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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その11) [落語]

11.お隅の死 

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

安田一角(横曾根村の剣術家)

貞蔵(安田一角の内弟子) 

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

麹屋の亭主

石田作右衛門(羽生村の顔役)

太七郎(村の者)

九八郎(村の者)

上(かみ)の婆様(村の者)

甲(村の者)

乙(村の者)

丙(村の者)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

和尚(惣次郎、お隅の菩提寺の住職)

武士3人

謎の尼(塚崎村の観音堂の尼)

塚崎村の男

道恩(藤心村の観音堂の住職)

男(道恩の連れ)

あらすじ:2通の書置を残して、お隅は裸足で雪道を駆けていった。向かうは安田一角のいる交遊庵。

暁方(あけがた)になって麹屋では血だらけになった富五郎の死骸が見つかり大騒ぎに。傍にお隅の残した書置が2通あり、内容を改めた麹屋の主は大勢の人を頼んで恐々ながら交遊庵を訪ねてみると、一角はおらず、一角の内弟子である貞蔵の死骸が転がっており、返り討ちにあったお隅も無残な姿で見つかった。

お隅が残した2通の書置は羽生村へ届けられ、母も惣吉も多助も、「アアそうとは知らずに犬畜生ののような恩知らずの女と悪(にく)んだのは悪かった・・・」と嘆き悲しむばかり。「悪いは一角、早く討ちたい」と思うものの、何しろ年を取った母と子供の惣吉ではどうにもならず、花車を訪ねて親子2人で上総の東金へ行くことに。名主役は村の顔役の石田作右衛門に預けることとなった。

惣吉親子とは入れ違いに、花車は惣次郎の菩提寺へ香花を手向けに現れた。そこの住職にお隅のことや惣吉親子が花車を頼って東金へ出発したことなどを聞く。惣次郎を殺した犯人は安田一角に定まったので、花車も惣吉親子を追いかけることに。途中、3人の武士に取り囲まれ、追い剥ぎされそうになる。3人は安田一角の回し者で、花車をなぶり殺しにすれば一角から手当をもらえるという算段であった。

花車「まアそんなに押さえられては困りますね、待ちなさい上げますよ、・・・」

武士「くれぬといえば許さぬ、浪人の身の上切取強盗は武士の習い、いい出しては後へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥ぐぜ、・・・」

花車「だから上げるけれども、待ちなさいよ」と左の手に持っていた傘をぽんと投げ出し前から胸倉を取って押さえている一人の帯を押さえてぽんと投げると、庚申塚を飛び越して、薄氷の張った沼の中へ落ちた。残る2人のうち、一人は逃げ出したが、もう一人は花車の後ろに組み付いていたので、これを押さえつけると、「うーん」と息が止まった。

花車「みっともねえ面だなア、此奴も投げ込んでやれ」と沼へ放り込み、傘をもってのそりのそり進んでいった。角力取というものは大まかなもので・・・。

惣吉親子の方はというと道中、母親にきりきり癪が起こり、癒えるまで宿で長逗留を強いられることに。そのうち年も果て正月となり、元日に寝ていては縁起が悪いと、病体をおして惣吉の手を引いて出立。小金ヶ原へ掛かり、塚前村の知己(しるべ)の処へ寄ってやっかいになろうとしたが、子供に婆様で道ははかどらない。霙(みぞれ)が降りだし、とっぷり日は暮れてしまった。小金ヶ原から3里ばかりのところの大きな観音堂のところで母親を再び癪が襲った。

母「アア痛い、あああのお医者様から貰ったお薬・・・、あれ汝(われ)持って来たか」

惣吉「あれ己(おれ)置いてきた」

母「困ったなア、ああ痛い痛い」

そこへ色白のでっぷりとした尼が現れ、「それはお困りだろう、どれどれ此方へ這入りなさい」と観音堂の奥へ案内した。

尼「薬がなくっては困ったもの」。この先を一町ばかり行くと休憩処があり、そこで良い薬が手に入るはずだからと惣吉に買いに行かせることに。惣吉は御年10歳の子供だが、親孝行者で、尼に言われたとおりの道を進んでいったが、途中で道を尋ねてみると、薬は小金まで行かねば手に入らないと言われる。小金までは子供ではとても行かれない距離だという。心細くなった惣吉は観音堂へ戻ってみると、情けないかな母親は咽喉を二巻ほど丸ぐけで括られて虚空を掴んで死んでいた。荷物も多分の金もなくなっており、尼の姿もなかった。

惣吉がヒイヒイ泣いていると、そこへ藤心村(ふじごころむら)の観音寺の和尚・道恩が供の男と一緒に通りかかった。訳を訊いた道恩は気の毒がり、供の男を走らせて村方へ知らせにやった。

道恩「誠に因縁の悪いので、親の菩提のため、私が丹精してやるから、仇を討つなどということは思わぬがいい、私の弟子になって、母親や兄さんのために追善供養を弔うがいい」

惣吉は道恩の弟子となり、剃髪し、名を宗観と替えて仏門に入ることになった。

以下、その12へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その10) [落語]

10.お隅の仇討ち

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

弟子衆(花車重吉の弟子たち)

安田一角(横曾根村の剣術家)

麹屋の亭主

あらすじ:

花車の来訪に惣次郎の母親もお隅も多助も皆喜んだ。花車は法恩寺村で田舎相撲の場所を開こうとしていたところにこの騒ぎとなったが、訳あって姿を現さなかったのだという。お隅から惣次郎殺害の経緯を確認した花車は、富五郎という男が一緒だったことを知る。富五郎は外出中だったため、それならと、殺害現場で拾った惣次郎の脇差しを包みから取り出した。富五郎の証言では惣次郎は脇差しで斬り合ったことになっているが脇差しは松ヤニで抜けなくなっている。また、主を残して富五郎だけが逃げてきた点からも、富五郎が怪しい。安田一角に鼻薬を嗅がされて、惣次郎殺害の手引きをしたに違いないとにらむ。

花車「こうしておくんなさい、私(わし)は黙って帰るが、富五郎が帰ったら、今日花車が悔やみに来て種々(いろいろ)取り込んだ事があって遅くなった、就いては他(ほか)へ二百両ばかり貸したが、どう掛け合っても取れないから・・・、もし富五郎さんが間へ這入ったら向こうの奴も怖いから返すだろう、もしお前の腕から二百両取れたら半分は礼に遣るが、どうか催促の掛合に往ってはくれまいかと、花車が頼んだが行ってやらんかといえば、欲張っているからきっと遣ってくるに違いない・・・」

富五郎をおびき寄せる算段がまとまり、花車は帰っていった。入れ違いに戻ってきた富五郎に、母親が貸金の掛合の件を説明すると、

富五郎「なに直ぐに取って上げましょう、造作もありません、百両・・・百両・・・なアに金なんぞお礼に戴かぬでもご懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」

富五郎はいそいそと花車のもとへ向かった。花車宅では2人の弟子がいて、もし途中で富五郎が逃げ出したら捕まえて取り押さえるという段取りになっていた。

花車「富さん、お前さんが供に行ったのだとねえ」

富五郎「さよう・・・。面部を包んで長い物をぶち込んだ奴が14,5人・・・、突然(いきなり)竹槍をもって突いてくるから、私も刀を抜いて竹槍を切って落とし、・・ちょんちょん切り合いました、すると旦那も黙っている気性ではないから、すらり引き抜いて一生懸命に大勢を相手にちゃんちゃん切り合いましたから、刀の尖先から火が出ました・・・」

花車「うんそうかえ、富さん、もっと側へお出でなさい、今日は一杯飲みましょう」

富五郎「それは誠に有難いことで、時に何かお頼みがあるという事で・・・」

花車「さて、富さん、人と長く付合うには嘘を吐(つ)いてはいかないねえ」

富五郎の説明は全部嘘だと言われ、びっくり驚く富五郎。

富五郎「関取でなければ捨て置けぬ一言、手前も元は武士でござる・・・」

花車「嘘をつくない、正直に言ってしまいな、手前(てめえ)が鼻薬を貰って、一角に頼まれて旦那を引き出したといってしまえば、命ばかりは助けてやる・・・、何処までも隠せば、拠(よんどころ)なくお前(めえ)の脊骨をどやして飯を吐かしてもいわせにゃならん」

富五郎「これはどうも怪しからん、関取の力で打たれりゃア飯も吐きましょうが、ど、どういう訳で、怪しからん、なな、何を証拠に」

花車は惣次郎の脇差しを取り出した。抜けない脇差しをどうやって抜いたのか、鞘ごと切り合ったとしてもどうやって火花が出るのか。花車は富五郎の片手を取って押さえつけ、拳を振り上げる。

富五郎「アア痛うございます・・・、もうこうなれば包まず申します。申しますからお放し下さい」

花車「いってしまえばそれでよい・・・、さア残らずいってしまえ」

富五郎も観念をしていっそ白状しようかと思ったが、そこは悪才に長けた奴で、花車が手を放したスキに、側の火鉢にかかっていた大薬缶をひっくり返すと、ぱっと灰神楽が上がり真っ暗になった。富五郎も悪運の強い奴で、表へ逃げれば弟子たちに取り押さえられるところを裏口から逃げ出し、畑を踏んで逃げたの逃げないの、一生懸命になってドンドンドンドン逃げたが、羽生村へは行かれないため安田一角の処へ駆け込んだ。

富五郎「ハ、ハ、先生先生・・・水を一杯頂戴」

安田一角「なんだ、・・・どうした」

富五郎は一部始終を説明し、逃げるための路銀を2、30金拝借したいと言う。そして、一角もここを早く逃げた方がよいと促す。安田一角は落ち着いたもので、常陸の大方村に弟子があるからそこへ隠れておればよかろうと、手紙を一本書いて路銀とともに富五郎に渡した。富五郎はそれをもって常陸へ遁走。安田一角も後を追うように逃げ、2人は行方知れずとなった。

花車「残念なことをしました、これこれこれで押さえた奴を逃げられました」

お隅も母も残念がって嘆いたが致し方なし。翌月の10月になると、「何事があっても手紙さえ下されば直ぐに出てきて力になりますから」と言って花車は江戸へ戻っていった。跡方は10歳の惣吉とお隅に母、番頭の多助という顔ぶれで、何となく心細い。

