船で房州の天津へ逃げましたがね、それからというものは悪い事だらけさ・・・、ようよう改心しましたのさ、仕方がないから頭髪を剃こかし破れ衣を古着屋で買ってね、方々托鉢して歩いている中、この観音様のお堂には留守居がないからお比丘さん這入っていないかと村の衆に頼まれるから、仮名付のお経を買って心経から始め、どうやらこうやら今では観音経ぐらいは読めるようになったが、この節は若い時分の罪滅ぼしと思い、自分に余計な物でもあると困る人にやってしまうくらいだから、何も物は欲しくありません、村の衆が時々畠の物なぞを提げて来てくれるから、もう別にうまい物を喰たいという気もなし、・・・まだ二人とも若い身の上だから、これから先悪い事はなさらないようにどうぞお気を付けなさい、年を老るときっと報って参ります、輪廻応報という事はないではありませんよ」

新吉は打ちしおれ溜息を吐きながらお賤に向かい、

新吉「どうだえお賤」

お賤「私も初めて聞いたよ」

新吉「その小日向の旗本とは何処だえ」

お熊「はい、服部坂上の深見新左衛門様というお旗本でございます」

新吉は身の毛のよだつほど驚いた。8年前に門番の勘蔵から聞いた話と照らし合わせると、お賤とは腹違いの兄妹であり、本郷菊坂下へ捨児にしたというのはお賤が鉄砲で殺した甚蔵に違いなく、お賤にとって甚蔵は血統の兄であったことになり、実に因縁の深いこと。また、お累が自害の後、このお賤がまたこういう変相になるというのも、9年前に狂い死にした豊志賀の祟りなのか。なるほど悪いことは出来ぬもの、己は畜生同様兄妹同士で夫婦になり連れ添っていたとは、あさましい事だと重うと総毛だち、新吉は物をもいわず小さくかたまって座り、只ポロポロ涙を落としているばかりだった。

新吉は改心して、お熊比丘尼に弟子入りすることを決意。お熊が本堂へ行けば後に付いて参り、墓場へ行けば墓場へ付いていく、斎(とき)があればお供をいたしましょうと出て参り、とかくにお賤の側へ寄るのを嫌うようになったので、お賤は自分が半面変相になり、こんな恐ろしい顔になったから、自分を此処に置き去りにして逃げる心ではないかと訝っている。

月日が過ぎて7月21日のこと。藤心村の観音寺から12、3歳になる可愛らしい色白な宗観という名の小僧さんが寺男の音助と2人連れで訪ねてきた。村の繁右衛門殿の宅で23回忌の法事があるので、住職とともにお熊比丘にも来て欲しいとのことなので迎えに来たのだという。

新吉「今尼さんは他(わき)のお斎に招(よ)ばれて往ったから、帰ったらそういいましょう」

音助「・・・若けえによく掃除しなさるのう」

新吉「お小僧さんはお小さいによく出家をなさいましたね、・・・こうやって小さい内から寺へ這入ってれば、悪いことをしても高が知れてるが、お父様やお母さんもご承知で出家なすったのですか」

宗観「そうじゃアありません、拠なく坊さんになりました」

音助「この宗観様ぐらえ憫然(かわいそう)な人はねえだ」

宗観「親父は7年前に亡くなりました」といいながら宗観はメソメソ泣き出した。

音助「いつでも父様や母様の事を聞かれると宗観様は直に泣き出すだ、・・・しかし泣くも無理はねえだ」

音助がこれまでの経緯を説明する。

新吉「このお小僧さんのお宅は何方(どちら)でございますと」

音助「岡田郡羽生村という処だ」

新吉「え、羽生村、・・・父さんは何という方でございます」

音助「羽生村の名主役をした惣右衛門という人の子の、惣吉さまというのだ」

新吉は大いに驚いた。

音助「あんた、どうしたアだ、塩梅でも悪いか、酷く顔色が善くねえぜ」

新吉「ヘエ、なアに私はまだ種々罪があって出家を遂げたいと思って、この庵室に参っておりまするが、・・・こうやって毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思っておりまするが、今日は陽気のためか苦患(くげん)でございまして、酷く気色が悪いようで」

音助「お前さんの鎌はえらく錆びていやすね、研げねえのかえ・・・、己ア一つ鎌をもうけたが、これを見な、古い鎌だが鍛えがいいとみえて、研げば研ぐほどよく切れるだ、全体この鎌はね惣吉どんの村に三蔵という質屋があるとよ、そこが死絶えてしまったから、家は取り壊してしまったのだ、すると己ア友達が羽生村にいて、こっちへ来たときに貰っただアが、汝使って見ねえかよく切れるだが」

差し出された鎌を見ると、柄のところに山形に三の字の焼印があるので新吉は驚いた。ああ丁度今年で9ヶ年以前、累ヶ淵でお久をこの鎌で殺し、続いてお累はこの鎌で自殺し、廻って今また我手へこの鎌が来るとは、ああ神仏が私(わし)のような悪人をなに助けおこうぞ・・・。

新吉「お賤ちょっと来ねえ・・・

お賤「あい、何だよ、今いくよ」

このところ疎々しくされていた新吉に呼ばれたので、お賤は心嬉しくずかずかと出てきた。

新吉「お賤、此処においでなさるお小僧さんの顔を汝見覚えているか・・・、羽生村の惣右衛門様のお子で惣吉様といって7つか8つだったろう」

お賤「おやあの惣吉様」

新吉は突然お賤のたぶさをとって引き倒す。

お賤「あれー、お前何をするんだ」というのも構わず手元へ引寄せ、お賤の咽喉へ鎌を当てプツリと刺し貫いたから堪らない、お賤は悲鳴を揚げて七転八倒の苦しみ、宗観と音助はびっくりし、

音助「お前気でも違ったのか、おっかねえ人だ、誰か来てくれやー」

そこへお熊比丘尼が帰ってきて、この体を見て同じく驚いた。

お熊「お前はこの間から様子が訝しいと思ってた、・・・何だって利(とが)もないお賤をこの鎌で殺すという了簡になったのだねえ・・・」

新吉「いえいえ決して気は違いません、正気でございますが、お比丘さん、お賤も私もこうやっていられない訳があるのでございます。お賤てめえは己を本当の亭主と思っているが、・・・てめえ一人は殺さねえ、・・・己も死なねばならぬ訳があるんだ・・・。」

新吉は自分が深見新左衛門の次男であり、お賤とは腹違いの兄妹であること、惣右衛門には大変な世話になっておきながら2人でくびり殺したことなどをすべて明かし、宗観に、

新吉「・・・私ども夫婦のものは、あなたの親の敵でございます、さぞ憎い奴と思召ましょうからどうかこの鎌でズタズタに斬って下さいまし。お詫びのため一言申し上げますが、お前さんの兄さん姉さんの敵と尋ねる剣術遣の安田一角は、五助街道の藤ヶ谷の明神山に隠れているという事は、妙な訳で戸ヶ崎の葦簀張(よしずばり)で聞いたのですが、敵を討ちたければ、その相撲取りを頼み、そこへ往って敵をお討ちなさい・・・。お賤、てめえと己が兄妹ということを知らないで畜生同様夫婦になって、永い間悪いことをしたが、もう命の納め時だ、己も今直に後から往くよ、お前宗観様にお詫びを申し上げな」

お賤「あいあい」

血に染まったお賤は善に帰って、ようよう血だらけの手を合わせ、苦しき息の下から、

お賤「惣吉様誠に済まない事をしました、堪忍して下さいまし、新吉さん早く惣吉さんの手に掛かって死にたい、ああお母さん堪忍してください。」

新吉は鎌を取り直し、我左の腹へグッと突き立て、柄を引いて腹を掻切り、夫婦とも息は絶え絶えに。

宗観「ああ、お父さんを殺したのはお前たち二人とは知らなかったが、思いがけなくお父さんの敵が知れるというのは不思議な事、また、兄さんや姉さんを殺した安田一角の隠れ家を知らせて下され、こんな嬉しいことはありませんから決して憎いとは思いません、早く苦痛のないようにして上げたい」

後を振り返ると音助はブルブル震えて腰も立たない状態になっていた。

宗観「お父さんや兄さん、姉さんの敵は知れたが、小金原の観音堂でお母さんを殺した敵はいまだに分からないが、悪い事をする奴の末は始終は皆こういうことになりましょう」というのを最前から聞いていたお熊比丘尼は、袖もて涙を拭いながら宗観の前へ来て、

お熊「忘れもしない3年後の7月小金原の観音堂でお前のお母さんをくびり殺し、120両という金を取ったのはこのお熊比丘尼でございますよ」

宗観も音助もびっくりし、絶え絶えになっていた新吉も血に染まった手を突いて聞いている。

お熊「私も種々悪い思いをした揚句、一度出家はしたが路銀に困っているところへ通り合わせた親子連れの旅人小金原の観音堂で病に苦しんでいる様子だから、この宗観様をだまして薬を買いに遣ったあとで、お母様をくびり殺したはこのお熊、私はお前様のお母様の敵だから私の首を斬ってください」

お熊は新吉が持っていた鎌を取って、喉を掻切って相果てた。3人の死骸は代官へ訴え検死済みの上、観音堂の傍へ穴を掘って埋め、大きな墓標が立てられた。これが今世に残っている因果塚で、血に染まった鎌は藤心村の観音堂に納められた。

8月18日、宗観は藤心村の観音堂の住職・道恩に出立のお願いをした。

宗観「旦那様には永々ご厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰りとうございます」

道恩「ウン、どうも貴様は剃髪する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える。何故羽生村へ帰りたいか・・・」

宗観「私は兄と姉の敵が討ちとうございます」

道恩「これ、・・・敵討という心は悪い心じゃ、その念を断ち切らんければいかん、執念してあくまでも向こうを怨むには及ばん、・・・人を殺した悪事の報いは自滅するから討つがものは無い、己と死ぬものじゃからその念を断つとこが出家の修行で、あくまでも怨む執念を断らんければいかん、それに貴様はいくつじゃ、・・・相手は剣術遣じゃないか、みすみす返り討になるは知れている、出家を遂げればその返り討になる因縁を免れて、亡くなられた両親や兄嫁の菩提を弔うが死なれた人のためじゃ、え」

