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タコ11&12を一日で聴くコンサート!!(作成途中) [クラシック音楽]

大フィルの定期演奏会からただ今帰ってまいりました。もうなんと言うか、お腹一杯で苦しい状態ですw

でも、めちゃくちゃ楽しかった!!

平成29年2月17日(金)、於・フェスティバルホール

大阪フィルハーモニー交響楽団第505回定期演奏会 

開演:19:00

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

指揮:井上道義

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調「1905年」作品103

ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調「1917年」作品112

最初、このプログラムを見たとき、「何だ、これは?」と思った。多くの方がそう思ったのではないか?また、仮に演奏するにしても、曲の順番はこの通りなのだろうかとも思った。なぜなら、12番は11番よりも演奏時間が少し短いからだ。通常は最後に演奏される曲がその日のコンサートのメインディッシュになるのだが、この順番だと前菜の方が豪華メニューとなってしまうのではないか?

この日は開演前に大フィルの事務局の方によるプレトークがロビーであり、とても興味深いお話が披露されていた。

そこで分かったことは、今回の2曲が同じ演奏会で同時に演奏されることは恐らく今回が初めてとのことだった。理由としては、色々なことが考えられるそうだが、一曲だけでも演奏が大変な曲を、2曲同時に演奏できるだけの演奏家側の技術の問題があるとの指摘があった。しかし、何よりも、こんなプログラムで果たしてお客さんが入ってくれるのかどうかという不安が主催者側にあることが大きいように感じられる。苦労して練習を重ね、演奏会を開催しても、お客が入らないのでは興業としては問題がある。ところが、あの広い大阪フェスティバルホールが9割方埋まった印象であり、集客的にも大成功だったのではないか?

また、このプログラムは井上マエストロが、いつかはやりたいと考えていたものだったようで、大フィルの主席指揮者としての最後の定演ということで、このタイミングでのプログラムとして、楽団側も合意に至ったのであろう。大フィルとしてはこの2曲とも今回が初演だったらしい。さらに、12番については井上マエストロは昨年、N響定演で振ったばかりであるが、この時の演奏もN響にとって初演であったらしい。

11番と12番はいずれもロシア革命を題材としたいわゆる表題音楽で、ショスタコーヴィチには「革命」を題材にした曲を4曲残しているのだという。残る2曲は交響曲2番と3番であり、通常「革命」と呼ばれている5番は本人以外の誰かが「プロパガンダ」としてつけたものなのだそうだ。11番と12番はテーマとしての連続性があり、同日に演奏するとすれば、やはりこの順番で演奏することになるのであろう。なお、井上マエストロは退任後も大フィルの定演に登場予定で、来年3月には2番、3番が同日演奏されるとのことである。

(以下作成中)


西宮でゲルギエフ(作成途中) [クラシック音楽]

会社での永年勤続プレゼントとして、旅行券をいただきました。そこで、久しぶりに夫婦2人での旅行を企画。東京の寄席見物も考えたのですが、ゲルギエフさん指揮によるコンサートが西宮であるとの情報を得、神戸旅行と相成りました。

平成28年10月9日、14時開演

兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

指揮:ワレリー・ゲルギエフ

管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団

演目

プロコフィエフ:交響曲第1番「古典交響曲」

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

ストラヴィンスキー:春の祭典

アンコール

メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」よりスケルツォ

ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」より子守唄~終曲


ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス-スペイン組曲 [クラシック音楽]

長いタイトルになった理由は、6月に亡くなったスペインの指揮者の名前のせいである。

私がこの名前を知ったのは40年ほど前。NHKのFM放送で、アルベニス作曲の「スペイン組曲」が流れてきた時だった。この曲はLPレコードでも発売されていて、なんと我が家にもあったので、それ以来何度も繰り返し聴いてきた私の思い出の一曲である。

アルベニスは私の大好きな作曲家であるが、当時は馴染みがなく、「スペイン組曲」での魅力的な管弦楽はアルベニス自身のオーケストレーションなのだとばかり思っていた。ところが、これは大きな誤りで、指揮者自身であるラファエル・フリューベックが編曲したものだった。演奏はニュー・フォルハーモニア管弦楽団。