11月3日のこと、空は雪催しで曇り。筑波下ろしの大風が吹き立てて身を裂かれるほどの寒さ。お隅が着物を着替え、乱れた髪を撫付けて小包を持ってきたので、

母「このまア寒いのに何処へか行くかイ」

お隅「はい、改めてお願いがござります。不思議なご縁で、水街道からこちらへ縁付いて参りましたところが、旦那様もああいう訳でおかくれになりました。・・・こうなって旦那のない後は余計者で、かえって厄介者になるばかりでございますし、江戸には・・・親類でもございますから、どうか江戸へ参りたいと思いまして、私もべんべんとこうやっていられません。今の内なら、どうか親類が里になって縁付く口も出来ましょうと思いまして、・・・どうか親子の縁を切って、・・・貴方の手で離縁になったという証拠を戴きませぬと、親類へも話ができませぬから、ご面倒でもちょっとお書きなすって、誠に永々お世話さまになりました」

母「それアは困りますな、・・・どうかまアそんなこといわずに、どうかお前がいてくれねば困りますから」

お隅「・・・今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」

母「・・お前は今までまア外の女と違って信実な者で、おらア家へ縁付いても惣次郎を大切(でえじ)にして、姑へは孝養尽くし、小前の者にも思われるくれえで、さすがはお武家(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ、婆様ア家(うち)は好い嫁え貰ったって村の者が誰も褒めねえ者はなえ、惣次郎が無え後も僅かハア夫婦になったばかりでも、亭主と思えば敵イ討たねえばなんなえて、さすが侍の娘は違った者だと村の者も魂消(たまげ)て、なんとまア感心な心がけだって涙アこぼして噂アするだ、今に富五郎や安田一角のゆくえは関取が探してどんな事をしても草ア分けても探し出して、敵イ討たせるってこれまで丹精したものを、お前がフッと行ってしめえば、あとは老人と子供で仕様がなえだ、ねえ困るからどうかいてくんなよ」

お隅「嫌ですねえ・・・はじまりは敵を討とうと思いましたけれども、・・・富五郎を押さえて白状さして、いよいよ一角が殺したと決まったら討とうというのだが、きっと富五郎、一角ということも分からず、それも関取が付いていればようございますが、関取もいず、してみれば敵が分かっても女の細腕では敵に返討になりますからねえ、・・・馬鹿馬鹿しゅうございますから、敵討はおやめにして江戸へ帰ります」

今までの貞操さは麹屋で客に対するのと同じで世辞であったのかと母は怒った。そこへ多助が、

多助「お隅さん待っておくんなさえ、お内儀さんあんた人が善いから直き腹ア立つがお隅さんはそんな人でなえ、・・・母様ア江戸を見たこともなし、大生(おおな)の八幡へ行ったことアなえという田舎気質の母様だから、一々気に障る事アあるだろうが、実はこういう事があって気色が悪いとか、ああいう事をいわれてはならぬという事があるなら、私(わし)がに話いしておくんなさえ、まア旦那があアなってからは力に思うのはお前様の外に誰もないのだ、惣吉様だってあの通り真実(ほんとう)の姉様か母様のように思ってすがっているし、・・・機嫌の悪い事が有るなら私にそういってどうか機嫌直してくださえ」

お隅「何をいうのだねえ、・・・私は仇討ちはできません、・・・それほどの深い夫婦でもありませぬからねえ」

多助「・・・義理も何も知んねえ狸阿魔め、・・・打(ぶ)つぞ、出るなら出ろ」

お隅「何だい狸阿魔とは、・・・手を振り上げてどうするつもりだい、怖い人だね、さ打つなら打って御覧、これほどの傷が出来ても水街道の麹屋が打捨っては置かないよ」

お隅はすでに麹屋の主人に掛け合い、向こう3年間は奉公をして、路銀を稼いでから江戸へ戻る算段なのだという。前金も借りてあり、すでに麹屋の奉公人なのだ。

母「もういいワイ、・・・離縁状書えたから持たしてやれ」

多助「さア持ってけ、この阿魔ア、これエ打てねえ奴だ」

お隅「有難い、アアこれでさっぱりした」

お隅が悪口をいいながら出て行こうとするところを惣吉が、

惣吉「姉様ア、お母様が悪ければ己(おれ)があやまるからいてくんなよ、多助があんなこといっても、あれは誰にもいう男だから、己があやまるから、姉さんいてくんなえ、困るからヨウ」

お隅「何だい、そっちへお出でよ、・・・お出でったらお出でよ。・・・今までお前を可愛いがったのもね、・・・お世辞に可愛いがったので、皆本当に可愛いがったのじゃアないよ」

お隅は惣吉を突き飛ばして出て行った。庭へ出て門の榎の下に立つと、ピューピューという筑波颪が身にしみる。

お隅「思い切ってあれまでにいってみたけれども、何も知らない惣吉が、・・困るといわれた時には、実はこれこれと打ち明けていおうかと思ったが、なまじいいえばお母っさんや惣吉のためにならんと思って思い切って、心にもない悪態をいって出てきたが、これまで真実に親子のように私に目を掛けておくんなすった姑に対して実に済まない、お母っさん、そのかわりきっと、旦那様の仇を今年の中に捜し出して、本望を遂げた上でお詫びいたします。ああ勿体ない、口が曲がります、御免なすってください」と手を合わせ、、耐(こら)え兼ねてわっと声の出るまに泣いていた・・・。

麹屋に戻ると、主人はお隅のために披露(ひろめ)の手拭いを染めて、残らず雲助や馬方に配った。「今までとは違って、お隅は拠ない訳があって客を取らなければならないので、皆と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」というと、この評判はぱっと広まった。今までは堅い奉公人で、殊に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客があり、近在の名主や大尽がせっせとお隅の処へ遊びに来た。しかし、お隅は貞心なので、能いように切り抜けては客と一つ寝をするようなことはしなかった。もとより器量は好し、様子は好し、その上世辞があるので、大層な客があった。このお隅の評判は常陸にいる富五郎のところにも届いた。