宗観「・・・この頃は毎晩兄さんや姉さんの夢ばかり見ております、昨夜も兄さんと姉さんが私の枕元へ来まして、新吉が敵の隠家を教えて知っているのに、お前がこうやってべんべんと寺にいてはならん、兄さんも姉さんも草葉の陰で成仏することが出来ないから敵を討って浮かばしてくれろと、ありありと枕元へ来て申しました、・・・どうか両人の怨みを晴らしてやりとうございます。」

道恩「いやいやそんならば無理に止めやせん、皆因縁じゃからそれもよかろう、・・・しっかりした助太刀を頼むがよい・・・」

宗観「親父の時に奉公をしたもので、今江戸で花車という強いお相撲さんが有りますから、その人を頼みますつもりで」

道恩「もしその花車が死んでいたらどうする、・・・人間の命ははかないものじゃが、ああ仕方がない、往くなら往け、じゃが首尾好く本懐を遂げて念が断れたらまた会いに来てくれ」

道恩は実の親子のような心持ちで、小遣いを持たせて宗観を出立させた。羽生村に着いてみると、実家は空家になってしまい、石田作右衛門が名主役をつとめ、奉公人だった多助爺は北阪の村はずれの堤下に独身生計(ひとりぐらし)をしていた。

宗観「多助さん多助さん、多助爺やア」

多助「あい、なんだ坊様か、今日はちっとべえ志が有るから、銭いくれるからこっちへ這入んな」

宗観「修行に来たんじゃアない、お前は何時も達者で誠に嬉しいね」

多助「誰だ誰だ」

宗観「はいお前忘れたかえ、私(わし)は惣吉だアね、お前の世話になった惣右衛門の倅の惣吉だよ」

嬉し涙に泣き沈みようよう涙を拭いながら、

多助「能くまア来て下せえやした、本当に見違えるように大きくなったね」

これまでの敵が全て知れ、残るは安田一角だだ一人となったことを報告し、多助と2人で江戸へ行って花車の助太刀を頼むことに。花車は出世をして、今では二段目の中央(なかば)まで来ているので、師匠の源氏山もなかなか出したがらなかったが、かつて奉公をした主人の敵討ちだからという花車の義に依っての頼みに師匠も折れた。

宗観、多助、花車の一行が、かの五助街道へ掛かったのが10月中旬過ぎた頃。日暮れ近く、空はどんよりと曇っている。傍の方をみると何やら白いものが動いているが、遠くてよく分からない。

花車「ハテナ、白い物がこっちへ転がってくるようだが何だろう、多助さん先へ立っていきなよ」

多助「冗談いっちゃアいけねえ、あの林の処に悪漢が隠れているかもしれねえから、お前さん先へいってくんねえ」

といいながら、やがて3人がかの白い物の処へ近づいてみると、大杉の根元の処に一人の僧が素裸にされて縛られていた。

花車「憫然に、・・・お前さん泥坊のために素裸にされたのですか」

僧「はい、災難に遭いました、木颪まで参りまする途中でもって、馬方がここが近いからというてここを抜けて参りますと、悪漢がでましたものじゃから・・・、どうもこうも寒くってなりません、お前さんたちも先へ往くと大勢で剥がれるから、後ろへお返りなさい」

花車「なにしろ縄を解いて上げましょう、貴僧は何処の人だえ」

僧「有難うございます、私は藤心村の観音寺の道恩というものです」

惣吉「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」

思わぬところで道恩住職と惣吉が再会を果たす。道恩は多助が人家のあるところまで連れていくことに。2人の姿が見えなくなると、樹立の間から2人の悪漢が出てきて、「手前たちは何だ」。

花車「はい私どもは安田一角先生がここにお出でなさると聞きまして、お目にかかりたく出ましたもので」

2人の悪漢は互いに顔を見合わせ、林の中へ這入って一角にこの由を告げた。一角は心の中で、己の名を知っているのは何故か、ことに依ったら花車が来たかもしれないと思い、油断せずに遠くから様子をうかがっていると、子分が出て、「やい、手前は何者だ」。

花車「いえ私は花車重吉という相撲取でございますが、先生は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、たしかにここにいなさる事を聞いてきたんだから、尋常にこの惣吉様の兄さんの敵と名乗って下せい・・・。」

悪漢どもは、ああかねてから先生から話のあった相撲取はこいつだなと思い、すぐに一角にこのことを告げた。

安田一角「そうか、よいよい手前たち先へ出て腕前をみせてやれ」

悪漢どもも相手は相撲取りだから力は強かろうが剣術は知るめえから引包んで餓鬼もろとも討ってしまえとまず4人ばかりそこへ出てきたが、「尊公先へ出ろ」「尊公から先へ」とゆずり合っている。「じゃア4人一緒に出よう」と4人均しく刀を抜きつれ切ってかかる。花車は傍らにあった手頃の杉の樹を抱えて総身に力を入れ、ウーンと揺すり、杉の樹はモリモリとねじり切られ、花車はそれを持ち直して、

花車「この野郎ども」

といいながら杉の幹を振り上げた。恐れて悪漢どもは皆近寄ることができない。花車は力にまかせて杉の幹をピュウピュウ振り回し、2人を叩き倒した。一人が逃げにかかるところを飛び込んで打ち倒し、一人が急いで林の中に逃げ込んだので後を追っていくと安田一角が野袴をはいて、長い大小を差し、長髪に撫で付け、片手に種子島の短銃(たんづつ)に火縄を巻き付けたのを持って現れた。

安田一角「近寄れば撃ってしまうぞ、速やかに刀を投げ出して恐れ入るか、手前は力が強くてもこれでは仕方があるめえ」

花車「卑怯だ卑怯だ」

と相撲取りが一生懸命に怒鳴る声が木霊してピーンと山間に響いた。

花車「手前も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打ち合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬り合うとも打ち合うともせえ」

一角もうっかり引き金を引くことができず、脅しのために花車の鼻の先へねらいを付けている。進退きわまった花車は只ウーンウーンと唸っている。多助はかの道恩を送っていきせき帰ってきたがこの体をみて驚いてブルブル震えている。

すると、天の助けで、時雨空の癖として、今まで晴れていたのが俄にドット車軸を流すばかりの雨になった。生い茂った木の葉に溜まった雨水が固まってダラダラと落ちてきて一角の持っていた火縄に当たって火が消えた。一角は驚いて逃げにかかるところを花車は火が消えればもう百人力と飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打ち据えた。これを見た悪漢どもは「それ先生が」と駆けだしてきたが、側へは進めない。

花車「この野郎ども傍へ来やアがるとひねり潰すぞ」

この勢いに驚いて悪漢どもは逃げていってしまった。

花車「サア惣吉様遣っておしまいなせえ、多助様、お前助太刀じゃアねえかしっかりしなせえ」

惣吉は走り寄り、

惣吉「関取誠に有難う、この安田一角め兄さん姉さんの敵思い知ったか」

多助「この野郎助太刀だぞ」

と惣吉と2人で無茶苦茶に突くばかり、そのうち一角の息が止まると、2人ともペタペタと座って暫くは口がきけなかった。花車は一角のたぶさを取り、拳を固めてポカポカ打ち、

花車「よくも汝は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅様を返討にしやアがったなこの野郎」

悪漢の同類は皆ちりぢりに逃げてしまったが、その村の名主へ訴え、名主からまたそれそれへ訴え、だんだん取り調べになると、全く兄姉の仇討に相違ないことが分かり、花車は再び江戸へ引き返し、惣吉は16歳の時に名主役となり、惣右衛門の名を相続し、多助を後見とした。

花車が仇討の時に手玉にした石へは花車と彫りつけられ、花車石として今に下総の法恩寺に残っているという。


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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その12) [落語]

12.三蔵殺し 

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

作蔵(馬方)

安田一角(横曾根村の剣術家)

婆(茶店の女) 

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋・羽生屋の主、三右衛門の息子)

与助(羽生屋の奉公人)

あらすじ:時は享和2年7月21日。下総の松戸の傍にある戸ヶ崎村の茶店で馬方と武士の会話が聞こえる。どこかで聞き覚えのある声だ。

馬方「お客さん、あんたどちらへおいででございやすねえ、・・・」

武士「馬は欲しくないよ」 

馬方「・・・や、あんたア安田さまじゃありませんか」

武士は笠を深くかぶっていて顔を隠していたので判らなかったが安田一角であった。そして、馬方は作蔵であった。

作蔵「安田一角先生とは気が付かなかったよ」

安田一角「大きな声をするな、・・・己の名をいってくれるな」

作蔵は森蔵親分という博打打ちの宅に世話になっていたが、金を盗んでしまい追い出され、以来、馬小屋のようなところに住み、博打も打てず、馬方として日々の僅かな飲み代を稼ぐ生活をしているのだという。

安田一角「汝(てめえ)馬を引いているのが幸いだ、己は木卸(きおろし)へ上がる五助街道の間道に、藤ヶ谷という処の明神山に隠れている。」

作蔵「へー、・・・あすこは生(なま)街道てえので、・・・何だってあんな処にいるんだえ」

安田一角「それには少し訳があるのだ、己も横曽根にいられんで当地へ出たのだ、・・・武士の果は外に致方もなく、どうせ永い浮世に短い命、斬り取り強盗は武士の習だ、今じゃア14、5人も手下ができて、生街道に隠れて追剥をしているのだ」

安田一角が自分の居所を作蔵に明かしたのには訳があった。馬方なら、金を持っていそうな上客に出くわすことも多いだろうから、そういう客をみつけたらできるだけ駄賃を廉くいって馬にのせ、近道だとかなんとかいって生街道の明神山まで連れてこいという。儲けの二割を礼にやるからという。

作蔵「うめえな、只馬を引っ張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合に鰊の二本も喰えば後に銭が残らねえような事をするよりいいが、同類になって、もし知れた時は首を打斬られるのかよ」

