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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その13・完) [落語]

13.お熊の懺悔~惣吉の仇討ち

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

お熊(新左衛門の妾でお賤の母)

宗観(惣右衛門の次男の惣吉)

音助(藤心村の観音堂の寺男)

道恩(藤心村の観音堂の住職)

多助(惣吉の家の奉公人)

石田作右衛門(羽生村の顔役、名主)

源氏山(花車の師匠)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

あらすじ:新吉はお賤の手を取り、松戸へ泊まり、翌日雨の中を出立。塚前村にかかったときには日が暮れかかっていた。観音堂の一角を借りて雨宿りをすることに。

尼「ご参詣のお方でございますかえ・・・、さぞお困りでしょう、・・・足を洗って此方へ上がって、お茶でも飲みながら雨止みをなすっていらっしゃいまし」

囲炉裏端でお賤が尼の顔をつくづく見ていたが、

お賤「おやお前はお母(っか)アじゃないか」 

尼「はい、どなたえ」

お賤「あれまアどうもお母アだよ、まアどうしてお前尼におなりだか知らないが、本当に見違えてしまったよ、13年後に深川の櫓下の花屋へ置去にしていかれた娘のお賤だよ」といわれて尼はびっくりし、

尼「ええ、まアどうも、誠に面目次第もない、・・・そうも実に親子と名乗ってお前に逢われた義理じゃアありませんが、・・・不実の親だと腹も立ちましょうが、どうぞ堪忍して下さい、あやまります」

尼はお賤の母親のお熊だった。お熊は尼になった経緯やこれまでの自分がどう生きながらえてきたのかを打ち明ける。

新吉「・・・私は新吉という不調法ものでございますが、今から何分幾久しゅう願います」

お熊「このお賤は私の方では娘ともいえません、また親とも思いますまい、・・・私はこの頃は誰が来ても身の懺悔をして若い時の悪事の話を致します。・・・私の生まれは下総の古河の土井様の藩中の娘で、親父は120石を頂いた柴田勘六と申して、・・・お嬢様育ちでいたのですが、身性が悪うございまして、私が16の時家来の宇田金五郎という者と若気の至りで私通をし、金五郎に連れられて実家を逃げ出し江戸へ参り、本郷菊坂に世帯を持っておりましたが丁度あの午年の大火事があった時、・・・その時私は17で子供を産んだのですが、17や18で児を拵える位だからろくなものではありません、その翌年金五郎は傷寒を煩って遂に亡くなりましたが、年端もゆかぬに亭主には死なれ、子持ちではどうする事もできませんのさ、その子供には名を甚蔵と名付けましたが、何にあやかったのか肩の処に黒い毛が生えて、気味の悪い痣(あざ)があって、・・・菊坂下の豆腐屋の水船の上へ捨児にして、私はすぐ上総の東金へ行って料理茶屋の働き女に雇われているうちに、船頭の長八という者といい交情になって、またそこをかけ出して出るようなことになって、深川相川町の島島屋という船宿を頼み、亭主は船頭をし、私は客の相手をして僅かなご祝儀を貰ってどうやらこうやらやっているる中に、私は亭主運がないと見え、・・・これもまた死別れ、・・・思い切って堅気にならないかといわれ、小日向のお旗本の奥様がお塩梅が悪いので、仲働に住み込んだところが、これでも若い時分にはこんな汚い婆アでもなかったから、殿様のお手が付いて、僅かな中に出来たのはこのお賤。これも世が世ならばお旗本のお嬢様といわれる身の上だが、運の悪いというものは仕方がないもので、このお賤が2つの時、そのお屋敷が直に改易になってしまい、仕様がないから深川櫓下の花屋へこの娘を頼んで芸妓に出して、私の喰い物にしようという了簡でしたが、また私が網打場の船頭の喜太郎という者と私通をして、船で房州の天津へ逃げましたがね、それからというものは悪い事だらけさ・・・、ようよう改心しましたのさ、仕方がないから頭髪を剃こかし破れ衣を古着屋で買ってね、方々托鉢して歩いている中、この観音様のお堂には留守居がないからお比丘さん這入っていないかと村の衆に頼まれるから、仮名付のお経を買って心経から始め、どうやらこうやら今では観音経ぐらいは読めるようになったが、この節は若い時分の罪滅ぼしと思い、自分に余計な物でもあると困る人にやってしまうくらいだから、何も物は欲しくありません、村の衆が時々畠の物なぞを提げて来てくれるから、もう別にうまい物を喰たいという気もなし、・・・まだ二人とも若い身の上だから、これから先悪い事はなさらないようにどうぞお気を付けなさい、年を老るときっと報って参ります、輪廻応報という事はないではありませんよ」