富五郎「しめた、金で自由になる枕付で出れば、望みは十分だ」

12月16日、ちらちら雪の降る日に山倉富五郎はやってきた。しかし、あまりに客が多いのでいくら待ってもなかなかお隅は来ない。代わりの女が時々来ては酌をしたり、女がいない時は手酌で飲んだりしているうちに、酒が相当廻ってきた。そこへようやくお隅が現れた。前とはすっぱり違った拵えで・・・。

お隅「富さん、・・・本当に能く来たね。・・・縁切状を取って出てきましたの、江戸へ行くにも小遣いがないもんだから、こんな真似をして身なりも拵えたり、・・・遂にこんな処へ落ちたから笑っておくんなさい」

お隅の境遇をすっかり信用した富五郎。以前、お隅を嫁に貰って江戸へ戻りたいと富五郎がいった話をお隅が持ち出し、あれが本当なら連れて行って欲しいといわれる。舞い上がって喜ぶ富五郎。路銀が必要だが、安田一角を騙せば百両くらい取れるだろうという。一角はどこにいるのかとお隅に聞かれた富五郎だが、それはなかなかいわない。

お隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ・・・」

富五郎「こりゃア驚いた、・・・こりゃア有難い、それじゃアいおうねえ、実は私はお前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても富五郎の手に負えない、ところが幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって弘行寺の裏林で殺させておいて、顔に傷を拵えて家へ駆け込んだが、あの通り花車が感づきやアがって、打つというからこっちは殺されては堪らぬから逃げてしまった。全く一角が殺したんだが、実は私がおいやってやらしたのだ」

お隅「・・・富さん、こうなるのは深い縁だねえ、・・・一角さんは何処にいるの」

富五郎「・・・笠阿弥陀堂の横手に交遊庵という庵室がありましょう、・・・」

お隅「本当に嬉しいねえ、真底お前の了見が知れたよ」

これから寝ようということになり、細廊下を通って離れに6畳ばかりの小間があり、そこに床がちゃんと敷いてあった。富五郎を仰向けに寝かせ、お隅は顔を見られるのは恥ずかしいからと掻巻を富五郎の目の上まで被せて、その上に馬乗りになった。

お隅「富さん、私はいうことがあるよ」

お隅は隠してあった匕首を抜いて、

お隅「本当に富さん不思議な縁だね、・・・惣次郎を殺したとは感づいていたけども、お前が手引きで・・・一角の隠れ家まで・・・こういう殊になるというのは神仏のお引き合わせだね、・・・こういうことがあろうと思って、私はこの上ないつらい思いをして、恩ある姑や義理ある弟に愛想づかしをいって出たのも全くお前を引き寄せるため、亭主の敵罰当たりの富五郎覚悟しろ、亭主の敵」

と富五郎の咽喉へ突っ込む。天命とはいいながら、富五郎はそのままうーんと息絶えた。お隅は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、惣次郎の戒名を唱えて回向をする。そして落ち着いた様子で直ぐに硯箱を取り出し事細かに2通の書置を認めて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ充てて、これまでの経緯を説明した。敵は一角と定まり、これから直ぐに隠れ家へ踏み込んで本望を遂げるつもりだが、もし返り討ちになることがあれば、惣吉が成人の上、関取に助太刀を頼んで旦那と自分の恨みを晴らして欲しいという内容だった。 

以下、その11へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その9) [落語]

9.麹屋のお隅

登場人物:

お隅(麹屋の女中、後に惣次郎の嫁)

惣次郎(惣右衛門の長男、今は羽生村の名主)

惣吉(惣右衛門の次男)

母(惣右衛門の妻、惣次郎の母)

多助(惣右衛門の家の奉公人)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

仁村(安田一角の連れ)

連の男(同上)

麹屋の客

見物人

百姓衆

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

男(羽生村の村人)

門弟(安田一角の剣術道場の門弟)

あらすじ:

惣右衛門亡き後、長男の惣次郎が羽生村の名主を継いだ。惣次郎は父親とは違い、大変な堅物で、母親にとっても自慢の息子だった。そんな堅物の惣次郎がどういうわけか麹屋の女中に惚れ込んでしまう。女中の名はお隅といい、今は女中をしているが、元々は武家の娘。父は元、谷出羽守様の御家来・神崎定右衛門といい、浪人中の父と一緒に水街道を通り、麹屋に宿泊中、父が倒れ、長患いの後に亡くなったという。後で薬代や葬式代に困っていたところを、宿の主が世話をしたところから恩報じかたがたこの家に奉公をするようになったもの。宿屋では働き女がお客に身を任せるといった「枕附き」という一種の売春がよく行われていたというが、このお隅はただ無事に勤めをいたし、人柄の良い立ち振る舞いから物の言いよう、裾捌きまで一点の申し分のない女だった。そういうまじめな働きぶりが惣次郎の気に入られ、惣次郎はたびたび麹屋へ通うようになり、深い仲になっていた。