安田一角「そうよ」

一角は懐から5両を取り出し作蔵に渡しながら、

安田一角「これは汝が同類になった証拠のため、少しだが小遣銭に遣るから取っておけ」

作蔵「え、有難え、・・・今日は本当に思え掛けねえで5両2分になった」

安田一角「なぜ」

作蔵「今日はね、あのもさの三蔵に逢ったよ、羽生村の質屋で金貸した婆ア様が死んだって、その白骨を高野へ納めるてえ来たが、今日は廿一日だから新高野山へお参りをするてえので、与助を供につれて、己が先刻東福寺まで送ってッたが、昔馴染みだから二分くれるッていったが、有難うござえやす、実に今日は思え掛けねえ金儲けが出来た」

必ず藤ヶ谷へ上客を引っ張ってくるようにと言いつけて安田一角は去っていった。そこへ、

男「おい作」

作蔵「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」

作蔵はあたりを見回し、振り返ってみると、二枚折の葭(よし)の屏風の陰に、蛇形の単物に紺献上の帯を神田に結び、結城平の半合羽を着、傍の方に振分の小包を置き、年頃30ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締まった美男が女房と一緒にいた。

男「汝(てめえ)、大きな声でどなっていたが相変わらずだなア」

女「おや作蔵さんお前の噂は時々していたが、相変わらずいい機嫌だね」

声の主は新吉とお賤であった。安田一角と作蔵のやり取りはすべて筒抜けで、自分たちにも半口載せろという。三蔵も帰り道に此処を通るのだろうから、連れてきて、ここで用事ができたといって馬を置っ放して逃げてしまってくれという。三蔵から100両でも200両でも無心してみて、だめだったらお供の与助ともども殴っ殺して川へ放り込んでしまうつもりだという。三蔵を連れてくる前金として30両をやるといわれ、「金運が向いてきた」と喜んで作蔵は新高野へ三蔵を迎えにいった。

日もどっぷりと暮れ、川端の葦の繁みに新吉とお賤は身を隠して待っていると、向こうから三蔵が作蔵の馬に乗ってやってきた。

作蔵「与助さんあんたもう何歳(いくつ)になるねえ、・・・」

与助「もう60に近くなったからめっきり年を取ってしまった」

作蔵「羽生村の旦那ちょっくら下りておくんなせえ・・・、実はこの先へいって炭俵を6俵積んできてくれと頼まれているんだが・・・」

三蔵「汝が困るなら下りて歩いていこう」

三蔵が馬から下りると作蔵は大急ぎで横道の林の陰へ馬を引き込んだ。そこへ草の繁みからごそごそと出てきた新吉は、ものをもいわず突然(いきなり)与助の腰を突いたので、与助はもんどりを打って利根の枝川へどぶんと投げ込まれた。アッと三蔵が驚いている後から、新吉が胴金を引き抜いて三蔵の脇腹へ突っ込んでいった。三蔵が倒れるところへ乗りかかり、胸先を抉ったが、三蔵も死に物狂いで起き上がり、新吉のたぶさを取って引き倒す。そこへ与助が川中から這い上がってきて、短いのを引き抜き、

与作「この野郎なにをしやアがる」

と斬ってかかる様子を見るよりお賤は驚き、新吉に怪我をさせまいと、そっと後から出て与助のたぶさを取って後の方へ引き倒すと、与助は石だか土だか何かの塊を取ってお賤の顔に打ちつけた。お賤は顔から火が出たように思い「アッ」といって倒れると、乗し掛かり斬ろうとするところへ、作蔵が飛び出してきて与助を蹴り上げたから、与助はウンといって倒れた。新吉は刀を取り直してまた一刀三蔵の脇腹をこじったので、三蔵もついに息が絶えた。新吉は手早く三蔵の懐へ手を入れ、胴巻の金を抜き取って死骸を川の中へ投げ込んだ。

作蔵「兄い無心どころじゃねえ突然(いきなり)行(や)ったんだな」

新吉「汝はもう帰(けえ)ったのかと思った、・・・誰か人は来やアしねえか・・・」

作蔵「大丈夫だ、・・・割合を貰(もれ)えてえなア」

新吉「金なんぞもっていやアしねえ・・・」

作蔵「冗談じゃアねえぜ、・・・」

作蔵は少し怒気を含み、ダミ声を張り上げ、「手前の懐を改めてみよう、己だって手伝って・・・罪を造っているんだ・・・出せってばやい」

新吉「遣るよ、遣るから待て・・・」

新吉は隙をねらってどんと作蔵の腰を突くと、作蔵はどぶりと用水へ落ち、がばがばとすぐに上がってきたところをずーんと脳を割付けた。

作蔵「斬りやがったなアこの野郎」

作蔵の声がりーんと川に響き、また這い上がってくるところを無闇に斬りつけた。作蔵はこれまでの悪事の報いにやついに息が止まったとみえ、そのまま土手の草をつかんだなり川へのめり込んでしまった。

新吉「もう此処にぐずぐずしてはいられねえ」

お賤「私はどうも殴たれた処が痛くって堪らないよ」

お賤の顔は半面紫色に黒みがかり、腫れ上がっていた。

以下、その13へ続く・・・。


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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その11) [落語]

11.お隅の死 

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

安田一角(横曾根村の剣術家)

貞蔵(安田一角の内弟子) 

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

麹屋の亭主

石田作右衛門(羽生村の顔役)

太七郎(村の者)

九八郎(村の者)

上(かみ)の婆様(村の者)

甲(村の者)

乙(村の者)

丙(村の者)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

和尚(惣次郎、お隅の菩提寺の住職)

武士3人

謎の尼(塚崎村の観音堂の尼)

塚崎村の男

道恩(藤心村の観音堂の住職)

男(道恩の連れ)

あらすじ:2通の書置を残して、お隅は裸足で雪道を駆けていった。向かうは安田一角のいる交遊庵。

暁方(あけがた)になって麹屋では血だらけになった富五郎の死骸が見つかり大騒ぎに。傍にお隅の残した書置が2通あり、内容を改めた麹屋の主は大勢の人を頼んで恐々ながら交遊庵を訪ねてみると、一角はおらず、一角の内弟子である貞蔵の死骸が転がっており、返り討ちにあったお隅も無残な姿で見つかった。

お隅が残した2通の書置は羽生村へ届けられ、母も惣吉も多助も、「アアそうとは知らずに犬畜生ののような恩知らずの女と悪(にく)んだのは悪かった・・・」と嘆き悲しむばかり。「悪いは一角、早く討ちたい」と思うものの、何しろ年を取った母と子供の惣吉ではどうにもならず、花車を訪ねて親子2人で上総の東金へ行くことに。名主役は村の顔役の石田作右衛門に預けることとなった。

惣吉親子とは入れ違いに、花車は惣次郎の菩提寺へ香花を手向けに現れた。そこの住職にお隅のことや惣吉親子が花車を頼って東金へ出発したことなどを聞く。惣次郎を殺した犯人は安田一角に定まったので、花車も惣吉親子を追いかけることに。途中、3人の武士に取り囲まれ、追い剥ぎされそうになる。3人は安田一角の回し者で、花車をなぶり殺しにすれば一角から手当をもらえるという算段であった。

花車「まアそんなに押さえられては困りますね、待ちなさい上げますよ、・・・」

武士「くれぬといえば許さぬ、浪人の身の上切取強盗は武士の習い、いい出しては後へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥ぐぜ、・・・」

花車「だから上げるけれども、待ちなさいよ」と左の手に持っていた傘をぽんと投げ出し前から胸倉を取って押さえている一人の帯を押さえてぽんと投げると、庚申塚を飛び越して、薄氷の張った沼の中へ落ちた。残る2人のうち、一人は逃げ出したが、もう一人は花車の後ろに組み付いていたので、これを押さえつけると、「うーん」と息が止まった。

花車「みっともねえ面だなア、此奴も投げ込んでやれ」と沼へ放り込み、傘をもってのそりのそり進んでいった。角力取というものは大まかなもので・・・。

惣吉親子の方はというと道中、母親にきりきり癪が起こり、癒えるまで宿で長逗留を強いられることに。そのうち年も果て正月となり、元日に寝ていては縁起が悪いと、病体をおして惣吉の手を引いて出立。小金ヶ原へ掛かり、塚前村の知己(しるべ)の処へ寄ってやっかいになろうとしたが、子供に婆様で道ははかどらない。霙(みぞれ)が降りだし、とっぷり日は暮れてしまった。小金ヶ原から3里ばかりのところの大きな観音堂のところで母親を再び癪が襲った。

母「アア痛い、あああのお医者様から貰ったお薬・・・、あれ汝(われ)持って来たか」

惣吉「あれ己(おれ)置いてきた」

母「困ったなア、ああ痛い痛い」

そこへ色白のでっぷりとした尼が現れ、「それはお困りだろう、どれどれ此方へ這入りなさい」と観音堂の奥へ案内した。

尼「薬がなくっては困ったもの」。この先を一町ばかり行くと休憩処があり、そこで良い薬が手に入るはずだからと惣吉に買いに行かせることに。惣吉は御年10歳の子供だが、親孝行者で、尼に言われたとおりの道を進んでいったが、途中で道を尋ねてみると、薬は小金まで行かねば手に入らないと言われる。小金までは子供ではとても行かれない距離だという。心細くなった惣吉は観音堂へ戻ってみると、情けないかな母親は咽喉を二巻ほど丸ぐけで括られて虚空を掴んで死んでいた。荷物も多分の金もなくなっており、尼の姿もなかった。

惣吉がヒイヒイ泣いていると、そこへ藤心村(ふじごころむら)の観音寺の和尚・道恩が供の男と一緒に通りかかった。訳を訊いた道恩は気の毒がり、供の男を走らせて村方へ知らせにやった。

道恩「誠に因縁の悪いので、親の菩提のため、私が丹精してやるから、仇を討つなどということは思わぬがいい、私の弟子になって、母親や兄さんのために追善供養を弔うがいい」