当時のLPでの収録曲は次の通りであった。

1.セビーリャ

2.グラナダ

3.カタルーニャ

4.コルドバ

5.カスティーリャ

6.アストゥーリアス

7.アラゴン

8.カディス

当時、NHK「名曲アルバム」で、「グラナダ」、「コルドバ」、「カタルーニャ」が放映されていたが、いずれも「ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス編曲」と表記されていた記憶がある。ちなみに、「アストゥーリアス」も放映されたが、こちらは、ギターの独奏曲に編曲されていたため、 「ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス編曲」ではなかった。

その後、CDショップで同じ演奏の入ったものを購入したが、「スペイン組曲」の順番は次のようになっていた。

1.カスティーリャ

2.アストゥーリアス

3.アラゴン

4.カディス 

5.セビーリャ

6.グラナダ

7.カタルーニャ

8.コルドバ

このCDの解説によると、8曲目の「コルドバ」はアルベニスのピアノ曲集「スペインの歌」から採用したもので、本来の「スペイン組曲」の終曲「キューバ」と入れ替えたものとのこと。であるならば、このCDの曲順の方が本来の順番であるのかもしれない。

ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス氏は読響の常任指揮者として、来日回数も多かったようだが、一回も生演奏を聴く機会がなかったのが悔やまれる。かつてのプログラムなどをみると、「スペイン組曲」からの演奏もあったようだし、あんな色彩感豊かな管弦楽を生で聴いておきたかったと残念でならない・・・。


アバド逝く [クラシック音楽]

クラウディオ・アバドが亡くなったことを昨日の朝刊で知った。驚いた。どこかの新聞で小澤征爾の追悼コメントが出ていたが、闘病中だったそうだ。80歳だったという。

アバドといえば、私にとっては、学生時代からもっとも親しんだ指揮者だと思う。生演奏を聴いたことはなくても、公演の様子がよく放映されていた。NHK-FMの音楽番組では、後藤美代子アナウンサーの「指揮、クラウディオ・アッバード」という紹介の声が今でも耳に残っている。

とにかく様子が若々しく、私にとっては「お兄さん指揮者」というイメージだった。一時期、ムーティーと風貌が似ていて、見分けがつかない時もあったw

では、アバド氏のどこが良かったのかというと、随分聴いている割にこれがむずかしい。結局、2000年に入ってから演奏されたルツェルン祝祭管弦楽団とのマーラー演奏が凄かったので、これを推すことになりそうだ。昨夜は久しぶりにマーラーの7番を聴いた。2005年の演奏で、非常に快速テンポのマラ7であったが、奏者の神懸かり的な巧さもあるものの、やはり素晴らしかった。 

アバド氏のご冥福を祈りたい。

 

 


第44回くらしき作陽大学管弦楽団定期演奏会 [クラシック音楽]

久しぶりに更新します。というのも、これまた久しぶりにコンサートへ行くことができたからです。ライブはいったいいつ以来なのか記憶にないほど久しぶりという印象です。そして、くらしき作陽大学管弦楽団の演奏会もいったいいつ以来になるのか?まったく「久しぶり」ずくしのコンサートとなりました。

 

平成24年10月11日(金)、18:15開場、19:00開演

於、くらしき作陽大学藤花楽堂

指揮:ユーリー・トカチェンコ

打楽器ソリスト:永田大将

管弦楽:くらしき作陽大学管弦楽団

演目:

ドリーブ:バレエ組曲「シルヴィア」

ミヨー:打楽器と小管弦楽のための協奏曲 op.109

サン・サーンス:交響曲第3番 作品78(オルガン付)

 