翌寛政10年、近在の法恩寺に相撲場があり、そこで田舎相撲が行われることになった。そこに元は惣右衛門の奉公人だった花車重吉という関取が出るという。花車と惣次郎は幼なじみで、花車が相撲場にやってくる時は惣次郎はいつも贔屓にしていた。相撲見物にお隅を連れて行こうとした惣次郎だったが、大層なにぎわいで見物客も多く、何か間違いがあってもいけないということで、大生郷(おおなごう)村の宇治の里という料理屋へ上がり、そこに花車も呼んで酒を酌み交わそうということになった。

ところが、その店に居合わせたのが安田一角という横曾根村の剣術家で、腕前は鈍くも田舎者を嚇かしている、見たところは強そうな、散髪を撫で付けて、肩の幅が3尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨逞しい男で、ちょっと見れば名人らしく見える先生。博打打ちのお手伝いでもしようという浪人者を2人連れて、下座敷で一口遣っていると、奥に惣次郎がお隅をつれて来ていることを聞くと、ぐっぐっと癪に障り、何かあったら関係を付けようと思っている。安田はお隅にぞっこんで、惚れて口説いて弾かれたという経緯があったのだ。お隅も安田が来ていることを認め、気味悪がっているため、早く出て、花車の宅へ向かおうと店を出ようとするが、どうしても安田の処を通らなければ出られない。安田はわざと3人の鐺(こじり)を廊下に出しておくと、長い刀の柄前にお隅がつまずいてしまった。

安田「コレコレ待て、コレ其処へ行く者待て。・・・人の前を通る時に挨拶して通れ・・・」

惣次郎「・・・飛んだ不調法を致しました」

安田「・・只勘弁だけでは済むまい、かりにも武士の魂ともいう大切の物、・・・人斬包丁などと悪口を言うのは手前のようなものだろう。・・戦場の折には敵を断切るから太刀ともいい、片手撲(なぐ)りにするから片刀(かたな)ともいい、また短いのを鎧通しともいう・・・。刀を浄めて返せ・・・」

お隅「先生誠に暫く」

安田「何んだ」

お隅「・・・お馴染み甲斐に不調法のところは重々お詫びを致しますからご勘弁を」

安田「黙れ、・・・手前にはいささか祝儀を遣わした事も有るが、どれほどの馴染みだ、また拙者は料理屋の働女に馴染みは持たん・・・」

惣次郎がほとほと困っていると、奥の離れ座敷の方に客人に連れられて花車が来ていて、客人は至急の用ができて帰ったあとだったため、花車はこの様子を聞いていて心配していた。

多助「もし旦那様旦那様。・・・関取がねえ奥に来ているだ、大きに心配しているだが、ちょっくら旦那にお目に掛かりてえというが」

惣次郎「なに花車が、それはよかった関取に詫びをしてもらおう」

思わぬところで花車の助太刀を得たものの、安田一角の態度は一向に変わらない。至って賢い花車は安田が筋の悪い奴であることを見抜いている。決闘で決着をつけることになってしまったが、安田と連れの計3人を近くの天神様の境内に導く。安田らは刀を構えているが、花車は相撲取りらしくただ裸になっているだけ。これではとても勝負にはならないはずだが、大勢の見物人は皆、花車に声援を送っている。花車はというと、「逃げも隠れもしねえから」と、煙草をパクリパクリと呑んでいたりと余裕の姿。安田たちは当然負けるとは思っていない。

花車「これまア私(わし)が抱えても一抱えある鳥居、この鳥居も今日が見納めじゃア」

と、鳥居を抱えると、金剛力出してこれを一振り。鳥居は笠木と一文字が諸にトンと落ち、安田たちが一刀を振り上げている頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚いたのなんの。どのくらいの力かと安田たちはとても敵わぬと抜刀をもったままばらばら逃げると、見物していた百姓たちが各々鍬鋤を持って、「撲殺(ぶっころ)してしまえ」とわいわい騒ぐから、3人の剣客者は雲霞と林を潜って逃げていった。

田舎相撲は5日間で首尾良く終わり、「鳥居の笠木を落としたから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」と言って、花車は江戸へ戻っていった。花車の鳥居は石でできたものが今も天神山にあるという。

花車が帰ってしまい、惣次郎は怖くて外出できない状態が続いた。衆人の前で恥をかかされた安田一角が惣次郎を恨んでいたからだ。母も心配して、惣次郎が惚れた女の身の上を尋ねると、元武士の娘で、親の石塔料のために奉公していることなどを知りいたく感心し、そういう者なれば、どうせ嫁を貰わんではならんからと、麹屋へ話してお隅を金で身受けすることに。家へ連れてきてまず様子をみるとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事(つか)える故、母も気に入ってしまった。さっそく、村方の者を呼んで取り決めをして、内祝言だけを済まして、お隅を惣次郎の内儀(おかみさん)に迎えた。

翌年、真桑瓜のなる時分に一人の浪人がやってきた。名を山倉富五郎といい、元は江戸で座光寺源三郎の用人をしていたが、放蕩無頼にして親には勘当され、座光寺家はお取り潰しとなり、常陸の国に知己(しるべ)があるから金の無心に言ったが当てが外れ、少しでも金があればもとより女郎でも買おうという質(たち)。一文無しで怪しい物を着て、ふらふらとやって来た」

富五郎「ああ、進退もここに谷(きわ)まったなア、どうも世の中の何が切ないといって腹の空(へ)るくらい切ない事はない・・・」

と、惣次郎の畑の真桑瓜を盗み喰い。最初は1つだけのつもりが、続けていくつもほおばり、道中で腹が減った時のためにと懐へも2つ3つ突っ込んでいるところを百姓に見つかり、お縄をかけられて惣次郎のところへ連行された。