惣吉は道恩の弟子となり、剃髪し、名を宗観と替えて仏門に入ることになった。

以下、その12へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その10) [落語]

10.お隅の仇討ち

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

弟子衆(花車重吉の弟子たち)

安田一角(横曾根村の剣術家)

麹屋の亭主

あらすじ:

花車の来訪に惣次郎の母親もお隅も多助も皆喜んだ。花車は法恩寺村で田舎相撲の場所を開こうとしていたところにこの騒ぎとなったが、訳あって姿を現さなかったのだという。お隅から惣次郎殺害の経緯を確認した花車は、富五郎という男が一緒だったことを知る。富五郎は外出中だったため、それならと、殺害現場で拾った惣次郎の脇差しを包みから取り出した。富五郎の証言では惣次郎は脇差しで斬り合ったことになっているが脇差しは松ヤニで抜けなくなっている。また、主を残して富五郎だけが逃げてきた点からも、富五郎が怪しい。安田一角に鼻薬を嗅がされて、惣次郎殺害の手引きをしたに違いないとにらむ。

花車「こうしておくんなさい、私(わし)は黙って帰るが、富五郎が帰ったら、今日花車が悔やみに来て種々(いろいろ)取り込んだ事があって遅くなった、就いては他(ほか)へ二百両ばかり貸したが、どう掛け合っても取れないから・・・、もし富五郎さんが間へ這入ったら向こうの奴も怖いから返すだろう、もしお前の腕から二百両取れたら半分は礼に遣るが、どうか催促の掛合に往ってはくれまいかと、花車が頼んだが行ってやらんかといえば、欲張っているからきっと遣ってくるに違いない・・・」

富五郎をおびき寄せる算段がまとまり、花車は帰っていった。入れ違いに戻ってきた富五郎に、母親が貸金の掛合の件を説明すると、

富五郎「なに直ぐに取って上げましょう、造作もありません、百両・・・百両・・・なアに金なんぞお礼に戴かぬでもご懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」

富五郎はいそいそと花車のもとへ向かった。花車宅では2人の弟子がいて、もし途中で富五郎が逃げ出したら捕まえて取り押さえるという段取りになっていた。

花車「富さん、お前さんが供に行ったのだとねえ」

富五郎「さよう・・・。面部を包んで長い物をぶち込んだ奴が14,5人・・・、突然(いきなり)竹槍をもって突いてくるから、私も刀を抜いて竹槍を切って落とし、・・ちょんちょん切り合いました、すると旦那も黙っている気性ではないから、すらり引き抜いて一生懸命に大勢を相手にちゃんちゃん切り合いましたから、刀の尖先から火が出ました・・・」

花車「うんそうかえ、富さん、もっと側へお出でなさい、今日は一杯飲みましょう」

富五郎「それは誠に有難いことで、時に何かお頼みがあるという事で・・・」

花車「さて、富さん、人と長く付合うには嘘を吐(つ)いてはいかないねえ」

富五郎の説明は全部嘘だと言われ、びっくり驚く富五郎。

富五郎「関取でなければ捨て置けぬ一言、手前も元は武士でござる・・・」

花車「嘘をつくない、正直に言ってしまいな、手前(てめえ)が鼻薬を貰って、一角に頼まれて旦那を引き出したといってしまえば、命ばかりは助けてやる・・・、何処までも隠せば、拠(よんどころ)なくお前(めえ)の脊骨をどやして飯を吐かしてもいわせにゃならん」

富五郎「これはどうも怪しからん、関取の力で打たれりゃア飯も吐きましょうが、ど、どういう訳で、怪しからん、なな、何を証拠に」

花車は惣次郎の脇差しを取り出した。抜けない脇差しをどうやって抜いたのか、鞘ごと切り合ったとしてもどうやって火花が出るのか。花車は富五郎の片手を取って押さえつけ、拳を振り上げる。

富五郎「アア痛うございます・・・、もうこうなれば包まず申します。申しますからお放し下さい」

花車「いってしまえばそれでよい・・・、さア残らずいってしまえ」

富五郎も観念をしていっそ白状しようかと思ったが、そこは悪才に長けた奴で、花車が手を放したスキに、側の火鉢にかかっていた大薬缶をひっくり返すと、ぱっと灰神楽が上がり真っ暗になった。富五郎も悪運の強い奴で、表へ逃げれば弟子たちに取り押さえられるところを裏口から逃げ出し、畑を踏んで逃げたの逃げないの、一生懸命になってドンドンドンドン逃げたが、羽生村へは行かれないため安田一角の処へ駆け込んだ。

富五郎「ハ、ハ、先生先生・・・水を一杯頂戴」

安田一角「なんだ、・・・どうした」

富五郎は一部始終を説明し、逃げるための路銀を2、30金拝借したいと言う。そして、一角もここを早く逃げた方がよいと促す。安田一角は落ち着いたもので、常陸の大方村に弟子があるからそこへ隠れておればよかろうと、手紙を一本書いて路銀とともに富五郎に渡した。富五郎はそれをもって常陸へ遁走。安田一角も後を追うように逃げ、2人は行方知れずとなった。

花車「残念なことをしました、これこれこれで押さえた奴を逃げられました」

お隅も母も残念がって嘆いたが致し方なし。翌月の10月になると、「何事があっても手紙さえ下されば直ぐに出てきて力になりますから」と言って花車は江戸へ戻っていった。跡方は10歳の惣吉とお隅に母、番頭の多助という顔ぶれで、何となく心細い。

11月3日のこと、空は雪催しで曇り。筑波下ろしの大風が吹き立てて身を裂かれるほどの寒さ。お隅が着物を着替え、乱れた髪を撫付けて小包を持ってきたので、

母「このまア寒いのに何処へか行くかイ」

お隅「はい、改めてお願いがござります。不思議なご縁で、水街道からこちらへ縁付いて参りましたところが、旦那様もああいう訳でおかくれになりました。・・・こうなって旦那のない後は余計者で、かえって厄介者になるばかりでございますし、江戸には・・・親類でもございますから、どうか江戸へ参りたいと思いまして、私もべんべんとこうやっていられません。今の内なら、どうか親類が里になって縁付く口も出来ましょうと思いまして、・・・どうか親子の縁を切って、・・・貴方の手で離縁になったという証拠を戴きませぬと、親類へも話ができませぬから、ご面倒でもちょっとお書きなすって、誠に永々お世話さまになりました」

母「それアは困りますな、・・・どうかまアそんなこといわずに、どうかお前がいてくれねば困りますから」

お隅「・・・今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」

母「・・お前は今までまア外の女と違って信実な者で、おらア家へ縁付いても惣次郎を大切(でえじ)にして、姑へは孝養尽くし、小前の者にも思われるくれえで、さすがはお武家(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ、婆様ア家(うち)は好い嫁え貰ったって村の者が誰も褒めねえ者はなえ、惣次郎が無え後も僅かハア夫婦になったばかりでも、亭主と思えば敵イ討たねえばなんなえて、さすが侍の娘は違った者だと村の者も魂消(たまげ)て、なんとまア感心な心がけだって涙アこぼして噂アするだ、今に富五郎や安田一角のゆくえは関取が探してどんな事をしても草ア分けても探し出して、敵イ討たせるってこれまで丹精したものを、お前がフッと行ってしめえば、あとは老人と子供で仕様がなえだ、ねえ困るからどうかいてくんなよ」

お隅「嫌ですねえ・・・はじまりは敵を討とうと思いましたけれども、・・・富五郎を押さえて白状さして、いよいよ一角が殺したと決まったら討とうというのだが、きっと富五郎、一角ということも分からず、それも関取が付いていればようございますが、関取もいず、してみれば敵が分かっても女の細腕では敵に返討になりますからねえ、・・・馬鹿馬鹿しゅうございますから、敵討はおやめにして江戸へ帰ります」

今までの貞操さは麹屋で客に対するのと同じで世辞であったのかと母は怒った。そこへ多助が、

多助「お隅さん待っておくんなさえ、お内儀さんあんた人が善いから直き腹ア立つがお隅さんはそんな人でなえ、・・・母様ア江戸を見たこともなし、大生(おおな)の八幡へ行ったことアなえという田舎気質の母様だから、一々気に障る事アあるだろうが、実はこういう事があって気色が悪いとか、ああいう事をいわれてはならぬという事があるなら、私(わし)がに話いしておくんなさえ、まア旦那があアなってからは力に思うのはお前様の外に誰もないのだ、惣吉様だってあの通り真実(ほんとう)の姉様か母様のように思ってすがっているし、・・・機嫌の悪い事が有るなら私にそういってどうか機嫌直してくださえ」

お隅「何をいうのだねえ、・・・私は仇討ちはできません、・・・それほどの深い夫婦でもありませぬからねえ」

多助「・・・義理も何も知んねえ狸阿魔め、・・・打(ぶ)つぞ、出るなら出ろ」

お隅「何だい狸阿魔とは、・・・手を振り上げてどうするつもりだい、怖い人だね、さ打つなら打って御覧、これほどの傷が出来ても水街道の麹屋が打捨っては置かないよ」

お隅はすでに麹屋の主人に掛け合い、向こう3年間は奉公をして、路銀を稼いでから江戸へ戻る算段なのだという。前金も借りてあり、すでに麹屋の奉公人なのだ。

母「もういいワイ、・・・離縁状書えたから持たしてやれ」

多助「さア持ってけ、この阿魔ア、これエ打てねえ奴だ」

お隅「有難い、アアこれでさっぱりした」

お隅が悪口をいいながら出て行こうとするところを惣吉が、

惣吉「姉様ア、お母様が悪ければ己(おれ)があやまるからいてくんなよ、多助があんなこといっても、あれは誰にもいう男だから、己があやまるから、姉さんいてくんなえ、困るからヨウ」

お隅「何だい、そっちへお出でよ、・・・お出でったらお出でよ。・・・今までお前を可愛いがったのもね、・・・お世辞に可愛いがったので、皆本当に可愛いがったのじゃアないよ」