今回のコンサートへ行くことができた背景には色々な偶然がありました。1つは前日の山陽新聞でこのコンサート情報を偶然目にしたこと。そして演目に私が大好きな「シルヴィア」と、当ブログで何度か取り上げた「ミヨーな音楽」を作曲するミヨー作品があったこと。さらには、一週間前に岡山シンフォニーホールで開催されたこどものためのコンサート (前橋汀子さんのバイオリンコンサート)に嫁さんと娘が行って「またコンサートに行きたい」気分になっていたこと・・・、という具合で、どれ1つの条件が欠けていても、今回の名演に遭遇することはできなかったと思います。

さて、会場のくらしき作陽大学はJR新倉敷駅北口から徒歩15分。藤花楽堂は私にとって初めてのホールでした。客席はざっと見た感じで約800席のこじんまりした感じです。我々3人は舞台がよく見える2階席へ。

開演5分前のところで担当教授によるプレトークがはじまりました。これから演奏される曲を1曲約3分ずつわかりやすく解説してくださいました。解説の要旨は次のような感じでした・・・。

「シルヴィア」のバレエを観たチャイコフスキーは、「こんな素晴らしいバレエが出てくるのなら、『白鳥の湖』なんか作曲するんじゃなかった」と、曲の美しさを絶賛したそうです。組曲には前奏曲、間奏曲、ピチカート、バッカスの行列の4曲が抜粋されていますが、演奏はエスプリ感を出すのがとてもむずかしい曲だとのこと。

ミヨーは小児麻痺だったため体力的なハンデがあったにもかかわらず、大変多くの曲を作曲している。そして、特徴は「複調」で、2つの調性のメロディを同時に重ねていることで、大変かわった音色を楽しめるとのこと。「打楽器と小管弦楽のための協奏曲」は数少ない「打楽器コンチェルト」の一曲で楽しい作品とのこと。ソリストは同大学の学生さんが抜擢されているとのこと。

サン・サーンスは「白鳥」で有名だが、やはり多作家。モーツアルト以来の神童と呼ばれていて3歳でピアノ演奏、5歳で作曲、13歳でパリ音楽院に入学。語学も堪能で、ピアニスト&オルガニストとして世界各地で演奏旅行を重ねた。交響曲第3番は作曲者自身の指揮でロンドンで初演され、リストに献呈された。

以上です。

さて、今回は一曲目のシルヴィアについて私の感想を書いておきたいと思います。なにを隠そう、私のお気に入りの曲で、我家では英国ロイヤルバレエ団のDVDをよくかけているため、娘も嫁さんも大好きになった作品。バレエの全曲版を聴き込んでしまっているため、組曲版には少々不満はあるのですが(ほかにも珠玉の名曲がゴロゴロしているため)、4曲を抜粋するならまあこんなところかという感じです。しかし、これまで生演奏に触れたことがありませんでした。一曲目の出だしはとても大仰ですが、一度聴いたら忘れられない美しくきらびやかなメロディ。ホルンが4本、トランペットが4本(2本だったかも?)以外は普通の2管編成という感じなのに、これほどまでにダイナミックな演奏になるのだということがわかりました。惜しむらくは音響の大きさに比べてホールが小さく、バイオリンの音がかき消されて聞こえにくくなってしまったことです。しかし、2曲目からは静かな曲調となり、この問題はたちまち解決。美しい官能的な響きに会場全体が満たされていきます。そして、3曲目は有名なピチカート。音楽クイズで曲名を出題すれば「聴いたことがあるのに曲名がわからないという」という面白い問題になるでしょう。私の子供の頃はよくテレビCMなんかでかかっていました。終局はバッカスの行列。これも割と有名な行進曲で、津山市の地元企業がテレビCMで使っていたことがありますw

しかし、音大オケとはいえ、上手い演奏でした。昔聴いた時にくらべて演奏技術は格段に上がっていると感じました。この日は最後にアンコールが1曲演奏され、「シルビア」の「ピチカート」がもう一度演奏されました。ブラボー!!