新吉は打ちしおれ溜息を吐きながらお賤に向かい、

新吉「どうだえお賤」

お賤「私も初めて聞いたよ」

新吉「その小日向の旗本とは何処だえ」

お熊「はい、服部坂上の深見新左衛門様というお旗本でございます」

新吉は身の毛のよだつほど驚いた。8年前に門番の勘蔵から聞いた話と照らし合わせると、お賤とは腹違いの兄妹であり、本郷菊坂下へ捨児にしたというのはお賤が鉄砲で殺した甚蔵に違いなく、お賤にとって甚蔵は血統の兄であったことになり、実に因縁の深いこと。また、お累が自害の後、このお賤がまたこういう変相になるというのも、9年前に狂い死にした豊志賀の祟りなのか。なるほど悪いことは出来ぬもの、己は畜生同様兄妹同士で夫婦になり連れ添っていたとは、あさましい事だと重うと総毛だち、新吉は物をもいわず小さくかたまって座り、只ポロポロ涙を落としているばかりだった。

新吉は改心して、お熊比丘尼に弟子入りすることを決意。お熊が本堂へ行けば後に付いて参り、墓場へ行けば墓場へ付いていく、斎(とき)があればお供をいたしましょうと出て参り、とかくにお賤の側へ寄るのを嫌うようになったので、お賤は自分が半面変相になり、こんな恐ろしい顔になったから、自分を此処に置き去りにして逃げる心ではないかと訝っている。

月日が過ぎて7月21日のこと。藤心村の観音寺から12、3歳になる可愛らしい色白な宗観という名の小僧さんが寺男の音助と2人連れで訪ねてきた。村の繁右衛門殿の宅で23回忌の法事があるので、住職とともにお熊比丘にも来て欲しいとのことなので迎えに来たのだという。

新吉「今尼さんは他(わき)のお斎に招(よ)ばれて往ったから、帰ったらそういいましょう」

音助「・・・若けえによく掃除しなさるのう」

新吉「お小僧さんはお小さいによく出家をなさいましたね、・・・こうやって小さい内から寺へ這入ってれば、悪いことをしても高が知れてるが、お父様やお母さんもご承知で出家なすったのですか」

宗観「そうじゃアありません、拠なく坊さんになりました」

音助「この宗観様ぐらえ憫然(かわいそう)な人はねえだ」

宗観「親父は7年前に亡くなりました」といいながら宗観はメソメソ泣き出した。

音助「いつでも父様や母様の事を聞かれると宗観様は直に泣き出すだ、・・・しかし泣くも無理はねえだ」

音助がこれまでの経緯を説明する。

新吉「このお小僧さんのお宅は何方(どちら)でございますと」

音助「岡田郡羽生村という処だ」

新吉「え、羽生村、・・・父さんは何という方でございます」

音助「羽生村の名主役をした惣右衛門という人の子の、惣吉さまというのだ」

新吉は大いに驚いた。

音助「あんた、どうしたアだ、塩梅でも悪いか、酷く顔色が善くねえぜ」

新吉「ヘエ、なアに私はまだ種々罪があって出家を遂げたいと思って、この庵室に参っておりまするが、・・・こうやって毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思っておりまするが、今日は陽気のためか苦患(くげん)でございまして、酷く気色が悪いようで」

音助「お前さんの鎌はえらく錆びていやすね、研げねえのかえ・・・、己ア一つ鎌をもうけたが、これを見な、古い鎌だが鍛えがいいとみえて、研げば研ぐほどよく切れるだ、全体この鎌はね惣吉どんの村に三蔵という質屋があるとよ、そこが死絶えてしまったから、家は取り壊してしまったのだ、すると己ア友達が羽生村にいて、こっちへ来たときに貰っただアが、汝使って見ねえかよく切れるだが」