お隅は惣吉を突き飛ばして出て行った。庭へ出て門の榎の下に立つと、ピューピューという筑波颪が身にしみる。

お隅「思い切ってあれまでにいってみたけれども、何も知らない惣吉が、・・困るといわれた時には、実はこれこれと打ち明けていおうかと思ったが、なまじいいえばお母っさんや惣吉のためにならんと思って思い切って、心にもない悪態をいって出てきたが、これまで真実に親子のように私に目を掛けておくんなすった姑に対して実に済まない、お母っさん、そのかわりきっと、旦那様の仇を今年の中に捜し出して、本望を遂げた上でお詫びいたします。ああ勿体ない、口が曲がります、御免なすってください」と手を合わせ、、耐(こら)え兼ねてわっと声の出るまに泣いていた・・・。

麹屋に戻ると、主人はお隅のために披露(ひろめ)の手拭いを染めて、残らず雲助や馬方に配った。「今までとは違って、お隅は拠ない訳があって客を取らなければならないので、皆と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」というと、この評判はぱっと広まった。今までは堅い奉公人で、殊に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客があり、近在の名主や大尽がせっせとお隅の処へ遊びに来た。しかし、お隅は貞心なので、能いように切り抜けては客と一つ寝をするようなことはしなかった。もとより器量は好し、様子は好し、その上世辞があるので、大層な客があった。このお隅の評判は常陸にいる富五郎のところにも届いた。

富五郎「しめた、金で自由になる枕付で出れば、望みは十分だ」

12月16日、ちらちら雪の降る日に山倉富五郎はやってきた。しかし、あまりに客が多いのでいくら待ってもなかなかお隅は来ない。代わりの女が時々来ては酌をしたり、女がいない時は手酌で飲んだりしているうちに、酒が相当廻ってきた。そこへようやくお隅が現れた。前とはすっぱり違った拵えで・・・。

お隅「富さん、・・・本当に能く来たね。・・・縁切状を取って出てきましたの、江戸へ行くにも小遣いがないもんだから、こんな真似をして身なりも拵えたり、・・・遂にこんな処へ落ちたから笑っておくんなさい」

お隅の境遇をすっかり信用した富五郎。以前、お隅を嫁に貰って江戸へ戻りたいと富五郎がいった話をお隅が持ち出し、あれが本当なら連れて行って欲しいといわれる。舞い上がって喜ぶ富五郎。路銀が必要だが、安田一角を騙せば百両くらい取れるだろうという。一角はどこにいるのかとお隅に聞かれた富五郎だが、それはなかなかいわない。

お隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ・・・」

富五郎「こりゃア驚いた、・・・こりゃア有難い、それじゃアいおうねえ、実は私はお前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても富五郎の手に負えない、ところが幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって弘行寺の裏林で殺させておいて、顔に傷を拵えて家へ駆け込んだが、あの通り花車が感づきやアがって、打つというからこっちは殺されては堪らぬから逃げてしまった。全く一角が殺したんだが、実は私がおいやってやらしたのだ」

お隅「・・・富さん、こうなるのは深い縁だねえ、・・・一角さんは何処にいるの」

富五郎「・・・笠阿弥陀堂の横手に交遊庵という庵室がありましょう、・・・」

お隅「本当に嬉しいねえ、真底お前の了見が知れたよ」

これから寝ようということになり、細廊下を通って離れに6畳ばかりの小間があり、そこに床がちゃんと敷いてあった。富五郎を仰向けに寝かせ、お隅は顔を見られるのは恥ずかしいからと掻巻を富五郎の目の上まで被せて、その上に馬乗りになった。

お隅「富さん、私はいうことがあるよ」

お隅は隠してあった匕首を抜いて、

お隅「本当に富さん不思議な縁だね、・・・惣次郎を殺したとは感づいていたけども、お前が手引きで・・・一角の隠れ家まで・・・こういう殊になるというのは神仏のお引き合わせだね、・・・こういうことがあろうと思って、私はこの上ないつらい思いをして、恩ある姑や義理ある弟に愛想づかしをいって出たのも全くお前を引き寄せるため、亭主の敵罰当たりの富五郎覚悟しろ、亭主の敵」

と富五郎の咽喉へ突っ込む。天命とはいいながら、富五郎はそのままうーんと息絶えた。お隅は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、惣次郎の戒名を唱えて回向をする。そして落ち着いた様子で直ぐに硯箱を取り出し事細かに2通の書置を認めて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ充てて、これまでの経緯を説明した。敵は一角と定まり、これから直ぐに隠れ家へ踏み込んで本望を遂げるつもりだが、もし返り討ちになることがあれば、惣吉が成人の上、関取に助太刀を頼んで旦那と自分の恨みを晴らして欲しいという内容だった。 

以下、その11へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その9) [落語]

9.麹屋のお隅

登場人物:

お隅(麹屋の女中、後に惣次郎の嫁)

惣次郎(惣右衛門の長男、今は羽生村の名主)

惣吉(惣右衛門の次男)

母(惣右衛門の妻、惣次郎の母)

多助(惣右衛門の家の奉公人)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

仁村(安田一角の連れ)

連の男(同上)

麹屋の客

見物人

百姓衆

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

男(羽生村の村人)

門弟(安田一角の剣術道場の門弟)

あらすじ:

惣右衛門亡き後、長男の惣次郎が羽生村の名主を継いだ。惣次郎は父親とは違い、大変な堅物で、母親にとっても自慢の息子だった。そんな堅物の惣次郎がどういうわけか麹屋の女中に惚れ込んでしまう。女中の名はお隅といい、今は女中をしているが、元々は武家の娘。父は元、谷出羽守様の御家来・神崎定右衛門といい、浪人中の父と一緒に水街道を通り、麹屋に宿泊中、父が倒れ、長患いの後に亡くなったという。後で薬代や葬式代に困っていたところを、宿の主が世話をしたところから恩報じかたがたこの家に奉公をするようになったもの。宿屋では働き女がお客に身を任せるといった「枕附き」という一種の売春がよく行われていたというが、このお隅はただ無事に勤めをいたし、人柄の良い立ち振る舞いから物の言いよう、裾捌きまで一点の申し分のない女だった。そういうまじめな働きぶりが惣次郎の気に入られ、惣次郎はたびたび麹屋へ通うようになり、深い仲になっていた。

翌寛政10年、近在の法恩寺に相撲場があり、そこで田舎相撲が行われることになった。そこに元は惣右衛門の奉公人だった花車重吉という関取が出るという。花車と惣次郎は幼なじみで、花車が相撲場にやってくる時は惣次郎はいつも贔屓にしていた。相撲見物にお隅を連れて行こうとした惣次郎だったが、大層なにぎわいで見物客も多く、何か間違いがあってもいけないということで、大生郷(おおなごう)村の宇治の里という料理屋へ上がり、そこに花車も呼んで酒を酌み交わそうということになった。

ところが、その店に居合わせたのが安田一角という横曾根村の剣術家で、腕前は鈍くも田舎者を嚇かしている、見たところは強そうな、散髪を撫で付けて、肩の幅が3尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨逞しい男で、ちょっと見れば名人らしく見える先生。博打打ちのお手伝いでもしようという浪人者を2人連れて、下座敷で一口遣っていると、奥に惣次郎がお隅をつれて来ていることを聞くと、ぐっぐっと癪に障り、何かあったら関係を付けようと思っている。安田はお隅にぞっこんで、惚れて口説いて弾かれたという経緯があったのだ。お隅も安田が来ていることを認め、気味悪がっているため、早く出て、花車の宅へ向かおうと店を出ようとするが、どうしても安田の処を通らなければ出られない。安田はわざと3人の鐺(こじり)を廊下に出しておくと、長い刀の柄前にお隅がつまずいてしまった。

安田「コレコレ待て、コレ其処へ行く者待て。・・・人の前を通る時に挨拶して通れ・・・」

惣次郎「・・・飛んだ不調法を致しました」

安田「・・只勘弁だけでは済むまい、かりにも武士の魂ともいう大切の物、・・・人斬包丁などと悪口を言うのは手前のようなものだろう。・・戦場の折には敵を断切るから太刀ともいい、片手撲(なぐ)りにするから片刀(かたな)ともいい、また短いのを鎧通しともいう・・・。刀を浄めて返せ・・・」

お隅「先生誠に暫く」

安田「何んだ」

お隅「・・・お馴染み甲斐に不調法のところは重々お詫びを致しますからご勘弁を」

安田「黙れ、・・・手前にはいささか祝儀を遣わした事も有るが、どれほどの馴染みだ、また拙者は料理屋の働女に馴染みは持たん・・・」

惣次郎がほとほと困っていると、奥の離れ座敷の方に客人に連れられて花車が来ていて、客人は至急の用ができて帰ったあとだったため、花車はこの様子を聞いていて心配していた。

多助「もし旦那様旦那様。・・・関取がねえ奥に来ているだ、大きに心配しているだが、ちょっくら旦那にお目に掛かりてえというが」

惣次郎「なに花車が、それはよかった関取に詫びをしてもらおう」

思わぬところで花車の助太刀を得たものの、安田一角の態度は一向に変わらない。至って賢い花車は安田が筋の悪い奴であることを見抜いている。決闘で決着をつけることになってしまったが、安田と連れの計3人を近くの天神様の境内に導く。安田らは刀を構えているが、花車は相撲取りらしくただ裸になっているだけ。これではとても勝負にはならないはずだが、大勢の見物人は皆、花車に声援を送っている。花車はというと、「逃げも隠れもしねえから」と、煙草をパクリパクリと呑んでいたりと余裕の姿。安田たちは当然負けるとは思っていない。

花車「これまア私(わし)が抱えても一抱えある鳥居、この鳥居も今日が見納めじゃア」

と、鳥居を抱えると、金剛力出してこれを一振り。鳥居は笠木と一文字が諸にトンと落ち、安田たちが一刀を振り上げている頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚いたのなんの。どのくらいの力かと安田たちはとても敵わぬと抜刀をもったままばらばら逃げると、見物していた百姓たちが各々鍬鋤を持って、「撲殺(ぶっころ)してしまえ」とわいわい騒ぐから、3人の剣客者は雲霞と林を潜って逃げていった。

