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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その4) [落語]

4.お久殺し

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お久(小間物屋・羽生屋三五郎の娘)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

あらすじ:

豊志賀の書置は、慄える手で書かれ、「心得違いにも、弟か息子のような年下の男と深い仲になり、これまで親切を尽くしたが、その男に実意が有ればの事、私が大病で看病人も無いものを振り捨てて出るようなる不実意な新吉と知らずに、これまで亭主と思い真実を尽くしたのは、実に口惜しいから、たとえこのまま死ねばとて、この怨は新吉の身体に纏って、この後女房を持てば七人まではきっと取り殺すからそう思え」とあった。新吉はこれをみてゾッとするほど驚いたが、他人に見せることもできず、懐へしまっておくのも気味が悪いので、湯灌の時にこっそりと棺桶の中に隠して小石川戸崎町の清松院という寺へ葬った。

伯父の勘蔵から墓参りを欠かさぬよう強く言われるものの、墓所へ行くのは怖いので、新吉は夜は避けて明るい昼間ばかりを選んで墓参りに往っている。ある日のこと、豊志賀の墓に誰かが先に来ているのでみると、羽生屋の娘のお久であった。 お久は7日のたびに師匠である豊志賀の墓参りを続けていたのだという。

久「新吉さんいい処でお目に掛かりました」

お久の母は継母で、豊志賀があんなに悋気らしい事を言って死んでいったのは、新吉とお久の間に何か関係があるに違いないと言っては責折檻をされているという。あまりに辛いので、下総の伯父のところに一緒に逃げて欲しいとの事。新吉は怖いのも忘れてその気になり、墓場から駆け落ちすることに。

その晩は遅いので松戸で一泊。翌日、古賀崎の堤へかかり、流山から花輪村鰭(ひれ)ヶ崎へ出て、渡し船に乗って水街道へかかり、遅い時刻になったがもうすぐ羽生村というところ。麹屋という店で夜食をして道を聞くと、これこれで渡しを渡れば横曽根村。土手沿いに回っていけば羽生村へ出るという。そこは昔、累(かさね)が殺されたという伝説があるところで累ヶ淵と呼ばれる場所。

お久の手を引いて行くと、この日は8月27日の晩で、鼻をつままれるのも知れないという真の闇、殊に風が吹いて顔へポツリと雨の滴。遠くからゴロゴロという雷鳴が聞こえ、ピカリピカリと雷光が・・・。怖がるお久だったが、土手を廻って下りさえすれば直に羽生村と思い進もうとすると、土手の上からツルツルと滑ってしまい、お久は何かでズブリと膝を切ってしまった。大層血が出ている。そこには草刈鎌が置いてあり、その上へお久は転んでしまったのだ。新吉は手ぬぐいで縛ってお久の応急手当をし、包を背負っているので負うことはできないが、肩へつかまらせてお久を連れて歩き出す。

お久「有難う新吉さん、・・・これから所帯を持って夫婦中能く暮らせれば、これほど嬉しいことはないけれども、お前さんは男ぶりは好し、浮気者という事も知っているから、ひょっとして外の女と浮気をして、お前さんが私に愛想が尽きて見捨てられたらその時はどうしようと思うと、今から苦労でなりませんわ」

新吉「何だね、見捨てるの見捨てないのと、昨夜(ゆうべ)初めて松戸へ泊まったばかりで」

お久「いいえ貴方は見捨てるよ、見捨てるような人だもの」

新吉「お前の伯父さんを頼って厄介になろうというのだから、決して見捨てる気遣いはないわね・・・、なぜそう思うんだね」

お久「だって、新吉さん私はこんな顔になったよ」

お久の綺麗な顔の眼の下にポツリと1つの腫物ができたかと思うと、たちまち腫れ上がり、まるで死んだ豊志賀の通りの顔になった。暗闇の中で、顔ばかりがありありと見えた新吉は、怖い三昧、懸命にこれを鎌で打ちつけた。はずみとはいいながら、逃げようとしたお久の咽喉(のどぶえ)に掛かり、お久は草をつかんで七転八倒の苦しみ。「ううン恨めしい」という一声で息が絶えた。