 

 

 

 


第8回津山国際音楽祭 [クラシック音楽]

第8回津山国際音楽祭クロージングコンサート、行ってまいりました。

ご存じない方のために、一応説明すると、岡山県北の都市・津山市がマーラーをテーマ作曲家に、1987年より開催している音楽祭のこと。本日、演奏に先立ってご登壇された船山隆先生のお話によれば、「マーラー」をテーマとした音楽祭は国内では類例がなく、また、世界的にも非常に珍しいとのこと。

前回の音楽祭の交響曲第10番(クック版)演奏で、全ての交響曲が演奏された。4年ぶりの開催となる今回の選曲は交響曲第2番「復活」だった。これは、第1回音楽祭での演目であったこと、また、東日本大震災からのわが国の復活を祈念しての選曲であったように思われる。

 

2011.9.25(日)、14:00開演

於:津山文化センター

指揮:小松長生

ソプラノ:澤畑恵美

メゾソプラノ:坂本朱

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

合唱団:音楽祭市民合唱団

合唱指揮:保田薫

合唱指導:竹内千秋

練習ピアノ:坂元もえ

 

まずは、音楽祭のためにはるばる津山までやってきてくれた大フィルのメンバーにお礼申し上げたい。決して広くない、津山文化センターの舞台上には、「ここまで詰め込むか!」というくらいにギューギューの団員と2名の歌手、それに約100人の合唱団が上がった。舞台右手にはチェレスタのような箱形の大きな楽器が配置されるなど(後でパイプオルガンと判明)、この時点で、非常に劣悪な演奏環境だったことと思う。そんな状況にもかかわらず、この日は、音楽祭のフィナーレを飾るにふさわしい、とても熱い演奏をしてくれた。

指揮の小松長生さんは非常にダイナミックながら、丁寧で安定した指揮ぶりだった。この日は父親と嫁さんと3人での鑑賞だったが、前日にこの曲のポイントをレクチャーしておいたお陰で、嫁さんも堪能できたことと思う。

第2楽章での弦の美しさ、第3楽章でのフルートの活躍が印象に残った。また、第4楽章は実に美しい。そして、第5楽章はほとんど完璧な演奏だと感じる凄さだった。歌手のお2人の歌声はなんとも言えぬ美しさ。また、市民合唱団の力強い歌声が実に上手いと感じた。

厳しい財政事情から、同音楽祭の存続が心配されている。しかし、次回も開催予定ということなので、地元民の1人として、微力ながら応援していきたいと思う。そして、次回は、小学生の娘も鑑賞できるように、それまでしっかりレクチャーしておきたい。


タグ:マーラー

マーラー:最初に何を聴けば良い? [クラシック音楽]

前々回、「マーラーの聴き方」について考えてみた。その時は、「マーラーはどうも苦手」という方を対象に、「どういう聴き方をすれば、マーラーが楽しめるのか」という観点から、持論をぶってみた。今回は、これから始めてマーラーを聴き始めようという方を対象に、どの曲から聴いたら良いかという問題に挑戦してみたい。

実は、このテーマ、ネット検索するとあるわあるわ・・・w

代表的な意見は「やっぱり1番(巨人)からでしょう」というもの。あるいは、2~4番の元になっている歌曲「子供の不思議な角笛がよいのではないか」という意見も頷けるものであった。ところが、意表をつく意見として、「大地の歌」とか、「人気の9番」(どこが?)とか、「8番」なんて意見もある。オイオイ・・・。

 「9番」がいいという意見は、どこがいいのかというと、「第4楽章」だというので笑った。バカいっちゃいけません。マーラー入門者で、いきなり9番の第4楽章を聴いて「イイ!」という人がいたら、その人はタダモノではないと私は思いますねw

・・・というわけで、まあ、このテーマに関しては、色々な意見があるということを承知しておいた方が良いということでしょう。 そこで、私なりに、「全くの初心者でもマーラーの魅力を楽しめるのではないか」という観点で、持論を展開したいと思います。

マーラーは歌曲も魅力なのですが、私は、やっぱり交響曲でいきたいと思います。しかし、マーラーの交響曲はどれもとても長いので、1曲全部を聴くことはオススメできません。そこで、単一楽章をマーラー初心者の方にはオススメしたいと思います。