田舎相撲は5日間で首尾良く終わり、「鳥居の笠木を落としたから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」と言って、花車は江戸へ戻っていった。花車の鳥居は石でできたものが今も天神山にあるという。

花車が帰ってしまい、惣次郎は怖くて外出できない状態が続いた。衆人の前で恥をかかされた安田一角が惣次郎を恨んでいたからだ。母も心配して、惣次郎が惚れた女の身の上を尋ねると、元武士の娘で、親の石塔料のために奉公していることなどを知りいたく感心し、そういう者なれば、どうせ嫁を貰わんではならんからと、麹屋へ話してお隅を金で身受けすることに。家へ連れてきてまず様子をみるとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事(つか)える故、母も気に入ってしまった。さっそく、村方の者を呼んで取り決めをして、内祝言だけを済まして、お隅を惣次郎の内儀(おかみさん)に迎えた。

翌年、真桑瓜のなる時分に一人の浪人がやってきた。名を山倉富五郎といい、元は江戸で座光寺源三郎の用人をしていたが、放蕩無頼にして親には勘当され、座光寺家はお取り潰しとなり、常陸の国に知己(しるべ)があるから金の無心に言ったが当てが外れ、少しでも金があればもとより女郎でも買おうという質(たち)。一文無しで怪しい物を着て、ふらふらとやって来た」

富五郎「ああ、進退もここに谷(きわ)まったなア、どうも世の中の何が切ないといって腹の空(へ)るくらい切ない事はない・・・」

と、惣次郎の畑の真桑瓜を盗み喰い。最初は1つだけのつもりが、続けていくつもほおばり、道中で腹が減った時のためにと懐へも2つ3つ突っ込んでいるところを百姓に見つかり、お縄をかけられて惣次郎のところへ連行された。

惣次郎「真桑瓜を盗んだからといっても何も殺しはしない。・・・ここで許しても他(わき)へ行って腹がへると、また盗まなければならん。・・・私(わし)の家に恩報(おんがえ)しと思って半年ばかり書物の手伝いをしてもらいたいがどうだろうか」

富五郎「このご恩は死んでも忘却は致しません・・・」

優しい惣次郎は富五郎のお縄を解かせ、飯を食わせると、富五郎が食うこと・・・。書物をやらせてみると、帳面ぐらいはつけられるし、算盤もできる。惣次郎には「べんちゃら」を言うが、百姓には武家言葉で嚇すので、惣次郎の顔があるから、村人からは「富さん、富さん」と大事にされ、本人は次第に増長。もとより好きな酒を外で飲むようになり、ずぶろくに酔って帰ったある晩のこと。惣次郎は留守で、母は寺参りで、家にはお隅がひとり留守番で縫い物をしていた。

富五郎「貴方はお武家の嬢様だが、運悪く水街道へいらっしゃいまして、・・・この家はほんの腰掛で、詰まらんと言っては済みませんが、けれども貴方は生涯此処にいる思召はありますまい、手前それを心得ているが、拙者もやむを得ず此処にいる・・・。貴方も故郷懐しゅうございましょう。」

お隅「それはお前江戸で生まれた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見たいし懐かしいわね」

富五郎「有難い、そのお言葉で私はすっかり安心してしまった・・・」

富五郎はお隅を女房として江戸へ連れて帰れば親類に見直され、御家人の株くらいは買ってもらえるはずだからと意味不明のことを言って、何を心得違いをしたかお隅を口説きはじめる。無闇にお隅の手を取って髭だらけの顔へ押しつけるところへ母が帰ってきて、この体(てい)に驚き、そばにあった粗朶木を取って突然(いきなり)ポンと撲った。

富五郎「これは痛い」

母「呆れかえった奴だ」

富五郎は、お隅に不実意な浮気心があっては惣次郎様のためにならないので、本心を確かめようと気をひく真似をしたのだと言い訳をする。あまりに見え透いた嘘に、母は益々怒ったが、お隅は母をなだめ、富五郎には「お前は酒が悪いよ」と今後は酒を慎むようたしなめてその場は収まったかに見えた。

しかし、富五郎は「隅はまんざらでもねえ了見であるのに、ああ太え婆アだ」と、どうにかしてお隅を手に入れようと画策。胸に浮かんだのが安田一角と花車の喧嘩の起因(もと)がお隅であったことで、横曾根村にある安田一角の道場へ向かう。

富五郎の筋立ては次のようなもの。お隅とは江戸っ子どうしで打ち解けて話を聞いたところ、お隅は江戸へ帰りたがっている。安田一角のことを好いているが、麹屋に借金があることや、惣次郎に身請けされた恩もあり、嫌々ではあるが家を出られないでいること。富五郎は安田先生に剣術の指導をしてもらえればこれを土産に自分も江戸に帰ることができるので、お隅を安田先生のもとへ連れてくる手伝いをすること。安田先生ほどの剣の腕があれば江戸の旗本が放っておくはずはないから一緒に江戸へ参ろうとのこと・・・。

具体的には、ある場所に惣次郎を連れ出すので、提灯の灯を消すのを合図に惣次郎を斬っておしまいなさいという計画を説明。最初は訝る安田一角であったが、遺恨のある惣次郎が相手であり、また、お隅にぞっこん惚れていたため、この話に乗ってきた。時は明晩の酉刻(むつ)ということで話がまとまった。

富五郎の本当の狙いは、安田一角に惣次郎を殺させて、お隅を自分の手に入れるというものだった。惣次郎は剣術の免許を持っており、一方の富五郎はというと武士とは名ばかりで少しも剣術を知らない。そこで下手でも剣術の先生で弟子もいる安田一角の力を利用しようとしている訳だが、万が一、安田一角が惣次郎より腕が鈍くて、惣次郎に斬られるようなことがあるとまずいため、惣次郎が常に帯(さ)して出る脇差を払ってその中へ松ヤニを詰めておくという細工を施しておくという実に悪い奴。

翌日、惣次郎のお供で外出した富五郎は、約束の刻限に安田一角と示し合わせた場所へ惣次郎を誘導。小便をしてくるといって惣次郎のところを離れた富五郎はフッと提灯の灯を消した。

惣次郎「提灯が消えては真暗でいかぬのう・・・。富や、おい富おい富、何だかこそこそして後ろにいるのは、富や富や」

その声の方角に向かって近づくものあり。それは花車であった。

しかし一足先に惣次郎の前に現れたのは安田一角で、ズブリと一刀を浴びせかけてきた。惣次郎はヒラリと身を転じて、脇差の柄に手を掛けこれを抜こうとするが抜けない。そこを安田一角に一刀バッサリと切り込まれた。惣次郎が最後の力で鞘ごと投げつけた脇差は、一角の肩の処をすれて、薄(すすき)の根方へずぽんと突っ立った。惣次郎の懐の30両を奪い、一角が立ち去ろうとするところに花車の影。暗闇の中、安田一角は息を殺して隠れ、その場をうまく逃れていった。

一方の富五郎はバッサリ斬った音を聞いて、直ぐに家へ駈けていく。途中、茨か何かでわざと蚯蚓(みみず)腫れの傷をこしらえて、せっせと息を切って「只今帰りました。・・・・弘行寺の裏林で悪漢が14、5人出でまして・・・、旦那と2人でちょんちょん切り合っておりましたが、何分多勢に無勢で、旦那に怪我があってはならぬと思って、やっと一方を切り抜けて参りました・・・」。お隅は驚いて村の百姓を頼んで手分けをしてどろどろ押して参ったが、惣次郎は血に染まって死んでいた。

惣次郎の野辺送りから37日たった9月8日。花車が細長い風呂敷の包みを提げて惣次郎宅へ現れた。

以下、その10へ続く・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その8) [落語]

8.聖天山

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(惣右衛門の妾)

惣右衛門(羽生村の名主)

その内儀

惣次郎(惣右衛門の長男)

惣吉(惣右衛門の次男)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

あらすじ:

お累の死後、新吉はすっかり憎まれ者となり村八分状態に。行く当てはお賤のところしかなかった。お賤のところでは体調がすぐれない惣右衛門が眠っていた。もう2~3日もこの状態でお賤が看病をしているのだという。そして、惣右衛門が亡くなった時の遺言状まで書かせてあるのだという。内容はというと、「・・・お賤は無理無体に身請けをして連れてきた者であるから、私が死ねば皆に憎まれてこの土地にいられまいから、元々の通り江戸へ帰してやってくれ、帰る時は必ず金を50両付けて帰してくれ、形見分はお賤にこれこれ、新吉は折々見舞いに来る親切な男なれども、お賤と仲がよいから、村方の者は密通でもしているように思うが、あれは江戸からの親(ちか)しい男で、さような訳はない、親切者で有ることは見抜いているから、・・・湯灌は新吉一人に申し付ける、外の者は親類でも手を付けることは相成らぬ」という妙なもの。そしてお賤の口からは恐ろしい言葉が・・・。

お賤「うちの旦那を殺しておくれな」

しかし、惣右衛門には可愛がってもらった恩のある新吉は「出来ない」と断る。押し問答の末、こうなるとご婦人の方が度胸が据わっているのか、お賤は新吉の手を引いて惣右衛門の病間へ。「旦那、旦那」とお賤が呼んでも惣右衛門は病気疲れで深い眠りについているようだった。お賤はそっと、襟の間に細引を挟み絞殺の準備。一方を新吉に渡し、お賤の目配せで新吉は力に任せてこれを引っ張った。惣右衛門は仰向けに寝たなり虚空を掴んで「ウーン」とうなった。お賤は有り合わせた小杉紙を台所で濡らしてきて、これをピッタリと惣右衛門の顔へあてがった。ブルブル震えている新吉。お賤が濡紙を取ると、完全に息が絶えた様子。咽喉のところに細引の跡が2本ついていたのを、お賤は掌に水をつけてもみ消した。これで大丈夫。新吉にはいったん家へ帰らせ、お賤は本家へ駆け込むことに。

