So-net無料ブログ作成

「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その9) [落語]

9.麹屋のお隅

登場人物:

お隅(麹屋の女中、後に惣次郎の嫁)

惣次郎(惣右衛門の長男、今は羽生村の名主)

惣吉(惣右衛門の次男)

母(惣右衛門の妻、惣次郎の母)

多助(惣右衛門の家の奉公人)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

仁村(安田一角の連れ)

連の男(同上)

麹屋の客

見物人

百姓衆

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

男(羽生村の村人)

門弟(安田一角の剣術道場の門弟)

あらすじ:

惣右衛門亡き後、長男の惣次郎が羽生村の名主を継いだ。惣次郎は父親とは違い、大変な堅物で、母親にとっても自慢の息子だった。そんな堅物の惣次郎がどういうわけか麹屋の女中に惚れ込んでしまう。女中の名はお隅といい、今は女中をしているが、元々は武家の娘。父は元、谷出羽守様の御家来・神崎定右衛門といい、浪人中の父と一緒に水街道を通り、麹屋に宿泊中、父が倒れ、長患いの後に亡くなったという。後で薬代や葬式代に困っていたところを、宿の主が世話をしたところから恩報じかたがたこの家に奉公をするようになったもの。宿屋では働き女がお客に身を任せるといった「枕附き」という一種の売春がよく行われていたというが、このお隅はただ無事に勤めをいたし、人柄の良い立ち振る舞いから物の言いよう、裾捌きまで一点の申し分のない女だった。そういうまじめな働きぶりが惣次郎の気に入られ、惣次郎はたびたび麹屋へ通うようになり、深い仲になっていた。

翌寛政10年、近在の法恩寺に相撲場があり、そこで田舎相撲が行われることになった。そこに元は惣右衛門の奉公人だった花車重吉という関取が出るという。花車と惣次郎は幼なじみで、花車が相撲場にやってくる時は惣次郎はいつも贔屓にしていた。相撲見物にお隅を連れて行こうとした惣次郎だったが、大層なにぎわいで見物客も多く、何か間違いがあってもいけないということで、大生郷(おおなごう)村の宇治の里という料理屋へ上がり、そこに花車も呼んで酒を酌み交わそうということになった。

ところが、その店に居合わせたのが安田一角という横曾根村の剣術家で、腕前は鈍くも田舎者を嚇かしている、見たところは強そうな、散髪を撫で付けて、肩の幅が3尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨逞しい男で、ちょっと見れば名人らしく見える先生。博打打ちのお手伝いでもしようという浪人者を2人連れて、下座敷で一口遣っていると、奥に惣次郎がお隅をつれて来ていることを聞くと、ぐっぐっと癪に障り、何かあったら関係を付けようと思っている。安田はお隅にぞっこんで、惚れて口説いて弾かれたという経緯があったのだ。お隅も安田が来ていることを認め、気味悪がっているため、早く出て、花車の宅へ向かおうと店を出ようとするが、どうしても安田の処を通らなければ出られない。安田はわざと3人の鐺(こじり)を廊下に出しておくと、長い刀の柄前にお隅がつまずいてしまった。

安田「コレコレ待て、コレ其処へ行く者待て。・・・人の前を通る時に挨拶して通れ・・・」

惣次郎「・・・飛んだ不調法を致しました」

安田「・・只勘弁だけでは済むまい、かりにも武士の魂ともいう大切の物、・・・人斬包丁などと悪口を言うのは手前のようなものだろう。・・戦場の折には敵を断切るから太刀ともいい、片手撲(なぐ)りにするから片刀(かたな)ともいい、また短いのを鎧通しともいう・・・。刀を浄めて返せ・・・」

お隅「先生誠に暫く」

安田「何んだ」

お隅「・・・お馴染み甲斐に不調法のところは重々お詫びを致しますからご勘弁を」

安田「黙れ、・・・手前にはいささか祝儀を遣わした事も有るが、どれほどの馴染みだ、また拙者は料理屋の働女に馴染みは持たん・・・」

惣次郎がほとほと困っていると、奥の離れ座敷の方に客人に連れられて花車が来ていて、客人は至急の用ができて帰ったあとだったため、花車はこの様子を聞いていて心配していた。