そして、この単一楽章を大きく、①グロテスクな魅力のある曲、②癒し系で踊りたくなる曲、③抒情楽章、④その他、の4つに分けてみます。それぞれの代表的な楽章は次の通りです。

①グロテスクな魅力のある曲:1番3楽章、2番3楽章、7番3楽章、9番3楽章、10番3楽章

②癒し系で踊りたくなる曲:1番2楽章、2番2楽章、3番2楽章、7番2楽章・4楽章、9番2楽章

③抒情楽章:2番4楽章、3番4楽章・6楽章、4番3楽章、5番4楽章、6番3楽章(最近は2楽章として演奏される?)、9番1楽章・4楽章、10番1楽章

④その他:省略

このうち、初心者にオススメしないのが「③抒情楽章」です。マーラーの抒情楽章は大変に味わい深いのですが、それが分かるようになるには相当数の聴き込みが必要だと私は考えます。5番4楽章の「アダージェット」は恐らくマーラーで一番有名な人気曲ですが、上記理由にて、これも初心者にはオススメしません。

マーラーの魅力は、特に初心者の方には、そのオーケストレーションが楽しめることが大切だと思います。そして、そのためには親しみやすいメロディであることが初心者にへの親切と考えます。・・・ということで、私の一押しはコレで決まりです。

◎1番3楽章

ご存じ「フレールジャック」という明るい民謡を短調にした葬送行進曲(←なんじゃそりゃw)ですが、分かりやすくて、オーケストレーションの魅力に溢れている点で、この楽章はオススメできます。演奏時間も10分程度と短いことも初心者向きです。あと、一点、この楽章には「ジンタ」というか「軍楽隊」(「バンダ」と言うらしい)が「ズンチャッチャ」というリズムを奏でます。「フレールジャック」のメロディと「軍楽隊」の「ズンチャッチャ」のかけ合い、そして、「対位法」の面白さもきっと味わえると思います。

1番3楽章は「グロテスクな魅力ある曲」に分類しましたが、こういう楽章はマーラーの交響曲には非常に多いですね。1番は葬送行進曲ですが、他は流れるようなスケルツォであることが多いです。グロテスクなんだけれども楽しく、また、可笑しい。そういう魅力があります。

1番3楽章の個性が強烈なため、一押しとしましたが、本来であれば、初心者の方には②の「癒し系で踊りたくなる曲」をオススメするのが妥当な線だと思います。マーラーの交響曲には、行進曲風のところと舞曲風のところが非常に多く出現します(突然、行進曲風になったり、舞曲が登場したりという展開が茶飯事なので伝統的な形式を重んじる方は面食らう可能性があります)。これが、マーラーの曲が楽しいと私が感じる大きな要因であると思います。舞曲風のところはどの曲も大変親しみやすいですし、オーケストレーションの面白さも堪能できるのでオススメです。演奏時間も10分前後というのも初心者には有り難いハズ。

上記ではどの曲もオススメですネ。木管の美しさが最も堪能できるのは3番2楽章でしょうか。ちなみに、私が今一番気に入っているのは7番2楽章です。とてもよくできた曲だと思います。

 「④その他」では3番3楽章、5番3楽章が私のお気に入りなのですが、この楽章を苦手にしている人が非常に多く(対位法を多用し、主旋律の演奏楽器が次々とめまぐるしく交代していくため、主旋律を追っていけなくなるらしい)、とても残念に思ってます。なので初心者の方にはオススメできないのですが、この楽章が楽しめるようになったら、あなたは立派なマーラーファンだと思って間違いありません。もっとも、この楽章は、大変に演奏もむずかしく、ヘタな演奏では魅力が伝わらない危険がありますが・・・。


お知らせ-保科洋「風紋」 [クラシック音楽]

お知らせです。明朝6時からNHK-BSプレミアムで放送される「N響ほっとコンサート」にて、岡大交響楽団でお馴染みの保科洋先生作曲の「風紋」(原典版)が演奏されるようです。吹奏楽でやるようですネ。

マーラーの聴き方 [クラシック音楽]