惣次郎「真桑瓜を盗んだからといっても何も殺しはしない。・・・ここで許しても他(わき)へ行って腹がへると、また盗まなければならん。・・・私(わし)の家に恩報(おんがえ)しと思って半年ばかり書物の手伝いをしてもらいたいがどうだろうか」

富五郎「このご恩は死んでも忘却は致しません・・・」

優しい惣次郎は富五郎のお縄を解かせ、飯を食わせると、富五郎が食うこと・・・。書物をやらせてみると、帳面ぐらいはつけられるし、算盤もできる。惣次郎には「べんちゃら」を言うが、百姓には武家言葉で嚇すので、惣次郎の顔があるから、村人からは「富さん、富さん」と大事にされ、本人は次第に増長。もとより好きな酒を外で飲むようになり、ずぶろくに酔って帰ったある晩のこと。惣次郎は留守で、母は寺参りで、家にはお隅がひとり留守番で縫い物をしていた。

富五郎「貴方はお武家の嬢様だが、運悪く水街道へいらっしゃいまして、・・・この家はほんの腰掛で、詰まらんと言っては済みませんが、けれども貴方は生涯此処にいる思召はありますまい、手前それを心得ているが、拙者もやむを得ず此処にいる・・・。貴方も故郷懐しゅうございましょう。」

お隅「それはお前江戸で生まれた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見たいし懐かしいわね」

富五郎「有難い、そのお言葉で私はすっかり安心してしまった・・・」

富五郎はお隅を女房として江戸へ連れて帰れば親類に見直され、御家人の株くらいは買ってもらえるはずだからと意味不明のことを言って、何を心得違いをしたかお隅を口説きはじめる。無闇にお隅の手を取って髭だらけの顔へ押しつけるところへ母が帰ってきて、この体(てい)に驚き、そばにあった粗朶木を取って突然(いきなり)ポンと撲った。

富五郎「これは痛い」

母「呆れかえった奴だ」

富五郎は、お隅に不実意な浮気心があっては惣次郎様のためにならないので、本心を確かめようと気をひく真似をしたのだと言い訳をする。あまりに見え透いた嘘に、母は益々怒ったが、お隅は母をなだめ、富五郎には「お前は酒が悪いよ」と今後は酒を慎むようたしなめてその場は収まったかに見えた。

しかし、富五郎は「隅はまんざらでもねえ了見であるのに、ああ太え婆アだ」と、どうにかしてお隅を手に入れようと画策。胸に浮かんだのが安田一角と花車の喧嘩の起因(もと)がお隅であったことで、横曾根村にある安田一角の道場へ向かう。

富五郎の筋立ては次のようなもの。お隅とは江戸っ子どうしで打ち解けて話を聞いたところ、お隅は江戸へ帰りたがっている。安田一角のことを好いているが、麹屋に借金があることや、惣次郎に身請けされた恩もあり、嫌々ではあるが家を出られないでいること。富五郎は安田先生に剣術の指導をしてもらえればこれを土産に自分も江戸に帰ることができるので、お隅を安田先生のもとへ連れてくる手伝いをすること。安田先生ほどの剣の腕があれば江戸の旗本が放っておくはずはないから一緒に江戸へ参ろうとのこと・・・。

具体的には、ある場所に惣次郎を連れ出すので、提灯の灯を消すのを合図に惣次郎を斬っておしまいなさいという計画を説明。最初は訝る安田一角であったが、遺恨のある惣次郎が相手であり、また、お隅にぞっこん惚れていたため、この話に乗ってきた。時は明晩の酉刻(むつ)ということで話がまとまった。

富五郎の本当の狙いは、安田一角に惣次郎を殺させて、お隅を自分の手に入れるというものだった。惣次郎は剣術の免許を持っており、一方の富五郎はというと武士とは名ばかりで少しも剣術を知らない。そこで下手でも剣術の先生で弟子もいる安田一角の力を利用しようとしている訳だが、万が一、安田一角が惣次郎より腕が鈍くて、惣次郎に斬られるようなことがあるとまずいため、惣次郎が常に帯(さ)して出る脇差を払ってその中へ松ヤニを詰めておくという細工を施しておくという実に悪い奴。

翌日、惣次郎のお供で外出した富五郎は、約束の刻限に安田一角と示し合わせた場所へ惣次郎を誘導。小便をしてくるといって惣次郎のところを離れた富五郎はフッと提灯の灯を消した。

惣次郎「提灯が消えては真暗でいかぬのう・・・。富や、おい富おい富、何だかこそこそして後ろにいるのは、富や富や」

その声の方角に向かって近づくものあり。それは花車であった。

しかし一足先に惣次郎の前に現れたのは安田一角で、ズブリと一刀を浴びせかけてきた。惣次郎はヒラリと身を転じて、脇差の柄に手を掛けこれを抜こうとするが抜けない。そこを安田一角に一刀バッサリと切り込まれた。惣次郎が最後の力で鞘ごと投げつけた脇差は、一角の肩の処をすれて、薄(すすき)の根方へずぽんと突っ立った。惣次郎の懐の30両を奪い、一角が立ち去ろうとするところに花車の影。暗闇の中、安田一角は息を殺して隠れ、その場をうまく逃れていった。