お賤「旦那様がむずかしくなりましたからお出でなすって、まだ息はありますがご様子が変わったから」

驚いた本家からは長男の惣次郎、次男の惣吉、惣右衛門のお内儀、それに村の年寄りたちが駆けつけたが間に合わない(間に合わない訳で、殺した奴が知らしたのだから・・・)。遺言の通り内葬がとりおこなわれ、湯灌は新吉が行うことになった。ところが慣れていないと湯灌というものは一人では大変なもので、新吉は自分が殺したと思うとおどおどして手がつけられない。そこへ現れたのが土手下の甚蔵。

甚蔵「・・・誠にお愁傷でのう、惜しい旦那を殺した、ええこの位物の解ったあんな名主は近村にねえ善い人だが、新吉手前(てめえ)仕合せだなあ、一人で湯灌を言い付けられて、形見分もたんまりと・・・」

新吉「かえって有り難迷惑で一人で困ってるのだ」

ここは兄弟分のよしみ。内緒で甚蔵が手伝うことに。甚蔵は随分と手慣れており、手際よく湯灌をこなしていく。ところが、仏様の鼻からタラタラと鼻血が流れ出た。身寄りか親類が来ると血が出るというが、自分は違うのにおかしい。そう思った甚蔵が仏様の首筋をみると、判然と黒ずんだ紫色に細引の痕を2本見つけた。

甚蔵「やい、こりゃア旦那は病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、鼻血が出れば何奴(どいつ)か縊(くび)り殺した奴があるに違えねえ」

敵(かたき)を捜して旦那の恩返しをしよう、ちょうど本堂には若旦那の惣次郎がいるから呼んでこようという。あわてふためく新吉に、

甚蔵「それとも新吉、実は兄い私(わっち)が殺したんだと一言いやア黙って埋めてやろう」

新吉「何を詰まらねえことを・・・」

甚蔵「手前が殺したんでなけりゃア外に敵が有るのだから敵討ちをしようじゃアねえか、手前お賤ととうから深え仲で逢引するなア種が上がっているが、手前は度胸がなくってもあの女(あま)ア度胸がいいから殺してくれエといい兼ねねえ・・・」

追いつめられた新吉は全てを白状。惣右衛門はそのまま埋葬された。

七日が過ぎると甚蔵がお賤のところにやってきた。博打に負けたとみえて素裸で、寒いのでふんどしの上に馬の腹掛けを引っ掛けてという姿だった。

甚蔵「ヘエ、御免なせえ、へエ今日は」

お賤「おや、新吉さん土手の甚蔵さんが来たよ」

新吉は慄(ぞ)っとして、眼をパチクリさせて火鉢の側で小さくなっていると、甚蔵はお賤に金の無心に来たらしい。惣右衛門の旦那が亡くなり、ほとほと困っており、堅気になりたいのだという。お賤が少しばかりと渡した金子は二朱金が2つ。ところが30両ないと足りないと甚蔵が言う。お賤は怒って、

お賤「女と思って馬鹿にしておくれでないよ。・・・碌にお目にかかったこともありません・・・30両お金を貸す縁がないでは有りませんか。・・・お前さんに弱い尻尾を見られていれば仕方ないが、私の家で情交(いろ)の仲宿をしたとか博打の堂敷でもしたなら、怖いから貸すことも有るが、・・・帰っておくれ・・・」

甚蔵「新吉黙って引っ込んでいるなえ此処へ出ろ、借りてくれ、ヤイ」

新吉「今に持って行くから、ギャアギャア騒がねえで、実は、己がまだお賤に喋らねえからだよ、当人が知らねえのだからよ」

甚蔵が凄みを利かせて怒り出したので、新吉は金はあとで持っていくからということでとりあえず甚蔵を家に帰し、事情をお賤に説明した。今回の計画殺人は随分前から段取りを進めてきたのに、台無しになってしまったと残念がるお賤。しかし、今、30両を渡したところでこれからもずっと甚蔵には強請られ続けるだろう。

お賤「どの道新吉さん仕方がない、土手の甚蔵をどうかして殺しておしまいよう」

お賤の算段で、惣右衛門の形見分けの金は聖天山(しょうでんやま)の左の手水鉢の側に200両が埋めてあることにし、そこへ甚蔵を誘い出し、始末することに。

新吉「此処だ此処だ」

甚蔵「よしよし」

といいながら新吉と甚蔵がポカポカ掘るが金は出てこない。もとより無い金、びっしょり汗をかいて、

甚蔵「こん畜生咽喉が渇いて仕様がねえ」

新吉「手水鉢は空で柄杓はからからで、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそうそう、こっちへ来な、聖天山の裏手で崖の中段にちょろちょろ煙管の羅宇から出るような清水が貯まって、月が映っている、兄いあすこの水は旨えな」

甚蔵「旨えが怖くって下りられねえ」

そこには藤蔓に蔦や何かがからまって縄のようになっており、それにぶらさがって行けば下りられると新吉が言うと、

甚蔵「こいつア旨え事を考えやがった、新吉の知慧じゃアねえようだ」と柄杓を口にくわえて甚蔵は崖を下りていった。「アア旨え旨え甘露だ、いい水だ」

新吉「俺にも一杯持ってきて来んねえ」

甚蔵「忌々しい奴だな、待ちヤア」

蔦にすがり、ゆっくり戻って登ってくるところを、足掛かりのないところをねらい澄まして新吉は腰に帯したる小刀を引き抜き、力一杯にプツリと蔦を切ると、甚蔵は真っ逆さまに落ちていった。とても助かりようはないが、お賤に言われたとおり、新吉は側にある石をごろごろ谷間へ転がし落としてとどめを刺した。新吉は急いでお賤のもとへ戻り、万事筋書き通りにうまくいったことを伝えた。

新吉「手前の知慧じゃないようだと言われた時、胸がどきりとしたが、・・・頭を打破ったに違えねえが、彼奴は悪党の罰だ」

己が悪党の癖に。これから二人で仲良く酒盛りをしているうちに空は段々雲が出てきて薄暗くなり、もう寝ようということになり、戸締まりにかかろうとしたところ、外の生垣のあたりからバリバリバリという音。何だろうと怖々と庭を見ると、頭髪は乱れて肩に掛り、頭蓋は打裂けて面部(これ)から肩(これ)へ血だらけになり、素肌に馬の腹掛けを巻き付けた形で、何処をどう助かったか土手の甚蔵が庭に出てきた時には驚いたのなんの。

甚蔵「己(うぬ)、いけッ太え奴、能くもあの谷へ突き落としやアがったな、お賤も助けちゃおかねえ、能くも己を騙しやアがったな」

新吉「後生だから助けて、兄い苦しい・・・」

甚蔵「なに痛えと、ふざけやアがるな」

甚蔵は腰から出刃包丁を取り出し、新吉の胸元めがけて突こうとしたところ、どこから飛んできたかズドンと一発鉄砲の流れ弾が甚蔵の胸元へ命中した。甚蔵は口から血反吐を吐きながらドンと前へ倒れた。

お賤「新吉さんお前に怪我はなかったかえ」

鉄砲を抱えたお賤の姿が・・・。偶然にも惣右衛門に鉄砲の手ほどきを受け、引き金に指を当てることだけは教わっていたのだという。

お賤「形見分けのお金もあるのだけれど四十九日まで待ってはいられないから、少しは私の貯えもあるから、それを持ってすぐに逃げようじゃないか」

新吉とお賤は逐電。甚蔵の死骸は絹川べりにあったが、普段から嫌われ者のため、「アアこれからは安心だ」ということで、誰一人、犯人を詮索する者はいなかった。姿を消した新吉とお賤についても、どうせ駆け落ちをしたのだろうということで何事もなかったことのように・・・。

以下、その9へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その7) [落語]

7.お累の死

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お累(新吉の妻)

与之助(新吉とお累の子)

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋の主)

和尚(法蔵寺の住職)

惣右衛門(羽生村の名主)

お賤(惣右衛門の妾)

作蔵(馬方)

与助(羽生屋の奉公人)

男(村人)

あらすじ:

新吉が戻るとお累は産気づく。産まれたのは玉のような男の児・・・、ではなく、小児の癖に鼻がいやにツンと高く、目は細いくせにいやにこう大きな目で、頬肉が落ちて痩せ衰えた骨と皮ばかりの男の児。帰りの道中で夢に見た兄新五郎の顔に生き写しで、新吉はぞっと身の毛立った。新吉は気が滅入り、食も進まない。

心配した三蔵は、姑と一緒にいるのは気詰まりだろうからと、羽生村の北坂という処に一軒家を建て、新吉一家をそこに住まわせてくれた。生活費は三蔵方で過不足なく仕送ってくれるので、稼ぎのない新吉はぶらぶらしている。

翌年、寛政8年の2月3日、新吉が法蔵寺へ参詣に行くと、和尚がつくづく新吉の顔をみて、「お前は死霊の祟りのある人で、病気は癒らぬ。・・・無縁の墓の掃除をして水を上げ、香花を手向けるのは大変な功徳になる」というので、新吉は法蔵寺に通ってこれを続けることに。3月27日、新吉が例の通り墓参りに出掛けると、御年21、2という婦人が馬方の作蔵と一緒に這ってきた。婦人の名はお賤と言い、羽生村の名主・惣右衛門の妾だった。累(かさね)の墓に願掛けに参っていたところ、新吉と出会う。お賤は江戸の出身で、貸本屋時代の新吉に見覚えがあるという。新吉もお賤のことを覚えていて、久しぶりの再会に、以来、お賤のところへ出入りするようになった。お賤の家で名主・惣右衛門とも懇意になり、小遣いやら、帯やらをもらうなどの世話になった。

お賤は調子がよし、酒が出ると一中節(いっちゅうぶし)でもやるから、新吉はなお近しく通う。この様子に村の者も次第に勘づくように・・・。これに心配した三蔵だったが、名主様が関わっており、知れてはならないということで、お累に意見を言わせることに。しかし、新吉は腹を立て、お累を打ち打擲するように。人の善いお累は段々と病気になり、癪ということを覚えて、只おろおろ泣いてばかりに。