差し出された鎌を見ると、柄のところに山形に三の字の焼印があるので新吉は驚いた。ああ丁度今年で9ヶ年以前、累ヶ淵でお久をこの鎌で殺し、続いてお累はこの鎌で自殺し、廻って今また我手へこの鎌が来るとは、ああ神仏が私(わし)のような悪人をなに助けおこうぞ・・・。

新吉「お賤ちょっと来ねえ・・・

お賤「あい、何だよ、今いくよ」

このところ疎々しくされていた新吉に呼ばれたので、お賤は心嬉しくずかずかと出てきた。

新吉「お賤、此処においでなさるお小僧さんの顔を汝見覚えているか・・・、羽生村の惣右衛門様のお子で惣吉様といって7つか8つだったろう」

お賤「おやあの惣吉様」

新吉は突然お賤のたぶさをとって引き倒す。

お賤「あれー、お前何をするんだ」というのも構わず手元へ引寄せ、お賤の咽喉へ鎌を当てプツリと刺し貫いたから堪らない、お賤は悲鳴を揚げて七転八倒の苦しみ、宗観と音助はびっくりし、

音助「お前気でも違ったのか、おっかねえ人だ、誰か来てくれやー」

そこへお熊比丘尼が帰ってきて、この体を見て同じく驚いた。

お熊「お前はこの間から様子が訝しいと思ってた、・・・何だって利(とが)もないお賤をこの鎌で殺すという了簡になったのだねえ・・・」

新吉「いえいえ決して気は違いません、正気でございますが、お比丘さん、お賤も私もこうやっていられない訳があるのでございます。お賤てめえは己を本当の亭主と思っているが、・・・てめえ一人は殺さねえ、・・・己も死なねばならぬ訳があるんだ・・・。」

新吉は自分が深見新左衛門の次男であり、お賤とは腹違いの兄妹であること、惣右衛門には大変な世話になっておきながら2人でくびり殺したことなどをすべて明かし、宗観に、

新吉「・・・私ども夫婦のものは、あなたの親の敵でございます、さぞ憎い奴と思召ましょうからどうかこの鎌でズタズタに斬って下さいまし。お詫びのため一言申し上げますが、お前さんの兄さん姉さんの敵と尋ねる剣術遣の安田一角は、五助街道の藤ヶ谷の明神山に隠れているという事は、妙な訳で戸ヶ崎の葦簀張(よしずばり)で聞いたのですが、敵を討ちたければ、その相撲取りを頼み、そこへ往って敵をお討ちなさい・・・。お賤、てめえと己が兄妹ということを知らないで畜生同様夫婦になって、永い間悪いことをしたが、もう命の納め時だ、己も今直に後から往くよ、お前宗観様にお詫びを申し上げな」

お賤「あいあい」

血に染まったお賤は善に帰って、ようよう血だらけの手を合わせ、苦しき息の下から、

お賤「惣吉様誠に済まない事をしました、堪忍して下さいまし、新吉さん早く惣吉さんの手に掛かって死にたい、ああお母さん堪忍してください。」

新吉は鎌を取り直し、我左の腹へグッと突き立て、柄を引いて腹を掻切り、夫婦とも息は絶え絶えに。

宗観「ああ、お父さんを殺したのはお前たち二人とは知らなかったが、思いがけなくお父さんの敵が知れるというのは不思議な事、また、兄さんや姉さんを殺した安田一角の隠れ家を知らせて下され、こんな嬉しいことはありませんから決して憎いとは思いません、早く苦痛のないようにして上げたい」

後を振り返ると音助はブルブル震えて腰も立たない状態になっていた。

宗観「お父さんや兄さん、姉さんの敵は知れたが、小金原の観音堂でお母さんを殺した敵はいまだに分からないが、悪い事をする奴の末は始終は皆こういうことになりましょう」というのを最前から聞いていたお熊比丘尼は、袖もて涙を拭いながら宗観の前へ来て、