一方の富五郎はバッサリ斬った音を聞いて、直ぐに家へ駈けていく。途中、茨か何かでわざと蚯蚓(みみず)腫れの傷をこしらえて、せっせと息を切って「只今帰りました。・・・・弘行寺の裏林で悪漢が14、5人出でまして・・・、旦那と2人でちょんちょん切り合っておりましたが、何分多勢に無勢で、旦那に怪我があってはならぬと思って、やっと一方を切り抜けて参りました・・・」。お隅は驚いて村の百姓を頼んで手分けをしてどろどろ押して参ったが、惣次郎は血に染まって死んでいた。

惣次郎の野辺送りから37日たった9月8日。花車が細長い風呂敷の包みを提げて惣次郎宅へ現れた。

以下、その10へ続く・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その8) [落語]

8.聖天山

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(惣右衛門の妾)

惣右衛門(羽生村の名主)

その内儀

惣次郎(惣右衛門の長男)

惣吉(惣右衛門の次男)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

あらすじ:

お累の死後、新吉はすっかり憎まれ者となり村八分状態に。行く当てはお賤のところしかなかった。お賤のところでは体調がすぐれない惣右衛門が眠っていた。もう2~3日もこの状態でお賤が看病をしているのだという。そして、惣右衛門が亡くなった時の遺言状まで書かせてあるのだという。内容はというと、「・・・お賤は無理無体に身請けをして連れてきた者であるから、私が死ねば皆に憎まれてこの土地にいられまいから、元々の通り江戸へ帰してやってくれ、帰る時は必ず金を50両付けて帰してくれ、形見分はお賤にこれこれ、新吉は折々見舞いに来る親切な男なれども、お賤と仲がよいから、村方の者は密通でもしているように思うが、あれは江戸からの親(ちか)しい男で、さような訳はない、親切者で有ることは見抜いているから、・・・湯灌は新吉一人に申し付ける、外の者は親類でも手を付けることは相成らぬ」という妙なもの。そしてお賤の口からは恐ろしい言葉が・・・。

お賤「うちの旦那を殺しておくれな」

しかし、惣右衛門には可愛がってもらった恩のある新吉は「出来ない」と断る。押し問答の末、こうなるとご婦人の方が度胸が据わっているのか、お賤は新吉の手を引いて惣右衛門の病間へ。「旦那、旦那」とお賤が呼んでも惣右衛門は病気疲れで深い眠りについているようだった。お賤はそっと、襟の間に細引を挟み絞殺の準備。一方を新吉に渡し、お賤の目配せで新吉は力に任せてこれを引っ張った。惣右衛門は仰向けに寝たなり虚空を掴んで「ウーン」とうなった。お賤は有り合わせた小杉紙を台所で濡らしてきて、これをピッタリと惣右衛門の顔へあてがった。ブルブル震えている新吉。お賤が濡紙を取ると、完全に息が絶えた様子。咽喉のところに細引の跡が2本ついていたのを、お賤は掌に水をつけてもみ消した。これで大丈夫。新吉にはいったん家へ帰らせ、お賤は本家へ駆け込むことに。

お賤「旦那様がむずかしくなりましたからお出でなすって、まだ息はありますがご様子が変わったから」

驚いた本家からは長男の惣次郎、次男の惣吉、惣右衛門のお内儀、それに村の年寄りたちが駆けつけたが間に合わない(間に合わない訳で、殺した奴が知らしたのだから・・・)。遺言の通り内葬がとりおこなわれ、湯灌は新吉が行うことになった。ところが慣れていないと湯灌というものは一人では大変なもので、新吉は自分が殺したと思うとおどおどして手がつけられない。そこへ現れたのが土手下の甚蔵。

甚蔵「・・・誠にお愁傷でのう、惜しい旦那を殺した、ええこの位物の解ったあんな名主は近村にねえ善い人だが、新吉手前(てめえ)仕合せだなあ、一人で湯灌を言い付けられて、形見分もたんまりと・・・」

新吉「かえって有り難迷惑で一人で困ってるのだ」

ここは兄弟分のよしみ。内緒で甚蔵が手伝うことに。甚蔵は随分と手慣れており、手際よく湯灌をこなしていく。ところが、仏様の鼻からタラタラと鼻血が流れ出た。身寄りか親類が来ると血が出るというが、自分は違うのにおかしい。そう思った甚蔵が仏様の首筋をみると、判然と黒ずんだ紫色に細引の痕を2本見つけた。

甚蔵「やい、こりゃア旦那は病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、鼻血が出れば何奴(どいつ)か縊(くび)り殺した奴があるに違えねえ」

敵(かたき)を捜して旦那の恩返しをしよう、ちょうど本堂には若旦那の惣次郎がいるから呼んでこようという。あわてふためく新吉に、

甚蔵「それとも新吉、実は兄い私(わっち)が殺したんだと一言いやア黙って埋めてやろう」

新吉「何を詰まらねえことを・・・」

甚蔵「手前が殺したんでなけりゃア外に敵が有るのだから敵討ちをしようじゃアねえか、手前お賤ととうから深え仲で逢引するなア種が上がっているが、手前は度胸がなくってもあの女(あま)ア度胸がいいから殺してくれエといい兼ねねえ・・・」