世の中には「どうもマーラーが苦手だ」というクラシックファンが少なからず存在するように思う。私が愛読している某ブログ主様も、自称「マーラー音痴」として、マーラーのどこがつまらないのかといったことが紹介されていて、なるほどと感じることも多い。

好きな作曲家を3人挙げよといわれたら、迷わずマーラー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフと答える私でも、最初からマーラーが好きになったというわけではない。まあ、単なるクラシック好きのオッサン流のマーラーの聴き方講座に付き合っていただこう。マーラーの交響曲ほど聴いていて楽しい曲はあまりないと思うのだが・・・。

さて、どうして、マーラーが苦手と感じるのだろうか?私が敬愛する上記の某ブログ主さんによる「マーラー評」を私なりに整理すると、次のようなことになる。 

1.全体的に曲が長い。否、長すぎる。

2.オーケストラがバカでかいだけで、大げさである。

3.メロディー・メーカーではない。

4.つかみどころがない。

以上、4点を挙げてみたが、まあ、こんなところだろうか?1つずつみていこう。全体的に当たっているところもあるが、誤解されている点も多いように感じる。 

まず、「1」の曲が長いというのは、全くその通りだと思う。最も長い交響曲3番は約90分の大作で全部で6楽章から構成されているが、マーラー自身はさらに7楽章目(これは交響曲4番の第4楽章に移されたとのこと)を構想していたという話があるほど、あきれる長さといえる。また、同じ交響曲3番でいえば、その第1楽章だけで約30分かかるというから常識はずれの長さだ。こういう長い曲というのは、ビギナーの方(特に、子供)とか、クラシックファンであってもマーラーをはじめて聴くというような方には、聴いていてとてもツライ音楽であることは想像に難くない。ただ、私がマラ3を好きになっていった経緯を振り返ると、何度も繰り返し聴いていくうちに、少しずつ耳に慣れていったように思う。そして、なぜ、何度も聴いてみようという気になったかというと、所々に、お気に入りの部分を見つけていくことができたからだったと思う。この辺は後の説明の部分に関係そうなところなので、ここでは省略しておく。

「2」のオーケストラが「バカでかい」というのは全く異論がないところだ。だが、「大げさ」というのは私は適当な言葉ではないと強く感じるところだ。例えば、マーラーとブルックナーの交響曲を比較してみたときに、私はブルックナーの方が「大げさ」なオーケストレーションであると感じる。これって反論になってませんネ。皆さんご存じの通り、マーラーは偉大な指揮者だった。作曲家としてのマーラーよりも、指揮者としてのマーラーの方が高く評価されているほどだという。この指揮者としての経験が、マーラーのオーケストレーションに十二分に反映されているように私には思えてならない。例えば、マーラーはベートーベンを大変尊敬していたが、そのオーケストレーションについては、欠点を熟知していたのではないだろうか。ベートーベンとマーラーの時代では、楽器の種類も違えば、演奏技術にも違いがあっただろうから、先人のオーケストレーションに欠点があるのは仕方のないところだ。そういう指揮者としての経験から、マーラーは自身の交響曲では、先人がなし得なかった、オーケストレーションを追求したのではないだろうか。マーラーはとにかく色々な楽器を使い、その使い方が際だって上手い作曲家だと思う。これは、指揮者として培われた楽器への愛情の表れではないかと私は思うのだ。

「3」のメロディー・メーカーでないという意見はどうなんだろうか?たしかに、マーラーはオリジナルのメロディー以外に、民謡とかいわゆる俗謡、童謡の類のメロディーを極めて多数引用させている。日本におきかえれば、例えば北島三郎や都はるみといった演歌歌手の歌のメロディーが交響曲の中に突然出てくるような、そういう引用の仕方をしているように感じる。恐らく、そういうところが、芸術作品としての評価を下げている要因となっているようにも感じられる。しかし、私はそこにマーラーの凄さを感じる。すなわち、どんなメロディーでも、秀逸なオーケストレーション技術によって、料理してしまうのがマーラーなのだと。なので、聴いていると、俗っぽくて親しみが沸くメロディーが多いと思う。踊りのメロディーや行進曲も頻繁に登場するので、慣れてくると、楽しくて仕方がなくなるという感じになってくると思う。マーラーの作品は、相対的にオリジナルなメロディーが少ないということは言えるかとも思うが、私はけっしてマーラーがメロディー・メーカーでないとは思わない。