お熊「忘れもしない3年後の7月小金原の観音堂でお前のお母さんをくびり殺し、120両という金を取ったのはこのお熊比丘尼でございますよ」

宗観も音助もびっくりし、絶え絶えになっていた新吉も血に染まった手を突いて聞いている。

お熊「私も種々悪い思いをした揚句、一度出家はしたが路銀に困っているところへ通り合わせた親子連れの旅人小金原の観音堂で病に苦しんでいる様子だから、この宗観様をだまして薬を買いに遣ったあとで、お母様をくびり殺したはこのお熊、私はお前様のお母様の敵だから私の首を斬ってください」

お熊は新吉が持っていた鎌を取って、喉を掻切って相果てた。3人の死骸は代官へ訴え検死済みの上、観音堂の傍へ穴を掘って埋め、大きな墓標が立てられた。これが今世に残っている因果塚で、血に染まった鎌は藤心村の観音堂に納められた。

8月18日、宗観は藤心村の観音堂の住職・道恩に出立のお願いをした。

宗観「旦那様には永々ご厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰りとうございます」

道恩「ウン、どうも貴様は剃髪する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える。何故羽生村へ帰りたいか・・・」

宗観「私は兄と姉の敵が討ちとうございます」

道恩「これ、・・・敵討という心は悪い心じゃ、その念を断ち切らんければいかん、執念してあくまでも向こうを怨むには及ばん、・・・人を殺した悪事の報いは自滅するから討つがものは無い、己と死ぬものじゃからその念を断つとこが出家の修行で、あくまでも怨む執念を断らんければいかん、それに貴様はいくつじゃ、・・・相手は剣術遣じゃないか、みすみす返り討になるは知れている、出家を遂げればその返り討になる因縁を免れて、亡くなられた両親や兄嫁の菩提を弔うが死なれた人のためじゃ、え」

宗観「・・・この頃は毎晩兄さんや姉さんの夢ばかり見ております、昨夜も兄さんと姉さんが私の枕元へ来まして、新吉が敵の隠家を教えて知っているのに、お前がこうやってべんべんと寺にいてはならん、兄さんも姉さんも草葉の陰で成仏することが出来ないから敵を討って浮かばしてくれろと、ありありと枕元へ来て申しました、・・・どうか両人の怨みを晴らしてやりとうございます。」

道恩「いやいやそんならば無理に止めやせん、皆因縁じゃからそれもよかろう、・・・しっかりした助太刀を頼むがよい・・・」

宗観「親父の時に奉公をしたもので、今江戸で花車という強いお相撲さんが有りますから、その人を頼みますつもりで」

道恩「もしその花車が死んでいたらどうする、・・・人間の命ははかないものじゃが、ああ仕方がない、往くなら往け、じゃが首尾好く本懐を遂げて念が断れたらまた会いに来てくれ」

道恩は実の親子のような心持ちで、小遣いを持たせて宗観を出立させた。羽生村に着いてみると、実家は空家になってしまい、石田作右衛門が名主役をつとめ、奉公人だった多助爺は北阪の村はずれの堤下に独身生計(ひとりぐらし)をしていた。

宗観「多助さん多助さん、多助爺やア」

多助「あい、なんだ坊様か、今日はちっとべえ志が有るから、銭いくれるからこっちへ這入んな」

宗観「修行に来たんじゃアない、お前は何時も達者で誠に嬉しいね」

多助「誰だ誰だ」

宗観「はいお前忘れたかえ、私(わし)は惣吉だアね、お前の世話になった惣右衛門の倅の惣吉だよ」

嬉し涙に泣き沈みようよう涙を拭いながら、

多助「能くまア来て下せえやした、本当に見違えるように大きくなったね」

これまでの敵が全て知れ、残るは安田一角だだ一人となったことを報告し、多助と2人で江戸へ行って花車の助太刀を頼むことに。花車は出世をして、今では二段目の中央(なかば)まで来ているので、師匠の源氏山もなかなか出したがらなかったが、かつて奉公をした主人の敵討ちだからという花車の義に依っての頼みに師匠も折れた。

宗観、多助、花車の一行が、かの五助街道へ掛かったのが10月中旬過ぎた頃。日暮れ近く、空はどんよりと曇っている。傍の方をみると何やら白いものが動いているが、遠くてよく分からない。