追いつめられた新吉は全てを白状。惣右衛門はそのまま埋葬された。

七日が過ぎると甚蔵がお賤のところにやってきた。博打に負けたとみえて素裸で、寒いのでふんどしの上に馬の腹掛けを引っ掛けてという姿だった。

甚蔵「ヘエ、御免なせえ、へエ今日は」

お賤「おや、新吉さん土手の甚蔵さんが来たよ」

新吉は慄(ぞ)っとして、眼をパチクリさせて火鉢の側で小さくなっていると、甚蔵はお賤に金の無心に来たらしい。惣右衛門の旦那が亡くなり、ほとほと困っており、堅気になりたいのだという。お賤が少しばかりと渡した金子は二朱金が2つ。ところが30両ないと足りないと甚蔵が言う。お賤は怒って、

お賤「女と思って馬鹿にしておくれでないよ。・・・碌にお目にかかったこともありません・・・30両お金を貸す縁がないでは有りませんか。・・・お前さんに弱い尻尾を見られていれば仕方ないが、私の家で情交(いろ)の仲宿をしたとか博打の堂敷でもしたなら、怖いから貸すことも有るが、・・・帰っておくれ・・・」

甚蔵「新吉黙って引っ込んでいるなえ此処へ出ろ、借りてくれ、ヤイ」

新吉「今に持って行くから、ギャアギャア騒がねえで、実は、己がまだお賤に喋らねえからだよ、当人が知らねえのだからよ」

甚蔵が凄みを利かせて怒り出したので、新吉は金はあとで持っていくからということでとりあえず甚蔵を家に帰し、事情をお賤に説明した。今回の計画殺人は随分前から段取りを進めてきたのに、台無しになってしまったと残念がるお賤。しかし、今、30両を渡したところでこれからもずっと甚蔵には強請られ続けるだろう。

お賤「どの道新吉さん仕方がない、土手の甚蔵をどうかして殺しておしまいよう」

お賤の算段で、惣右衛門の形見分けの金は聖天山(しょうでんやま)の左の手水鉢の側に200両が埋めてあることにし、そこへ甚蔵を誘い出し、始末することに。

新吉「此処だ此処だ」

甚蔵「よしよし」

といいながら新吉と甚蔵がポカポカ掘るが金は出てこない。もとより無い金、びっしょり汗をかいて、

甚蔵「こん畜生咽喉が渇いて仕様がねえ」

新吉「手水鉢は空で柄杓はからからで、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそうそう、こっちへ来な、聖天山の裏手で崖の中段にちょろちょろ煙管の羅宇から出るような清水が貯まって、月が映っている、兄いあすこの水は旨えな」

甚蔵「旨えが怖くって下りられねえ」

そこには藤蔓に蔦や何かがからまって縄のようになっており、それにぶらさがって行けば下りられると新吉が言うと、

甚蔵「こいつア旨え事を考えやがった、新吉の知慧じゃアねえようだ」と柄杓を口にくわえて甚蔵は崖を下りていった。「アア旨え旨え甘露だ、いい水だ」

新吉「俺にも一杯持ってきて来んねえ」

甚蔵「忌々しい奴だな、待ちヤア」

蔦にすがり、ゆっくり戻って登ってくるところを、足掛かりのないところをねらい澄まして新吉は腰に帯したる小刀を引き抜き、力一杯にプツリと蔦を切ると、甚蔵は真っ逆さまに落ちていった。とても助かりようはないが、お賤に言われたとおり、新吉は側にある石をごろごろ谷間へ転がし落としてとどめを刺した。新吉は急いでお賤のもとへ戻り、万事筋書き通りにうまくいったことを伝えた。

新吉「手前の知慧じゃないようだと言われた時、胸がどきりとしたが、・・・頭を打破ったに違えねえが、彼奴は悪党の罰だ」

己が悪党の癖に。これから二人で仲良く酒盛りをしているうちに空は段々雲が出てきて薄暗くなり、もう寝ようということになり、戸締まりにかかろうとしたところ、外の生垣のあたりからバリバリバリという音。何だろうと怖々と庭を見ると、頭髪は乱れて肩に掛り、頭蓋は打裂けて面部(これ)から肩(これ)へ血だらけになり、素肌に馬の腹掛けを巻き付けた形で、何処をどう助かったか土手の甚蔵が庭に出てきた時には驚いたのなんの。

甚蔵「己(うぬ)、いけッ太え奴、能くもあの谷へ突き落としやアがったな、お賤も助けちゃおかねえ、能くも己を騙しやアがったな」

新吉「後生だから助けて、兄い苦しい・・・」

甚蔵「なに痛えと、ふざけやアがるな」

甚蔵は腰から出刃包丁を取り出し、新吉の胸元めがけて突こうとしたところ、どこから飛んできたかズドンと一発鉄砲の流れ弾が甚蔵の胸元へ命中した。甚蔵は口から血反吐を吐きながらドンと前へ倒れた。

お賤「新吉さんお前に怪我はなかったかえ」

鉄砲を抱えたお賤の姿が・・・。偶然にも惣右衛門に鉄砲の手ほどきを受け、引き金に指を当てることだけは教わっていたのだという。

お賤「形見分けのお金もあるのだけれど四十九日まで待ってはいられないから、少しは私の貯えもあるから、それを持ってすぐに逃げようじゃないか」

新吉とお賤は逐電。甚蔵の死骸は絹川べりにあったが、普段から嫌われ者のため、「アアこれからは安心だ」ということで、誰一人、犯人を詮索する者はいなかった。姿を消した新吉とお賤についても、どうせ駆け落ちをしたのだろうということで何事もなかったことのように・・・。

以下、その9へつづく・・・。


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