あたりはドウドウという車軸を流すような大雨で雷鳴も激しく轟き渡る。この場から逃げようとした瞬間、新吉はズルリと土手から滑ってボッサカの脇に落っこちた。すると、ボッサカの中から頬被りをした男がニョコリと立ち上がったので新吉は驚いたのなんの。

この男は土手下の甚蔵という羽生村のならずもので、小博打をしているところに手が入り、そこを逃げ出して、追っ手から逃れるためにボッサカの中に隠れていたのだった。

甚蔵「この泥棒」

新吉は這々の体で逃げ出し、どこをどう逃げたか一軒の茅葺き屋根の家に明かりがついているのを見つけ、助けを求めて住人を叩き起こした。しかし、その家は甚蔵の家だった・・・。

以下、その5へつづく・・・


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その3) [落語]

3.豊志賀の死

登場人物:

豊志賀(皆川宗悦の長女)

深見新吉(深見新左衛門の次男)

勘蔵(元・深見家の門番)

お久(小間物屋・羽生屋三五郎の娘)

鮨屋(蓮見鮨の大将)

女(蓮見鮨の女将)

駕籠屋

善六(豊志賀が住む長屋の住人)

彦六(同上)

あらすじ:

皆川宗悦の次女・お園の死から19年後。姉の志賀は御年39となり、富本の師匠として豊志賀を名乗っていた。お園と同様、豊志賀も男嫌いで堅いという評判で、この師匠なら安心ということで大家(たいけ)の娘も大勢稽古にやってくる。男は来ないのかというと、これが逆で、堅い女性の師匠の下には妙に男が集まるという・・・。深見新左衛門の次男の新吉もそんな男の一人であった。

新吉は御年21になっていた。元・深見家の門番である勘蔵(現在は新吉の伯父ということになっている。新吉は自らの出自を知らされずに育っていた。)のところでぶらぶらしていたが、元々が芸事が嫌いではなく、伯父のところにいて嫌みを言われるより、豊志賀の師匠のところにいる方が面白い。色々と手伝いなどをするうちに、師匠に気に入られ、食客(いそうろう)として、師匠宅の2階に寝泊まりするようになっていた。これではどうみても情夫だ。

堅いと評判の豊志賀だったが、新吉と深い仲になると、大勢いた弟子達は一人去り、二人去り・・・。残ったのは小間物屋・羽生屋三五郎の一人娘のお久だけとなってしまった。

お久は御年18で愛嬌のある別嬪さん。新吉の顔を見てはにこにこ笑い、新吉もうれしいからニヤリと笑う。その様子に豊志賀は嫉妬心が沸き、お久への指導が厳しくなる。しかし、お久は芸が上がると思うので師匠の指導に従う。また、お久は母親に死なれており、家では継母に苛められるため、師匠にどんなに辛くされても稽古にやって来た。

こんな調子なので悋気の焔(ほむら)の絶えない豊志賀の眼の下にポツリと訝(おか)しな腫物ができてしまった。腫れはどんどん大きくなり、紫色に少し赤味がかかり、ただれて膿がジクジク出る。眼も一方が腫れ塞がって、その顔の醜(いや)なことというものは何ともいいようが無い。

豊志賀は体調も崩し、食も喉へ通らなくなって、ますます痩せてしまい、骨と皮のように。そして顔の腫物は大きくなるばかり。けれども、新吉は師匠の世話になったことを思って、よく親切に看病をした。

豊志賀「新吉さん、私はね、どうも死にたいよ。私のようなこんなお婆さんを、お前がよく看病しておくれで、私はお前のような若い綺麗な人に看病されるのは気の毒だ気の毒だと思うと、なお病気が重なって来る。私が死んだらさぞお前が楽々すると思うから・・・。私が早く死んだら、お前の真底から惚れているお久さんとも逢われるだろうと思うからサ」