さいごに、「4」の「つかみどころがない」という点。これが一番の要因になっているのではないかと私は感じる。私が東京勤務時代に一緒によくコンサートへ通ったK先輩がマーラーをとても苦手にしていた。面白いのはこのK先輩はショスタコーヴィッチは聴けるのにマーラーがダメなのである(両方ダメというのならわかるのだが・・)。私見では、マーラーとショスタコーヴィチの交響曲の大きな違いはただ1つ、マーラーが「対位法」を多用する点であろうと思う。そして、K先輩はこの「対位法」が苦手なのではないかと思うのだ。「対位法」とは、私の理解では、2つのメロディーを同時に奏でること。異なったメロディーが重なると、とても面白いハーモニーが生まれる。そこが、「対位法」の見せ所で、マーラーはスキあらば「対位法」というくらいこれを多用する。ところが、1つのメロディーを追いかけながら聴くタイプの人の場合は、「対位法」になると、メロディーが聴き取りにくくなってしまい、まさに「つかみどころがない」状況に陥るのではないだろうか?この点を克服する方法はとても簡単で、くり返し聴き込むことだ。そうすれば、「対位法」のところで、2つのメロディーが同時に聴こえてくるようになる。そうなればマーラーの作曲技法の意味がよく分かり、楽しいと感じられるようになると思う。

最後に、「マーラー音痴」に悩む方への私からのメッセージ。マーラーが苦手な方は、いきなりコンサートへ行ってはなりません。そこはモーレツに長い地獄の時間が待っています。必ず、CDなどで聴き込んで予習をしてから行きましょう。マーラーの交響曲はベートーベンなど他の作曲家の交響曲とはわけが違います。何度も聴き込むことで、複雑な構成が理解できるようになっていきます。ただし、この聴き込むという作業は案外楽しいです。それは、とても親しみやすいメロディーが、秀逸なオーケストレーションで奏でられるからです。

あと、これも付け加えておくと、マーラーの交響曲は演奏家の上手い下手が如実に表れるという恐ろしさがあります。なので、できるだけ上手い演奏で聴くことをオススメします。ただ、ではどの演奏が良いかというのはむずかしい問題です。マーラーの楽しさが伝わってくる演奏として、アバド指揮のルツェルン祝祭管弦楽団のDVDはオススメできると思います。この楽団の演奏は毎年BS放送で観るのですが、毎回、神業だと感じる凄い演奏です。


マゼールでフランス国立管を聴いたプログラム [クラシック音楽]

久しぶりの更新となってしまった。

先日、実家の本棚をゴソゴソ探していると、懐かしいプログラムが出てきた。ロリン・マゼール指揮によるフランス国立管弦楽団のコンサートのものだ。私が中学生の時に、音楽好きの父親に連れて行ってもらった記憶がある。平日だったので、学校(オダギリジョーさんと同じ出身中学です)が終了後、タクシーを飛ばして津山駅へ。そこから旧国鉄・津山線でガタン、ゴトンと岡山へ行った思い出のコンサートだ。会場へはギリギリセーフで間に合った。

1982年3月10日(水)、18:30開演、岡山市民会館 

指揮:ロリン・マゼール

管弦楽:フランス国立管弦楽団

演目:

ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」

ドビュッシー:「夜想曲」から「雲」と「祭り」

ラヴェル:舞踏詩「ラ・ヴァルス」

ベルリオーズ:「幻想交響曲」作品14

 

この日本公演は全国10公演が行われたようだ。

当時、岡山シンフォニーホールはなく、岡山市で開催されるクラシックコンサートは岡山市民会館で行われていた。

ただ、当日の印象はほとんど残っておらず、テレビで観たことがあるマゼールさんを観たという記憶だけが残っている。


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