花車「ハテナ、白い物がこっちへ転がってくるようだが何だろう、多助さん先へ立っていきなよ」

多助「冗談いっちゃアいけねえ、あの林の処に悪漢が隠れているかもしれねえから、お前さん先へいってくんねえ」

といいながら、やがて3人がかの白い物の処へ近づいてみると、大杉の根元の処に一人の僧が素裸にされて縛られていた。

花車「憫然に、・・・お前さん泥坊のために素裸にされたのですか」

僧「はい、災難に遭いました、木颪まで参りまする途中でもって、馬方がここが近いからというてここを抜けて参りますと、悪漢がでましたものじゃから・・・、どうもこうも寒くってなりません、お前さんたちも先へ往くと大勢で剥がれるから、後ろへお返りなさい」

花車「なにしろ縄を解いて上げましょう、貴僧は何処の人だえ」

僧「有難うございます、私は藤心村の観音寺の道恩というものです」

惣吉「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」

思わぬところで道恩住職と惣吉が再会を果たす。道恩は多助が人家のあるところまで連れていくことに。2人の姿が見えなくなると、樹立の間から2人の悪漢が出てきて、「手前たちは何だ」。

花車「はい私どもは安田一角先生がここにお出でなさると聞きまして、お目にかかりたく出ましたもので」

2人の悪漢は互いに顔を見合わせ、林の中へ這入って一角にこの由を告げた。一角は心の中で、己の名を知っているのは何故か、ことに依ったら花車が来たかもしれないと思い、油断せずに遠くから様子をうかがっていると、子分が出て、「やい、手前は何者だ」。

花車「いえ私は花車重吉という相撲取でございますが、先生は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、たしかにここにいなさる事を聞いてきたんだから、尋常にこの惣吉様の兄さんの敵と名乗って下せい・・・。」

悪漢どもは、ああかねてから先生から話のあった相撲取はこいつだなと思い、すぐに一角にこのことを告げた。

安田一角「そうか、よいよい手前たち先へ出て腕前をみせてやれ」

悪漢どもも相手は相撲取りだから力は強かろうが剣術は知るめえから引包んで餓鬼もろとも討ってしまえとまず4人ばかりそこへ出てきたが、「尊公先へ出ろ」「尊公から先へ」とゆずり合っている。「じゃア4人一緒に出よう」と4人均しく刀を抜きつれ切ってかかる。花車は傍らにあった手頃の杉の樹を抱えて総身に力を入れ、ウーンと揺すり、杉の樹はモリモリとねじり切られ、花車はそれを持ち直して、

花車「この野郎ども」

といいながら杉の幹を振り上げた。恐れて悪漢どもは皆近寄ることができない。花車は力にまかせて杉の幹をピュウピュウ振り回し、2人を叩き倒した。一人が逃げにかかるところを飛び込んで打ち倒し、一人が急いで林の中に逃げ込んだので後を追っていくと安田一角が野袴をはいて、長い大小を差し、長髪に撫で付け、片手に種子島の短銃(たんづつ)に火縄を巻き付けたのを持って現れた。

安田一角「近寄れば撃ってしまうぞ、速やかに刀を投げ出して恐れ入るか、手前は力が強くてもこれでは仕方があるめえ」

花車「卑怯だ卑怯だ」

と相撲取りが一生懸命に怒鳴る声が木霊してピーンと山間に響いた。

花車「手前も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打ち合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬り合うとも打ち合うともせえ」

一角もうっかり引き金を引くことができず、脅しのために花車の鼻の先へねらいを付けている。進退きわまった花車は只ウーンウーンと唸っている。多助はかの道恩を送っていきせき帰ってきたがこの体をみて驚いてブルブル震えている。

すると、天の助けで、時雨空の癖として、今まで晴れていたのが俄にドット車軸を流すばかりの雨になった。生い茂った木の葉に溜まった雨水が固まってダラダラと落ちてきて一角の持っていた火縄に当たって火が消えた。一角は驚いて逃げにかかるところを花車は火が消えればもう百人力と飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打ち据えた。これを見た悪漢どもは「それ先生が」と駆けだしてきたが、側へは進めない。