新吉「何を言うのだよ・・・」

夜は夜で、豊志賀は「新吉さん、新吉さん」と同じようなことを言う。寝付いたので疲れを休めようとごろりと寝ようとすると、また、「新吉さん、新吉さん、私がこんな顔で・・・」。

若い新吉は何を見てもこわがって尻餅をつくという臆病な性(たち)。不人情のようなだがとてもここにはいられない。大門町へ行って伯父の勘蔵に相談して、いっそのこと下総の羽生村の知り合いのところに行ってしまおうかなどと色々なことを考えているうちに、豊志賀は寝付いた様子。その間に新吉はふらりと外へ。茅町から片側町へかかるところで向から提灯を点けて来たのはお久。日野屋へ買い物に行くところだという。

新吉「師匠の枕元でお飯を食べると、おちおち咽喉へ通りませんから、何処かへ往ってお飯を喫(た)べようと思うが、一人では極まりが悪いから一緒に往っておくんなさいませ」

2人は蓮見鮨へ向かう。鮨屋では二階の四畳半の部屋に通された。2人が差し向かいで食事をするのは初めてで、色々と話をするうちに、お互いに下総に親類がいることが判明。お久は継母に苛められており、下総の伯父の三蔵に手紙を出して相談をしたら、下総に来てしまえとのこと。なので事によったら下総へ行きたいとおもっているとのこと。

お久の伯父のいるのは下総の羽生村で、ここは「累(かさね)伝説」のあるところだという話になり、新吉は自身の今の身の上も「累伝説」に近いものがあると、最近の豊志賀の気味の悪さを語る。よし、2人で下総へ逃げよう。すると、・・・

お久「新吉さん、ほんとうに私を連れて逃げてくださいますか」

新吉「ほんとうとも」

お久「豊志賀さんが野倒死にになっても?」

新吉「本当に連れて行きます」

お久「ええ、お前さんという方は不実な方ですねえ」

お久の綺麗な眼の下にポツリと一つ腫物が出来たかと思うと、見る間に紫だって腫れ上がった。新吉は驚いたのなんの。這々の体で勘蔵のところへ駆け込んだ。しかし、そこには一足早く利かない体の豊志賀が来ていて、新吉とのこれまでの経緯を説明。新吉との縁はフッツリ切って、これからは赤の他人とも、姉弟とも思って、死に水だけでも取ってもらいたいという。

新吉「お前先刻何処かの二階へ来やアしないかえ」

豊志賀「いいえ」

すると、さっきのお久の顔が腫れたのは気のせいだったのか?勘蔵に説教をされて新吉は豊志賀を送っていくことに。病人なので駕籠屋を呼び、豊志賀がそこに乗り込んだとき、「新吉さんはこちらですか」との騒がしい男の声。豊志賀の住む長屋の住人・善六だった。豊志賀が亡くなったので早く来て欲しいという。駕籠の中をのぞくと豊志賀の姿はなかった。新吉はぶるぶる震えて「南無阿弥陀仏・・・」。

新吉は伯父の勘蔵とともに七軒町にある豊志賀の長屋へ向かった。早桶をあつらえ、湯灌をする事になって蒲団を上げようとすると、そこに豊志賀の書置が・・・。

以下、その4へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その2) [落語]

2.深見新五郎~松倉町の捕り物

登場人物:

深見新左衛門(小日向服部坂の旗本)

その奥方(新左衛門の妻)

深見新五郎(新左衛門の長男)

深見新吉(新左衛門の次男)

黒坂一斎(市ヶ谷の一刀流師範)

お熊(深川網打場の女)

勘蔵(深見家の門番)

按摩A

按摩B(皆川宗悦の亡霊)

座光寺源三郎(本所北割下水の旗本)

おこよ(女太夫)

梶井主善(浅草竜泉寺の易者)

諏訪部三十郎(旗本)