多助「もし旦那様旦那様。・・・関取がねえ奥に来ているだ、大きに心配しているだが、ちょっくら旦那にお目に掛かりてえというが」

惣次郎「なに花車が、それはよかった関取に詫びをしてもらおう」

思わぬところで花車の助太刀を得たものの、安田一角の態度は一向に変わらない。至って賢い花車は安田が筋の悪い奴であることを見抜いている。決闘で決着をつけることになってしまったが、安田と連れの計3人を近くの天神様の境内に導く。安田らは刀を構えているが、花車は相撲取りらしくただ裸になっているだけ。これではとても勝負にはならないはずだが、大勢の見物人は皆、花車に声援を送っている。花車はというと、「逃げも隠れもしねえから」と、煙草をパクリパクリと呑んでいたりと余裕の姿。安田たちは当然負けるとは思っていない。

花車「これまア私(わし)が抱えても一抱えある鳥居、この鳥居も今日が見納めじゃア」

と、鳥居を抱えると、金剛力出してこれを一振り。鳥居は笠木と一文字が諸にトンと落ち、安田たちが一刀を振り上げている頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚いたのなんの。どのくらいの力かと安田たちはとても敵わぬと抜刀をもったままばらばら逃げると、見物していた百姓たちが各々鍬鋤を持って、「撲殺(ぶっころ)してしまえ」とわいわい騒ぐから、3人の剣客者は雲霞と林を潜って逃げていった。

田舎相撲は5日間で首尾良く終わり、「鳥居の笠木を落としたから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」と言って、花車は江戸へ戻っていった。花車の鳥居は石でできたものが今も天神山にあるという。

花車が帰ってしまい、惣次郎は怖くて外出できない状態が続いた。衆人の前で恥をかかされた安田一角が惣次郎を恨んでいたからだ。母も心配して、惣次郎が惚れた女の身の上を尋ねると、元武士の娘で、親の石塔料のために奉公していることなどを知りいたく感心し、そういう者なれば、どうせ嫁を貰わんではならんからと、麹屋へ話してお隅を金で身受けすることに。家へ連れてきてまず様子をみるとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事(つか)える故、母も気に入ってしまった。さっそく、村方の者を呼んで取り決めをして、内祝言だけを済まして、お隅を惣次郎の内儀(おかみさん)に迎えた。

翌年、真桑瓜のなる時分に一人の浪人がやってきた。名を山倉富五郎といい、元は江戸で座光寺源三郎の用人をしていたが、放蕩無頼にして親には勘当され、座光寺家はお取り潰しとなり、常陸の国に知己(しるべ)があるから金の無心に言ったが当てが外れ、少しでも金があればもとより女郎でも買おうという質(たち)。一文無しで怪しい物を着て、ふらふらとやって来た」

富五郎「ああ、進退もここに谷(きわ)まったなア、どうも世の中の何が切ないといって腹の空(へ)るくらい切ない事はない・・・」

と、惣次郎の畑の真桑瓜を盗み喰い。最初は1つだけのつもりが、続けていくつもほおばり、道中で腹が減った時のためにと懐へも2つ3つ突っ込んでいるところを百姓に見つかり、お縄をかけられて惣次郎のところへ連行された。

惣次郎「真桑瓜を盗んだからといっても何も殺しはしない。・・・ここで許しても他(わき)へ行って腹がへると、また盗まなければならん。・・・私(わし)の家に恩報(おんがえ)しと思って半年ばかり書物の手伝いをしてもらいたいがどうだろうか」

富五郎「このご恩は死んでも忘却は致しません・・・」

優しい惣次郎は富五郎のお縄を解かせ、飯を食わせると、富五郎が食うこと・・・。書物をやらせてみると、帳面ぐらいはつけられるし、算盤もできる。惣次郎には「べんちゃら」を言うが、百姓には武家言葉で嚇すので、惣次郎の顔があるから、村人からは「富さん、富さん」と大事にされ、本人は次第に増長。もとより好きな酒を外で飲むようになり、ずぶろくに酔って帰ったある晩のこと。惣次郎は留守で、母は寺参りで、家にはお隅がひとり留守番で縫い物をしていた。

富五郎「貴方はお武家の嬢様だが、運悪く水街道へいらっしゃいまして、・・・この家はほんの腰掛で、詰まらんと言っては済みませんが、けれども貴方は生涯此処にいる思召はありますまい、手前それを心得ているが、拙者もやむを得ず此処にいる・・・。貴方も故郷懐しゅうございましょう。」