稼ぎのない新吉は家のものを洗いざらい持ち出しては質に置き、お累の体調が悪くても、赤ん坊の虫が発(おこ)っても薬一服飲ませる料簡もない不人情ぶりに、三蔵は「金を遣るから手を切ってしまえ」と提案。しかし、お累は「たとえ親や兄弟に見捨てられても夫に附くのが女の道・・・」と言い切るので、「そうなれば兄妹の縁を切る」と30両の金をお累に渡す。

一方の新吉は、その金をもって遊び三昧。只、不憫なのはお累。赤ん坊にはピイピイ泣き立てられ、糸のように痩せても、薬一服飲ませてもらえない。三蔵の縁が切れているので、村の者も見舞いに来なかった。

ある日、三蔵は奉公人の与助を連れて、新吉の留守を狙ってお累の様子をうかがいに来たところ、日暮れ方の薄暗い部屋の中に、煎餅のような薄い布団を一枚敷いて、その上へ赤ん坊を抱いてお累が寝ていた。蚊が多いにもかかわらず、蚊帳はなし、蚊燻しもなし。蚊帳を釣ってやるからどこにあるかと三蔵がたずねると、蚊帳はおろか、あらゆる物は新吉が持ち出して質に入れてしまったという。三蔵は急いで与助に蚊帳を取りに帰らせ、ぼろぼろの行燈を探し出し、灯りをつけたが、今にも死のうかというほど痩せ衰えたお累の姿をみて愕然とする。お累は利かない体を起こし、兄に逆らった不孝を詫びた。ただ、今、新吉と別れると、男の子は男に付くものだから、与之助は置いて行けと新吉が言うのだという。赤ん坊を見殺しにはできないので、せめて、この子が4、5歳になるまではこのままにして欲しいという。「それではお累の体が持つまいに」と三蔵は新吉を憎んだ。与助が持ってきた蚊帳を釣って、持ち合わせの3両を小遣いに置いて、三蔵と与助は帰っていった。

入れ違いに新吉が作蔵を連れて帰ってきた。一文無しで、遊ぶ金がないため、仕方なく戻ってきたのだ。すると、家の中に立派な蚊帳が釣ってある。これを質に持って行けば2~3両にはなるだろうと、取り外しにかかる新吉。目が覚めたお累が、赤ん坊のためにこの蚊帳だけは持って行かないようにと懇願するが、新吉は聞く耳を持たない。三蔵が置いていった3両があるので、これをお持ちくださいと言うと、新吉は3両を手にした上に、それだけでは足りないと、蚊帳も持って行こうとする。お累が蚊帳にすがりつくのを力づくで引っ張ったので、お累の生爪がはがれて蚊帳に突き刺さっていた。蚊帳を肩に掛けて出て行く新吉を追って、お累が出口へ這い出して「新吉さん」というと、

新吉「何をいやァがる」

とツカツカと立ち戻ってきて、脇に掛かってあった薬缶の煮え湯をかけたものだから、与之助の顔へかかり、赤ん坊は絶命。持っていた薬缶を投げつけると、お累は頭から沸湯を浴びせられてしまった。

蚊帳を金にした新吉は作蔵と二人でお賤の宅へしけ込み、こっそり酒盛りをしていた。生爪の一件やら、赤ん坊のことで、当然とはいえ盛り上がらない。作蔵は寝てしまい、続いてお賤も眠りについた。外では雨がどうどうと車軸を流すように降ってきた。かれこれ八ツ時という時刻に、表の戸をトントンたたく音。お賤を起こし、戸を開けると、そこにはびしょ濡れのお累が立っており、手には赤ん坊を抱いていた。

お累「この坊やアだけは今晩夜が明けないうち法蔵寺へでも願って埋葬(ともらい)を致したいと存じます。・・・お賤さん、私が申しますと宅(やど)が立腹致しますから、どうかあなたから、今夜だけ帰って子供の始末を付けてやれと仰って」

お賤が新吉に帰るように促すと、新吉は怒り出し、利かない体のお累お胸ぐらを突き飛ばした。泥だらけになり這い上がるところをまた突き飛ばし、ピタリと戸を閉めてしまったから、表ではお累がワッと泣き倒れた。

その晩、新吉は寝付かれないでいたところ、突然、作蔵がうなされ出した。夢でもみているのかと、

新吉「胆を潰さァ、冗談じゃァねえ寝惚けるな・・」

作蔵「寝惚けたのじゃァねえよ。・・・あそこに寝ているとお前、裏の方の竹をぶっつけた窓がある。あすこのお前雨戸を明けて、どうして這入ったかと見ると、お累さんが赤ん坊を抱いて、ずぶ濡れで、痩せた手を己の胸の上へ載せて、よう新吉さんを帰しておくんなさいよといって、己が胸を押圧(おっぺしょ)れる時の、怖えの怖くねえの・・」

新吉「夢をみたのだ」

作蔵「夢でねえよ、あすこのところに・・・」

と指さした場所から男の声。

男「新吉さんはこちらにお出でなさいますか。お累さんが飛んだことになりましたから、方々探していたんだ、直に帰って下せえ」

致し方なく夜明け方に帰ってみると、お累は草刈鎌で喉笛を掻切って、片手に子供を抱いたなり死んでいた。

以下、その8へ続く・・・


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その6) [落語]

6.勘蔵の死~迷いの駕籠

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お累(新吉の妻)

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋の主)

勘蔵(深見家の元・門番、新吉の伯父)

男(勘蔵が住む長屋の住人)

おかね(上記男の妻)

婆(勘蔵が住む長屋の住人)

駕籠屋

深見新五郎(新左衛門の長男、新吉の兄)

あらすじ:改心した新吉はお累に尽くし、その夫婦仲の良さに三蔵も感心していた。ある日、江戸から早飛脚があり、伯父の勘蔵が危篤状態とのこと。新吉以外に身寄りはなく、新吉にとってもたった一人の伯父。66歳と年も年だから、死に水を取るがよいと、三蔵は多分の手当を新吉に与えてくれた。

江戸下谷大門町にある勘蔵の長屋では、住人たちが勘蔵の世話をしてくれていた。勘蔵は新吉のことばかり噂をしていて、とても逢いたがっているという。

住人「勘蔵さん、新吉さんが来たよ」

勘蔵「有難え有難え、ああ待っていた、能く来た」

新吉「伯父さんもう大丈夫だよ・・・」

勘蔵は長屋の住人たちを帰し、新吉と2人になると改まった態度になり、形見を渡しておきたいという。汚れた風呂敷包の中から取り出されたものは1枚の迷子札だった。そこには深彫で「小日向服部坂深見新左衛門二男新吉」とあった。驚く新吉に、勘蔵は自分が深見家の門番であったこと、新吉は深見家の二男であること、兄の新五郎が行方不明であること、深見家はお取りつぶしになってしまったこと等々、これまでの経緯を説明する。真実を隠していたのは新吉がまっすぐに育って欲しいと思ってのこと。主従の関係にありながら、これまで厳しくしてきたことなどをどうかゆるして欲しいという。

新吉「そうかい、私は初めて聞いたがねえ、だがねえ、私が旗本の二男でも、家が潰れて三歳の時から育ててくれれば、親よりは大事な伯父さんだがら、・・・その恩は忘れませんよ・・・」

勘蔵は安心したように眠るように臨終した。小石川の菩提所に野辺送りし、供養した後、羽生村への帰路、駕籠屋の様子がおかしい。新吉は「亀有まで遣って、亀有の渡を越して新宿(にいじゅく)泊まりとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡って小梅へ遣ってくんねえ」と頼んだが、雨の降る暗闇の中、どういうわけか駕籠は同じ道をぐるぐる回るばかりで目的地へ到着しない。駕籠をあきらめ、小塚ッ原から一人で歩きはじめた新吉に一人の男が声をかけてきた。

男「おい若えの、其処へ行く若えの」

新吉は怖々と透かしてみると、年の頃38、9の色の白い鼻筋の通って眉毛の濃い、月代(さかやき)がこう森のように生えて、牢内から出たばかりという姿で、びっこを引きながらヒョコヒョコ近づいてくるので驚いたのなんの。

男「これは貴公が駕籠から出るときに落としたのだ、これは貴公様のか」

それは新吉の迷子札だった。

男「深見新左衛門の二男新吉はお前だの」

新吉「へエ私で」

男は新吉の兄の新五郎だった。お園を殺して、逃亡したが、お縄にかかり、長い間牢獄に入っていたという。牢を破って隠れ遂せて2年になるのだという。

新吉も近況を説明すると、新五郎が怒りだした。新吉が縁付いた三蔵は、新五郎がいた下総屋の元番頭で、お園殺しを訴人した憎き男なので、そんなところには帰るなという。

新五郎「永え浮き世に短けえ命、己と一緒に賊を働き、栄耀栄華の仕放題を致すがよい、心を広く持って盗賊になれ」

新吉「これは驚きました。兄上考えてご覧なさい。世が世なれば旗本の家督相続もする貴方が、盗賊をしろなぞと弟に勧めるということがありましょうか・・・。三蔵はそんな者ではございませぬ」

新五郎「手前女房の縁に引かされて三蔵の贔屓をするが、その家を相続して己を仇と思うか、サアそうなればゆるさぬぞ」

逃げようとする新吉だったが、道がぬかるんでいて転んでしまう。新五郎は上から押さえて、短刀(どす)で新吉の喉笛をズブリ・・・。

新吉「情けない兄さん・・・」

駕籠屋「モシモシ旦那・・・、大層うなされていなさるが・・・」

今のは夢であったかと新吉。今、どの辺かと尋ねると、ちょうど小塚ッ原のあたりだという。雨も上がったので、小用を足そうと降りると、そこはお仕置き場で、二ッ足の捨て札に獄門の次第が書いてある。始めに「当時無宿新五郎」と書いてあるので驚く新吉。怖々と細かに読み下すと、今夢に見た通りの罪状で、兄新五郎は処刑されたとあった。

以下、その7へ続く・・・。