下総屋惣兵衛(谷中七面町の質屋の主)

きわ(惣兵衛の妻)

お園(宗悦の次女)

勇治(深見家の元下男、松倉町在住だがすでに死去)

春(勇治の娘)

森田金太郎(春の亭主、石河伴作という旦那衆の手先)

富蔵(捕り物方)

勝蔵(捕り物方)

あらすじ

深見新左衛門が皆川宗悦を殺したことは誰にも分からなかったが、新左衛門の奥方は「ああ宗悦は憫然(かわいそう)な事をした」と思い悩む。翌年には神経の病にかかってしまい、乳も出なくなってしまった。乳母を置く余裕もないため、門番の勘蔵に二歳になる次男の新吉を抱いて前町まで乳をもらいにいかせるというありさまであった。

市ヶ谷にて一刀流の剣術指南をしており、のちに仙台侯のお抱えになる黒坂一斎の内弟子となっていた長男の新五郎。御年19歳。これを呼び寄せて、病人の看病にあたらせたが、どうにも手が足りない。

殿様の新左衛門は相変わらず酒浸りで、仲働きの女を置くことに。深川網打場の者で名はお熊。御年29歳で、「美女(よいおんな)ではないが、色の白いぽっちゃりした少し丸形のまことに気の利いた、苦労人の果と見え、万事届きます」。お熊は妾となり、屋敷での態度も大きくなる。とうとう新五郎は家出をしてしまうことに。そしてお熊は殿様の子を懐妊する。

奥方の病状はますます悪くなり、体に差し込むような痛みを訴えるように。その年の12月、殿様は勘蔵に鍼医を呼ぶように命じると、ちょうど外に按摩(按摩A)の笛の音が・・・。一時しのぎの鍼ではあったが、痛みはおさまり、5日間連続で按摩Aの鍼治療は続いた。ところが、5日目に打った鍼がひどく痛む。以来、按摩Aは姿を現さなくなった。

鍼を打った箇所からはジクジクと水が出るようになり、新左衛門も立腹。12月20日の夜になって、おもてを通る按摩の笛の音が・・・。この按摩(按摩B)をつれてきて治療にあたらせるが、ひどい痛み。

按摩B[痛いといってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差しでこの左の肩から乳の処までこう斬り下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」

新左衛門「エ、ナニ」

と振り返ってみると、按摩Bは宗悦であった。新左衛門はゾッと総毛だち、そばにあった一刀をとって宗悦に斬りつけると、宗悦ではなく奥方であった・・・。

奥方は病死ということになり、翌年の冬。本所北割下水(ほんじょきたわりげすい)に座光寺源三郎という旗本があり、これが女太夫のおこよという者を見初め、浅草竜泉寺前の梶井主善という易者を頼み、その家を里方にして奥方に入れたことが露見。ご不審がかかり、家来ともども召し捕り吟味中、深見新左衛門、諏訪部三十郎という旗本の両家は隔番で宅番を仰せつかった。諏訪部三十郎が宅番の11月20日の晩、新左衛門は自らの屋敷で酒を飲んでいると、庭の植え込みのところに痩せた不気味な坊主が現れた。「狸の所為(しわざ)か」と斬りつけると、一段の陰火が生け垣を越えて隣の諏訪部三十郎の屋敷へ落ちた。すると、その翌日から諏訪部三十郎は病気となった。新左衛門は一人で座光寺源三郎宅の宅番を勤めていると、ある晩、梶井主善がおこよ、源三郎を連れて行こうと同類を集めて、抜身のヤリで押し寄せてきた。役柄上、捨て置かれない新左衛門は一刀を取って斬り掛けるも、多勢に無勢で殺されてしまった。

深見家と座光寺家は改易、諏訪家は百日の間、閉門を仰せつけられるという騒ぎに。お熊は産み落とした女児を連れて深川の網打場へ引き込み、門番の勘蔵は新吉を抱いて大門町の知り合いのところへ貰い乳をして育てていくという情けない成り行きに・・・。