花車「この野郎ども傍へ来やアがるとひねり潰すぞ」

この勢いに驚いて悪漢どもは逃げていってしまった。

花車「サア惣吉様遣っておしまいなせえ、多助様、お前助太刀じゃアねえかしっかりしなせえ」

惣吉は走り寄り、

惣吉「関取誠に有難う、この安田一角め兄さん姉さんの敵思い知ったか」

多助「この野郎助太刀だぞ」

と惣吉と2人で無茶苦茶に突くばかり、そのうち一角の息が止まると、2人ともペタペタと座って暫くは口がきけなかった。花車は一角のたぶさを取り、拳を固めてポカポカ打ち、

花車「よくも汝は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅様を返討にしやアがったなこの野郎」

悪漢の同類は皆ちりぢりに逃げてしまったが、その村の名主へ訴え、名主からまたそれそれへ訴え、だんだん取り調べになると、全く兄姉の仇討に相違ないことが分かり、花車は再び江戸へ引き返し、惣吉は16歳の時に名主役となり、惣右衛門の名を相続し、多助を後見とした。

花車が仇討の時に手玉にした石へは花車と彫りつけられ、花車石として今に下総の法恩寺に残っているという。


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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その12) [落語]

12.三蔵殺し 

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(元・惣右衛門の妾で新吉の女房)

作蔵(馬方)

安田一角(横曾根村の剣術家)

婆(茶店の女) 

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋・羽生屋の主、三右衛門の息子)

与助(羽生屋の奉公人)

あらすじ:時は享和2年7月21日。下総の松戸の傍にある戸ヶ崎村の茶店で馬方と武士の会話が聞こえる。どこかで聞き覚えのある声だ。

馬方「お客さん、あんたどちらへおいででございやすねえ、・・・」

武士「馬は欲しくないよ」 

馬方「・・・や、あんたア安田さまじゃありませんか」

武士は笠を深くかぶっていて顔を隠していたので判らなかったが安田一角であった。そして、馬方は作蔵であった。

作蔵「安田一角先生とは気が付かなかったよ」

安田一角「大きな声をするな、・・・己の名をいってくれるな」

作蔵は森蔵親分という博打打ちの宅に世話になっていたが、金を盗んでしまい追い出され、以来、馬小屋のようなところに住み、博打も打てず、馬方として日々の僅かな飲み代を稼ぐ生活をしているのだという。

安田一角「汝(てめえ)馬を引いているのが幸いだ、己は木卸(きおろし)へ上がる五助街道の間道に、藤ヶ谷という処の明神山に隠れている。」

作蔵「へー、・・・あすこは生(なま)街道てえので、・・・何だってあんな処にいるんだえ」

安田一角「それには少し訳があるのだ、己も横曽根にいられんで当地へ出たのだ、・・・武士の果は外に致方もなく、どうせ永い浮世に短い命、斬り取り強盗は武士の習だ、今じゃア14、5人も手下ができて、生街道に隠れて追剥をしているのだ」

安田一角が自分の居所を作蔵に明かしたのには訳があった。馬方なら、金を持っていそうな上客に出くわすことも多いだろうから、そういう客をみつけたらできるだけ駄賃を廉くいって馬にのせ、近道だとかなんとかいって生街道の明神山まで連れてこいという。儲けの二割を礼にやるからという。

作蔵「うめえな、只馬を引っ張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合に鰊の二本も喰えば後に銭が残らねえような事をするよりいいが、同類になって、もし知れた時は首を打斬られるのかよ」

安田一角「そうよ」

一角は懐から5両を取り出し作蔵に渡しながら、

安田一角「これは汝が同類になった証拠のため、少しだが小遣銭に遣るから取っておけ」

作蔵「え、有難え、・・・今日は本当に思え掛けねえで5両2分になった」

安田一角「なぜ」

作蔵「今日はね、あのもさの三蔵に逢ったよ、羽生村の質屋で金貸した婆ア様が死んだって、その白骨を高野へ納めるてえ来たが、今日は廿一日だから新高野山へお参りをするてえので、与助を供につれて、己が先刻東福寺まで送ってッたが、昔馴染みだから二分くれるッていったが、有難うござえやす、実に今日は思え掛けねえ金儲けが出来た」

必ず藤ヶ谷へ上客を引っ張ってくるようにと言いつけて安田一角は去っていった。そこへ、

男「おい作」

作蔵「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」

作蔵はあたりを見回し、振り返ってみると、二枚折の葭(よし)の屏風の陰に、蛇形の単物に紺献上の帯を神田に結び、結城平の半合羽を着、傍の方に振分の小包を置き、年頃30ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締まった美男が女房と一緒にいた。