お隅「それはお前江戸で生まれた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見たいし懐かしいわね」

富五郎「有難い、そのお言葉で私はすっかり安心してしまった・・・」

富五郎はお隅を女房として江戸へ連れて帰れば親類に見直され、御家人の株くらいは買ってもらえるはずだからと意味不明のことを言って、何を心得違いをしたかお隅を口説きはじめる。無闇にお隅の手を取って髭だらけの顔へ押しつけるところへ母が帰ってきて、この体(てい)に驚き、そばにあった粗朶木を取って突然(いきなり)ポンと撲った。

富五郎「これは痛い」

母「呆れかえった奴だ」

富五郎は、お隅に不実意な浮気心があっては惣次郎様のためにならないので、本心を確かめようと気をひく真似をしたのだと言い訳をする。あまりに見え透いた嘘に、母は益々怒ったが、お隅は母をなだめ、富五郎には「お前は酒が悪いよ」と今後は酒を慎むようたしなめてその場は収まったかに見えた。

しかし、富五郎は「隅はまんざらでもねえ了見であるのに、ああ太え婆アだ」と、どうにかしてお隅を手に入れようと画策。胸に浮かんだのが安田一角と花車の喧嘩の起因(もと)がお隅であったことで、横曾根村にある安田一角の道場へ向かう。

富五郎の筋立ては次のようなもの。お隅とは江戸っ子どうしで打ち解けて話を聞いたところ、お隅は江戸へ帰りたがっている。安田一角のことを好いているが、麹屋に借金があることや、惣次郎に身請けされた恩もあり、嫌々ではあるが家を出られないでいること。富五郎は安田先生に剣術の指導をしてもらえればこれを土産に自分も江戸に帰ることができるので、お隅を安田先生のもとへ連れてくる手伝いをすること。安田先生ほどの剣の腕があれば江戸の旗本が放っておくはずはないから一緒に江戸へ参ろうとのこと・・・。

具体的には、ある場所に惣次郎を連れ出すので、提灯の灯を消すのを合図に惣次郎を斬っておしまいなさいという計画を説明。最初は訝る安田一角であったが、遺恨のある惣次郎が相手であり、また、お隅にぞっこん惚れていたため、この話に乗ってきた。時は明晩の酉刻(むつ)ということで話がまとまった。

富五郎の本当の狙いは、安田一角に惣次郎を殺させて、お隅を自分の手に入れるというものだった。惣次郎は剣術の免許を持っており、一方の富五郎はというと武士とは名ばかりで少しも剣術を知らない。そこで下手でも剣術の先生で弟子もいる安田一角の力を利用しようとしている訳だが、万が一、安田一角が惣次郎より腕が鈍くて、惣次郎に斬られるようなことがあるとまずいため、惣次郎が常に帯(さ)して出る脇差を払ってその中へ松ヤニを詰めておくという細工を施しておくという実に悪い奴。

翌日、惣次郎のお供で外出した富五郎は、約束の刻限に安田一角と示し合わせた場所へ惣次郎を誘導。小便をしてくるといって惣次郎のところを離れた富五郎はフッと提灯の灯を消した。

惣次郎「提灯が消えては真暗でいかぬのう・・・。富や、おい富おい富、何だかこそこそして後ろにいるのは、富や富や」

その声の方角に向かって近づくものあり。それは花車であった。

しかし一足先に惣次郎の前に現れたのは安田一角で、ズブリと一刀を浴びせかけてきた。惣次郎はヒラリと身を転じて、脇差の柄に手を掛けこれを抜こうとするが抜けない。そこを安田一角に一刀バッサリと切り込まれた。惣次郎が最後の力で鞘ごと投げつけた脇差は、一角の肩の処をすれて、薄(すすき)の根方へずぽんと突っ立った。惣次郎の懐の30両を奪い、一角が立ち去ろうとするところに花車の影。暗闇の中、安田一角は息を殺して隠れ、その場をうまく逃れていった。

一方の富五郎はバッサリ斬った音を聞いて、直ぐに家へ駈けていく。途中、茨か何かでわざと蚯蚓(みみず)腫れの傷をこしらえて、せっせと息を切って「只今帰りました。・・・・弘行寺の裏林で悪漢が14、5人出でまして・・・、旦那と2人でちょんちょん切り合っておりましたが、何分多勢に無勢で、旦那に怪我があってはならぬと思って、やっと一方を切り抜けて参りました・・・」。お隅は驚いて村の百姓を頼んで手分けをしてどろどろ押して参ったが、惣次郎は血に染まって死んでいた。

惣次郎の野辺送りから37日たった9月8日。花車が細長い風呂敷の包みを提げて惣次郎宅へ現れた。

以下、その10へ続く・・・。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。