そこへ深見家の総領である新五郎が戻ってきた。新五郎は家出をした後、下総の三右衛門のところへ厄介になっていたが、淋しい田舎暮らしは性に合わず、詫び言をして屋敷に戻ろうとしたところであったが、両親は非業の死を遂げ(母親は父親に斬殺されたことをなぜか知らされている)、深見家は改易。「今更世間の人に顔を見られるのも恥ずかしい、もうとても武家奉公も出来ぬからいっそ切腹致そう」。青松院の墓所で腹を切ろうとしているところへやってきたのが谷中七面前の下総屋惣兵衛という質屋の主。新五郎を優しく説得し、面倒をみることに。

新五郎は人柄もよし、御年21歳で読み書き算盤も上手く、愛想も良い。新五郎は奉公人として惣兵衛の厄介になることに。この家には中働きの女中として皆川宗悦の次女・お園も厄介になっていた。新五郎とお園はお互い仇どうしでありながら、お互いそのことは知るよしもなし。柔和な好い女であるお園に新五郎は「ああいう女を女房に持ちたい」と惚れてしまう。お園の方はというと、若いのに堅いところがあり、新五郎の熱烈なアプローチにも柳に風と受け流してしまう。これには惣兵衛も妻のきわもすっかり安心して、お園が感冒(かぜ)で寝込んだ時に、新五郎が女中部屋でお園の看病をすることを認める始末。

ある冬の夕飯時。香の物がないといって、たすきをかけてお園が物置へ香の物を出しにいったところを新五郎が待ちかまえており、お園を誘う。お園は看病をしてもらった恩があるため、無碍にもできず、新五郎に引き寄せられる。

お園「アレ新どんお止しよ」

新五郎「此方(こっち)へお出で」

お園「アレ新どん、お前気違じみた、お前も私もしくじったらどうなさる」

もがくお園を新五郎は無理無体に口を押さえ、夢中になって押さえると、お園がウーンと身を慄わして苦しみ、パッと息が止まったから驚いた。お園の背中には押切という刃物がつきささって血だらけになっていた・・・。動転した新五郎は持参した大小を取り出し、店にあった百金を盗み取って逐電。奥州の仙台侯のお抱えになっていた剣客・黒坂一斎のところで剣術の修行に入り、身を潜めることに。

頼みの黒坂一斎が亡くなると、新五郎は故郷が恋しくなり、もう2、3年も経過しているから大丈夫なのではないかなどと考えているうちに、胸に浮かんだのが勇治という元・屋敷の下男。たしか本所松倉町に住んでいるはずなのでこの者を尋ねることに。細い横丁へ曲がりに入ると、あとからパラパラパラと5、6人の者が駆けてくる。これは手が廻ったか、しくじったと思い振り返ると捕り物の様子。あわてて荒物屋に飛び込むとその店の女は驚いた。事情を話すと、ここは松倉町で、女は勇治の娘で春といい、幼少の頃の新五郎を覚えているという。勇治は前年に亡くなったのだという。新五郎を親切に手当をし、大小は風呂敷に包み箪笥へ入れて錠をかけ、着替えを用意。酒の仕度をし、鰻を注文してくるので留守番を頼まれるが、実はこの女、新五郎が来たらこれこれと亭主に言いつけられていた。亭主は石河伴作という旦那衆の手先で、森田の金太郎という捕り物上手。かねてから網を張って待っていたところだった。刃物はちゃんと箪笥の中へ始末してあることを聞き、それではと半纏を引っかけて鰻屋の姿で金太郎が新五郎のところへ。

すっかり油断していた新五郎。いきなりの「御用だ!」に事態を察知。一目散に逃げるが、板塀から飛び降りたところで、下に押切という刃物が置いてあり、土踏まずのところを深く切り込んでしまった。これには新五郎も観念。この日は11月20日で、お園の三回忌の祥月命日であったのも何かの因縁か・・・。 

以下、その3へつづく・・・


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