男「汝(てめえ)、大きな声でどなっていたが相変わらずだなア」

女「おや作蔵さんお前の噂は時々していたが、相変わらずいい機嫌だね」

声の主は新吉とお賤であった。安田一角と作蔵のやり取りはすべて筒抜けで、自分たちにも半口載せろという。三蔵も帰り道に此処を通るのだろうから、連れてきて、ここで用事ができたといって馬を置っ放して逃げてしまってくれという。三蔵から100両でも200両でも無心してみて、だめだったらお供の与助ともども殴っ殺して川へ放り込んでしまうつもりだという。三蔵を連れてくる前金として30両をやるといわれ、「金運が向いてきた」と喜んで作蔵は新高野へ三蔵を迎えにいった。

日もどっぷりと暮れ、川端の葦の繁みに新吉とお賤は身を隠して待っていると、向こうから三蔵が作蔵の馬に乗ってやってきた。

作蔵「与助さんあんたもう何歳(いくつ)になるねえ、・・・」

与助「もう60に近くなったからめっきり年を取ってしまった」

作蔵「羽生村の旦那ちょっくら下りておくんなせえ・・・、実はこの先へいって炭俵を6俵積んできてくれと頼まれているんだが・・・」

三蔵「汝が困るなら下りて歩いていこう」

三蔵が馬から下りると作蔵は大急ぎで横道の林の陰へ馬を引き込んだ。そこへ草の繁みからごそごそと出てきた新吉は、ものをもいわず突然(いきなり)与助の腰を突いたので、与助はもんどりを打って利根の枝川へどぶんと投げ込まれた。アッと三蔵が驚いている後から、新吉が胴金を引き抜いて三蔵の脇腹へ突っ込んでいった。三蔵が倒れるところへ乗りかかり、胸先を抉ったが、三蔵も死に物狂いで起き上がり、新吉のたぶさを取って引き倒す。そこへ与助が川中から這い上がってきて、短いのを引き抜き、

与作「この野郎なにをしやアがる」

と斬ってかかる様子を見るよりお賤は驚き、新吉に怪我をさせまいと、そっと後から出て与助のたぶさを取って後の方へ引き倒すと、与助は石だか土だか何かの塊を取ってお賤の顔に打ちつけた。お賤は顔から火が出たように思い「アッ」といって倒れると、乗し掛かり斬ろうとするところへ、作蔵が飛び出してきて与助を蹴り上げたから、与助はウンといって倒れた。新吉は刀を取り直してまた一刀三蔵の脇腹をこじったので、三蔵もついに息が絶えた。新吉は手早く三蔵の懐へ手を入れ、胴巻の金を抜き取って死骸を川の中へ投げ込んだ。

作蔵「兄い無心どころじゃねえ突然(いきなり)行(や)ったんだな」

新吉「汝はもう帰(けえ)ったのかと思った、・・・誰か人は来やアしねえか・・・」

作蔵「大丈夫だ、・・・割合を貰(もれ)えてえなア」

新吉「金なんぞもっていやアしねえ・・・」

作蔵「冗談じゃアねえぜ、・・・」

作蔵は少し怒気を含み、ダミ声を張り上げ、「手前の懐を改めてみよう、己だって手伝って・・・罪を造っているんだ・・・出せってばやい」

新吉「遣るよ、遣るから待て・・・」

新吉は隙をねらってどんと作蔵の腰を突くと、作蔵はどぶりと用水へ落ち、がばがばとすぐに上がってきたところをずーんと脳を割付けた。

作蔵「斬りやがったなアこの野郎」

作蔵の声がりーんと川に響き、また這い上がってくるところを無闇に斬りつけた。作蔵はこれまでの悪事の報いにやついに息が止まったとみえ、そのまま土手の草をつかんだなり川へのめり込んでしまった。

新吉「もう此処にぐずぐずしてはいられねえ」

お賤「私はどうも殴たれた処が痛くって堪らないよ」

お賤の顔は半面紫色に黒みがかり、腫れ上がっていた。

以下、その13へ続く・・・。


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